MMT(現代貨幣理論」について分かりやすく解説した『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室』という2冊の本が版を重ねロングセラーに。MMTの最高の教科書としていまも評判になっている。

今回BEST TIMESでは中野剛志氏が政経倶楽部で講演した経済の講義を全5回の連載記事にて公開します。最新の経済学の動きや、バイデン政権以降の経済の流れにも触れながら語った貴重な講義だ。





■アメリカが変わった



 『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室』という2冊の本を2019年に出し、出版から二年経った今でも版を重ねるロングセラーになっています。今回の講演では、2019年時点のその本の話に加えて、その後の経済学の動きにも触れて、お話しをいたします。



 特にアメリカが、バイデン政権になって、日本で報道されている以上にかなり大きく変わり始めています。結論から言いますと、アメリカでは「もう新自由主義はだめだ」という風潮になりつつあり、これを明言しているバイデン政権内のスタッフもいます。



 今後どうなるか分かりませんけど、これは40年ぶりぐらいに起こったイデオロギーの変化で、非常に大きい出来事です。1980年代に、規制緩和、「小さな政府」、自由化、緊縮財政を唱える「新自由主義」というイデオロギーが支配的になり、それから間違いに気付くのに40年かかった。人生のうちに2回ぐらいしか変えられないくらいのタイムスパンの話ですが、アメリカは新しい時代に入りつつあります。



 日本ではあまり情報が入ってきていませんが、アメリカの雑誌や新聞に出てくる論調を見ると、バイデン政権の評価はかなり高い。バイデン政権は「大きな政府」に向かっているわけですけれども、積極財政に対する国民の支持も高いし、MMT(現代貨幣理論)という議論を拒否しているような主流派の経済学者ですら、バイデン政権の積極財政を支持しています。要するに「MMTか」「MMTでないか」という議論ではなくて、主流派の経済学の考え方がかなり変わったし、政治家の考え方もかなり変わりました。

この動きに対しては、もちろん批判もあるし、反論もあるでしょうけれども、何にせよ改善の方向に大きく動き出しました。



 そういった背景にも触れながら、今回の講演では、これまで世界で多くの経済学者や知識人が囚われてきた、そして日本では未だに蔓延っている、経済と財政の「誤解」を、正しく理解しなおしていきましょう。





■「財政破綻」というオオカミ少年



 まずは「財政」の話をしていきます。今回のコロナへの対応で、日本政府は巨額の財政赤字を抱えることになり、もちろん「財政が大変だ」ということを議論しています。



 さて、この「財政が大変だ」というのは、実は昔から言われてきたことです。



 今から振り返ると20年近く前の2003年に、吉川洋先生や伊藤隆敏先生といった日本を代表する経済学者の先生方が連名で、「財政はすでに危機的状況にあり、できるだけ早い機会に財政の健全化(中略)が必要である」という「緊急提言」を出されました。



 当時、政府債務の対GDP比率はだいたい170%でしたが、「緊急提言」の中では、これが200%を超えると事実上の破綻だ、と警鐘を鳴らしています。だとすると、200%を超えた2011年に日本は「事実上の破綻」を迎えたはずなんですけど、もうそれから10年が経っていますね。



 2010年には、元大蔵省で現在法政大学経済学部教授の小黒一正先生が『2020年、日本が破綻する日』という本を書かれました。2020年は去年ですが、小黒先生、今はいかがお過ごしでしょうか?(笑)



 現在、コロナ対策分科会で大活躍されている元慶應大学経済学部教授の小林慶一郎先生もずっと財政危機に警鐘を鳴らしてこられた一人で、2018年には「オオカミ少年と言われても毎年1冊は財政危機の本を出していくつもりです」と仰っています。「オオカミ少年」というのは「嘘吐き」の喩えですから、自分で言っちゃだめでしょう(笑)。今年も出版されるんでしょうか?



 要するに、日本の名だたる経済学者の予想がみんな外れているんですね。

いい加減、そろそろ「なんで財政破綻をしないのか」というのをお考えになったほうがよろしいんじゃないでしょうか?







