日本で日々ニュースになっている強盗・詐欺事件。アメリカでもいま若者による集団強盗事件が多発しているようだ。

フィラデルフィアでおよそ100人の若者たちが集団略奪 少なくとも52人が逮捕 「あまりにも頻繁に起きていて」各地で若者を中心とした集団による略奪事件が相次ぐ」。今朝TBS NEWSで報じらた内容はショッキングなものだ。2022年サンフランシスコ市内のドラッグチェーン店が閉店に追い込まれるほどの窃盗事件の頻発とその背景について当サイトでは藤森かよこ氏がいち早く報じ、考察。再配信する。アメリカではいったい何が起きているのか?





■万引き天国(?)のサンフランシスコから撤退する大手ドラッグストア



 大阪の桃山学院大学勤務時代のゼミ生だった女性から先日に届いた新年の挨拶E-メイルの内容に私は驚いた。



 彼女はアメリカ人のご主人と息子さんとの三人家族で、サンフランシスコに住んでいる。高級住宅街で知られるパシフィック・ハイツ(Pacific Heights)に住んでいる。ご主人はアイヴィーリーグの一角を占める名門大学の卒業生であり、知的専門職に従事していている。



 私の教え子の女性の一家は、それまではサンフランシスコでの暮らしを楽しんでいた。その彼女とご主人が、カリフォルニア州から別の州への移住を真剣に検討中だと書いていた。



 その理由は、サンフランシスコを含むカリフォルニア州の治安が悪くなったからだという。サンフランシスコのみならずカリフォルニア州からテキサス州やフロリダ州など南西部や南部に移住する人々が増えているそうである。



 市内のスーパーマーケットやドラッグストアでは、堂々とカートつきバッグを持ち込んで、商品をバッグにドンドン入れている人々を見るのが日常の風景になっているそうである。まともな市民たちは、その姿を見て見ぬふりをしているそうだ。大量の商品をバッグに詰め込む人々をジロジロと見つめないように、母親は幼い子どもに注意するそうだ。



 おかげで大手ドラッグストアのチェーン店Walgreensがサンフランシスコ市内からほとんど撤退閉店してしまった。2022年1月段階で53店舗が16店舗に減った。そのために、自動車で隣の市まで買い物に行けない高齢者は、薬や日用品を買うのに不自由している。従来まで治安のよかったパシフィック・ハイツでさえ、ネット通販のアマゾンに注文しても、玄関先に荷物を置き配されると盗まれてしまう。



 車上荒らしも多いらしい。私有地の一戸建て住宅の敷地内に駐車された自動車も窓が破られる。一般的な駐車場や路駐になると、その頻度は非常に高くなる。私の教え子の女性も5回車上荒らしをされたそうである。





■2014年カリフォルニア州の住民投票でProposition 47が可決された



 どうして、そんなことになったのか? 事の発端は、2011年にカリフォルニア州の刑務所への投獄率がテキサス州に次いで全米2位となったことだった。

最高裁判所が介入し、カリフォルニア州は投獄人数を33,000人減らすことになったことだった。当時のカリフォルニア州の刑務所の過密状態は囚人たちの人権を認めないような劣悪なものだった。



 それで、2014年11月4日にカリフォルニア州の住民投票で、「提案47安全な近隣と学校法」(Proposition 47、The Safe Neighborhoods and Schools Act)という法律が可決された。これは、直接的に物理的暴力で被害者を傷つけない犯罪ならば、重罪(felony)ではなく軽犯罪、微罪(misdemeanor)として再分類するという法律であった。



 なぜ、このような法律が必要とされたのか? 警官や検察官が凶悪な暴力的犯罪者の検挙や処分に人的資源を注ぐためには、非暴力的な犯罪ならば軽犯罪にするほうがいいと当局が判断したからであった。加えて、被害額400ドル以下の万引きも重罪として扱われ、刑務所に入れられることが多かったので、刑務所に収監される人々の数を減らすためであった。



 この「提案47安全な近隣と学校法」が有権者の過半数の賛成を経て可決されたことの背景には、生活苦から被害額がせいぜい平均400ドル以下程度の窃盗や詐欺をする貧困層への同情もあった。軽犯罪ならば刑務所に収監されず更生できる可能性も高くなる。これは一種の弱者救済策でもあった。



 この「提案47安全な近隣と学校法」によって、軽犯罪として分類されるようになった犯罪は以下のものだった。





  • 盗まれた財産の価値が950ドルを超えない万引き



  • 盗まれた財産の価値が950ドルを超えない盗難



  • 盗まれた財産を受け取った場合、その価値が950ドルを超えない



  • 偽造小切手、債券、または手形の価値が950ドルを超えない偽造



  • 不正小切手、ドラフト、注文の価値が950ドルを超えない詐欺



  • 価値950ドルを超えない不正な小切手を発行すること



  • ほとんどの違法薬物の個人的な使用(重量の一定の閾値以下に限る)





■被害額950ドル以下の犯罪の微罪化は支持された

 



 この措置について、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は、州の刑務所の過密状態を改善する方法として称賛した。ロサンゼルス・タイムズ(The Los Angeles Times)は「国家が刑事司法と投獄資源をよりスマートに利用するのを助けることができる良いタイムリーな措置」として支持した。

1920年に設立されたアメリカで最も影響力のあるNGOの人権団体のアメリカ市民自由連合(American Civil Liberties Union, ACLU)は、この措置を支援するために350万ドルを寄付した。



 アメリカのセレブの中にも、この法案を支持した人々がいた。アメリカのラッパーで、ソングライター兼起業家のショーン・コーリー・カーター (1969-)=ジェイ・Z(JAY-Z)はそのひとりだった。



 1995年から99年までアメリカ下院議長(第50代)を務めた共和党選出の大物政治家ニュートン・リロイ・ギングリッチ(Newton Leroy Gingrich、1943-)も支持した。(2014 California Proposition 47 - Wikipedia)



 とはいえ、軽犯罪(misdemeanor)でも犯罪は犯罪だ。だから起訴もされる。しかし刑務所に送られるということは減った。





■サンフランシスコの万引き犯への措置批判も多い

 



 ただし、コメディアンのアダム・カローラ(Adam Carolla,1964-)のように、この件について、サンフランシスコ市当局を非難する人物もいる。



 いわく、カリフォルニアのほとんどの地域では警察に連絡し警官が来て犯人を逮捕するが、サンフランシスコでは、出頭命令書(Citation)を発行するだけという事例が多いとか。



 いわく、新型コロナウイルス感染拡大のあおりで、失業者が増えて以降は、万引きや窃盗が増えたが、市当局は「被害額950ドル程度の軽犯罪は逮捕するな」と警察に通達を出したとか。



 いわく、サンフランシスコ市の地方検事(the district attorney)が犯罪者をどんどん釈放した(アメリカの地方検事とは、日本なら地方検察庁の長たる検事正であり公選制で任命される要職)。これが始まったのが、ジョージ・ガスコン(George Gascón,1954-)が検事時代(2011-2019)からであり、チェサ・ブーディン(Chesa Boudin,1980-)検事時代が2020年から始まったが、ブーディンはガスコン検事のやり方を踏襲した。

そのために窃盗や車上荒らしや住居侵入件数が増加したとか。(ちなみに、現在の副大統領のカマラ・ハリス(Kamala Devi Harris, 1964-)の前職のひとつが、このサンフランシスコ市地方検事だった。)





サンフランシスコが酷い有様…住民投票で可決した法案で$950(日本円で約10万)以下の窃盗が微罪扱いになってる関係で窃盗天国に - Togetter





 このアダム・カローラの発言が事実に立脚しているのかどうかは、私にはわからない。



 私の知っていることは次のことだけだ。ブーディン検事は、2022年6月にサンフランシスコ市の住民からのリコール運動に晒されるらしい。もっと警察の予算を増やし、警官に権限を与えよとサンフランシスコの一部の市民たちは、ブーディン検事解任を求めている。リコールをアピールするTシャツは日本でもアマゾンから購入できる。



 2020年5月25日にアメリカの中西部ミネソタ州で、黒人のジョージ・フロイド(George Floyd,1973-2020)が白人の警察官に9分以上にわたって首を膝で押さえつけられて死亡した。その後、これに反発するデモが各地で起きた。人種差別への抗議活動(Black Lives Matter,BLM)が全米に広がった。この事件を契機に、サンフランシスコ市当局は、警察の予算を削減した。だから、サンフランシスコは万引きや窃盗などの軽犯罪者の天国となったと述べるブロガーもいる。



San Francisco Decriminalized Petty Theft and It Turned Out Just like It Sounds | by karl marx junior | Dec, 2021 | Medium





 確かな事実は、最高裁の指示で刑務所収監者を減らすために、軽犯罪として分類しても差し支えなかった程度の万引きや窃盗を適切(?)に軽犯罪としてみなし、犯人が更生しやすいように、いたずらに刑務所に収監させないという方針が有権者の過半数から支持され、法制化され、実行されたということである。



 しかし、2020年のコロナ危機で経済状況が悪化し、失業者が増え、貧困層の生活防衛のための万引きや窃盗が増えた。そこに、BLM運動が起き、人種差別という批判を避けるために警官には言動に留意させるという市当局の方針が加わった。



 これらの要素が重なって、今のところ、結果的にサンフランシスコに「検挙されない万引き」が活躍(?)する現象が起きているのだ。





■守れないことを犯罪にしてもしかたがない?