 ところで、日本が財政破綻しないのは何故か、の話に移る前に強調しておきたいのですが、よく言われる「日本の財政赤字は放漫財政のせいだ」というのは誤りです。



「こんなに財政赤字を垂れ流して」「こんなに無駄な金を出して」みたいなことがよく言われますし、政治家の先生方も「厳しく歳出を削減する」とか仰いますし、たまには我々国民も有権者の顔をして「血税を無駄にするな」と急に怒ったりします。たしかに「財政赤字」は大きな事実ですけど、それをもって日本が「放漫財政」とは言えません。



 証拠をお見せしましょう。「財政規律重視」の見本として、よくドイツが取り上げられますが。しかし、下図のように、2001年から比べるとドイツでは財政支出が1.5倍に拡大していますが、日本は1.1倍にすぎません。







 つまり、憲法で財政規律を規定しているドイツよりも、日本のほうが財政支出を抑制しているのです。こんなに頑張っても財政赤字が拡大しているわけですから、そろそろ無駄な努力をしていることを分かったほうがいい。財政支出をいくら抑制しようが、それと関係なく財政赤字というのは拡大するのです。





■財政破綻とは何か



 さて、「日本が財政破綻しない理由」の話に戻ります。



 財政破綻とか財政危機とかよく言われますが、そもそも「財政破綻」というのはどういう意味でしょうか? 財政破綻すると何が起こるのでしょうか?



 企業が破綻するとその企業は消えることになりますが、財政破綻も同じようなものでしょうか? 例えばアルゼンチンは財政破綻したと言われていますけど、べつにアルゼンチンという国は消えていません。だとすると、国の「財政破綻」とは何でしょうか。



 そこで、そもそも財政破綻になると何が起きるのかをおさらいしていきましょう。べつに「中野が言ってる」とか「MMTによると」等とは関係なく、「財政破綻」と言われるのは、一般に以下の三つのいずれかであることは間違いないと思います。





 一つ目は単純に、債務不履行。要するに国が「借りた金を返せません」と宣言する、デフォルトですね。





 二つ目として、財政危機になると「金利が高騰する」と言われています。金利が跳ね上がると、国は債務の返済で首が回らなくなるというわけです。





 三つ目としては、「インフレが止まらなくなる」と言われています。





 実際、過去に財政破綻の例に挙げられている国では、この三つのどれか、あるいは複数が起きています。例えばギリシャでは、2011年頃の財政危機のときには、金利がものすごく上がりました。



 従って、日本が財政破綻の危機にあるのならば、この三つが起きそうであるか、あるいはすでに起きているはずです。



 特に、「金利の高騰」や「インフレが止まらなくなる」という話は、日常生活にも関わる分、多くの方が心配しています。







 そこで、次の図をご覧ください。







 この棒グラフを見れば一目瞭然ですが、日本は政府債務が累積し続けています。もっとも、政府債務が累積し続けるというのは、べつに日本に限った話ではありません。



 「日本は政府債務がずっと積み上がって、このままだと破綻する」というようなことが20年前から言われてきました。しかし、「このままでは破綻する」ような状態では金利が上がっていく、あるいは通貨が信認を失って価値が下がる、つまりインフレ率が高くなるはずなんですけれど、先ほどの図をご覧いただけば分かるように、現実には「関係ない」どころか逆相関になっていて、政府債務が累積すればするほど金利が下がっているんです。



 財政破綻ということは「金利が上がる」ということなのに、実際には「金利が下がっている」。だとしたら、日本の政府債務は多すぎるんじゃなくて、「少なすぎる」と考えるべきではないでしょうか? またインフレ率も、消費税の増税になった時だけは、これは増税分だけ見かけ上は上がっていますが、その後すぐに下がっていますね。



 日本の「金利」と「物価」は、この20年間ずっと世界最低水準で来ているわけです。





 そこに来てさらに2020年は、コロナに伴う経済対策で財政赤字を拡大せざるを得なかったわけですから、「プライマリーバランスの黒字化」という目標を立てていたにもかかわらず、以下の図から分かるとおり、実際のプライマリーバランスは90兆円の赤字になりました。







 赤字を減らさなきゃいけない、黒字化するんだと言って必死になってきたのに、90兆円の赤字になってしまった。これは大変だ、いよいよ金利暴騰、ハイパーインフレだ……と思ったら、蓋を開けてみると2020年度、インフレ率と金利はむしろ下がりました。



 「これ以上財政赤字が拡大すると金利が暴騰する」とか「インフレが止まらなくなる」とかずっと言っていたのに、2020年度はコロナのせいで「プライマリーバランスの90兆円の赤字」という実験をやらざるを得なかった。そうしたら実際には金利と物価が下がったんですね。



 言葉は汚いですが、「そろそろいい加減にしてもらえませんか?」と言いたくなりますね。







 一体どうして、こういうことが起きるんでしょう?