 



 それにしても、「提案47安全な近隣と学校法」(Proposition 47,The Safe Neighborhoods and Schools Act)という法律の発想は面白い。



 被害額950ドル以下の軽犯罪は刑務所に入れられることはないという「事実上は合法」という発想が。



 たとえば、モンタナ州に行ったことのある友人によると、当時のモンタナでは「飲酒運転」は、犯罪ではなかったそうだ。モンタナのような地域で飲酒運転を非合法化しても、人々は守らなかった。自動車しか交通手段がないならば、酔っぱらっていても運転するしかなかったからだ。



 「守れないことを犯罪にしてもしかたない」と、当時のモンタナ州の人々から言われた友人は、その現実主義的な姿勢について「モンタナ州人は偉い!」と感心したのだそうだ。なるほど。



 売買春は非合法であるが、実行している人間は少なくない。

台湾、ベトナム、フィリピンやブルネイでは、いわゆる不倫(結婚外性交)は犯罪である。インドネシアやマレーシアでは姦通はイスラム教の教義に反する。結婚外性交が犯罪でも実行する人間は少なくない(だろう)。道徳的に問題でも、犯罪でも、実行する人間は実行する。



 万引きや窃盗は、犯罪の中でも最も日常的な犯罪である。日本でも女性タレントが、テレビのバラエティ・ショーで万引きをしたことがあると、あっけらかんと語り問題になったくらいに、犯罪であるという意識が低い類の犯罪だ。たとえば、似た例として、親の財布からお札を数枚ほど盗んだことのある人間は少なくないだろう(私は経験ないが)。これも窃盗といえば窃盗である。



 こういう観点から、万引きは、どうしても起こされるものであるので、「950ドル以下の万引きや窃盗程度ならば、実質的には犯罪ではないと処遇するのが現実的姿勢である」という考え方は妥当かもしれない。



 道徳や規範というものを破る人間はどうしても出てくるのだから、比較的軽い程度のことならば大目に見るのは、しかたないのかもしれない。人種差別的感情から、20ドル程度の食品を万引きした黒人やアジア人の少年を何年も刑務所に入れて前科者にするよりは、はるかにいいことだろう。





■外国の現象を報道する難しさ

 



 私は、かつての教え子からのメイルを読み、サンフランシスコでは万引き犯は堂々と万引きするらしいと知って、こんな奇妙奇天烈なことをなぜ日本のメディアは報道しないのだろうかと不思議だった。



 だから、今のサンフランシスコの事情について調べたし、Facebook友だちのひとりである愛知県在住の音楽家の女性に現地の事情をいろいろ確認していただいた。その方は、カリフォルニア州に友人知人が多いということだった。



 結果として、私は少し安堵できた。経済状況が良くなれば、サンフランシスコの治安も回復し、元どおりの街に戻る可能性が高いようだ。サンフランシスコが「万引き窃盗天国のどうしようもない犯罪都市」になったわけではないのだ。



 もちろん、言うまでもなく、同じサンフランシスコの住民でも、同じ現象を見ていても、考え方は違う。おそらく民主党員と共和党員でも違うだろうし、同じ政党を支持している人々の中でも感じ方は違うかもしれない。



 それでも、私の教え子一家が急いでカリフォルニアから、サンフランシスコから、可能な限りに速やかに避難しなければならないような非常に深刻な状態ではなさそうだ。



 日本の主流メディアが報道しないことの中には、故意に隠蔽されていることもあるかもしれない。日本人の発想では理解しがたいので現象だけをポンと報道すると、誤解を招くようなこともあるので敢えて報道しないこともあるかもしれない。単に外国人では事実関係がわからないので、報道したくても報道を控えているのかもしれない。そもそも全く知らないだけかもしれない。



 どちらにしても、何よりも、事情や背景がよくわからない外国事情について報道するには、事実関係をきちんと調べることが前提だ。その報道を目にしたり聞いたりした場合は、自分で確認するべきだが、それはそれで面倒で難しいと、あらためて私は感じさせられた。



 とはいえ、私の心には、まだちょっと疑いが残っている。ひょっとしたら、日本の主流メディアはアメリカのリベラル民主党系のジャパン・ハンドラーズから操作されてきているので、全米で最もリベラルと考えられているサンフランシスコ(同性愛者たちの地域共同体が1960年代からあった)市の万引き御免プチ無法地帯ぶりについては、故意に黙殺しているのではなかろうかと。



 もちろん、これは私の邪推であるのだろう。





文:藤森かよこ

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