 なぜ経済学者たちの予測が大きく外れたのでしょうか?





 結論から言うと、「理論が間違っている」からなんです。それでは、どうして日本では、





1、債務不履行



2、金利高騰



3、ハイパーインフレ





が起きていないのか。それを一つずつ検証してみましょう。





(編注:今回は「債務不履行」を中心に取り上げ、「金利高騰」「ハイパーインフレ」については次回以降詳しく議論します)





■自国通貨建て国債が債務不履行になるわけがない



 まずは「債務不履行」、いわゆるデフォルトについて検証します。





 実は、MMT支持者に限らず、主流派の経済学者や財務省も含めて、「日本がデフォルトしない」という見解では、一致していると思います。



 結論から言うと、「変動相場制で自国通貨を発行する政府が、自国通貨建て国債が返済不可能になることはあり得ないし、歴史上もない」のです。



 それでは実際にデフォルトしたアルゼンチンはどうなのか。アルゼンチンがデフォルトしたときは、アルゼンチンは「米ドル建ての国債」を返せなくなったのです。アルゼンチンは当然自国で米ドルを発行できないので、返せなくなるということはあり得る。



 それならギリシャの場合はどうか。ギリシャに限らずユーロに加盟している国には「自国通貨」がそもそもありません。

ユーロは加盟国が勝手に発行することができず、欧州中央銀行が発行していますから、ギリシャも破綻してもおかしくない。



 ドイツはよく「健全財政」と言われていますが、じつは、この意味では、ドイツのほうが日本より財政破綻のリスクがあるわけです。なぜなら、ユーロ加盟国のドイツは自国で通貨を発行できないからです。



 日本は自国で通貨(日本円)を発行できます。イギリス(英ポンド)もそうですし、アメリカ(米ドル)もそうです。自国通貨を発行している政府において、自国通貨建て国債が債務不履行になって破綻することはない。理由は、言わなくても分かりますよね。「なんで俺がつくった金を、俺が返せなくなるんだよ」という話です。





 よく「国民の税金で借金を返さなきゃいけない。国債を償還しなきゃいけない」と言われますが、よく考えてみると、その場合の税金は「円」ですね。国民から税金と称して「円」を取り上げるわけですが、では、国民は、どこからその「円」を得たんでしょうか? その「円」は、誰がつくっているんでしょうか?



 それは、究極的には、日本政府です。だから、日本政府は自分たちが国民に与えたもの(円)を、税金で取り返しているというわけです。



 「それなら最初から取らないでくれ」と思いますよね。なんで国民から税金を取り上げる必要があるのか。その理由については、また後で説明します。



 企業は自国通貨を発行できません。家計もそうです。だから「破綻」する可能性があります。しかし政府は違う。国家と企業とは違うんです。これは、基本中の基本です。





 日本政府のデフォルトはあり得ないというのは、私が勝手に言っていることではありません。財務省も認めていることです。



 2002年、外国の格付け会社が日本の国債を格下げしました。これに怒り狂った財務省は、格付け会社に公開質問状を出しまして、それがまだ財務省のウェブサイトに残っています。以下です。





https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm





 一部引用してみましょう。外国格付け会社宛の質問として、



 「(1)日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」



とあります。



 ということなので、日本の債務不履行・デフォルトというのはあり得ないというのが財務省の見解です。ですから、この話はもういいでしょう。



 ……いや、ちょっと待ってよ。「いいでしょう」ってことはないだろう。だったらなんで税金取ってるんだよ?という話になるわけですよね。



 ここから話が面白くなるわけでして、MMTという理論は、この問題を解き明かしたところが、極めて面白いわけです。





(続きは次回)



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