1月28日に発表された春の選抜高校野球の出場校を巡って論争が起きている。
それは野球ファンならばご存じの方も多いだろう。
選考結果について東海地区の鬼嶋一司選考委員長は「聖隷クリストファーは頭とハートを使う高校生らしい野球で、2回戦、準決勝で9回に見事な逆転劇を見せた。立派な戦いぶりでした。個人の力量に勝る大垣日大か、粘り強さの聖隷クリストファーかで賛否が分かれましたが、投打に勝る大垣日大を推薦校とします」と語った。
委員長の説明にインターネット上では「納得いかない」という声が続出し、高野連には抗議の電話がひっきりなしに鳴っているという。静岡県高校野球連盟の高橋和秀会長は1月31日に「非常に残念。悔しい気持ちだ」と述べ、同理事長の渡辺才也氏は「一体、高校野球ってなんなんだろう。何を信じればいいのか…。今まで信じてきたものが崩れ去ってしまった」と怒りを露わにした。
不可解な選考にプロも黙っていなかった。
《「個人の力量に勝る大垣日大」って。
それするならせめて聖隷クリストファー高を選考した上で特別枠で大垣日大高を選考するべきではないんですかね?》
選考理由について納得しておらず独自の対案を提示した。元メジャーリーガーの上原浩治氏も自身のブログでこの問題に触れ、「理由を聞いても、全く賛同できなかった」と述べた。そして
《野球は言うまでもなく、団体競技である。「個人の力量」が必ずしも勝つとは限らない。例えば、攻撃に「打線」という言葉がある。「個」の力で劣っても、小技やバントなどを絡めることで「線」が生まれて得点を挙げることができる。守備も同じだ。投手力を守備で補ったりするのが「チーム力」だ。仮に、聖隷クリストファーが「個人の力量」で劣ったとすれば、それを「チーム力」で補って勝利したことになる。その結果が評価されないなら、団体競技そのものが否定されはしないか》
このように今回の選考理由が不可解だと指摘した。
《「結果が全て」の選考が望ましく、明確な基準作りが必要だ。それこそが、高校球児のためになるのではないだろうか。
例えば2枠ある地区なら決勝進出した2校、4枠ならベスト4で決まり。2、4、8と分かりやすく選考できるように出場枠や地区大会の再編をしたほうが、わかりやすいと思う》
こうした持論をつづり、自らの考えを示した。
選抜高校野球は、秋の地方大会で優勝か準優勝した高校が漏れなく選ばれるのが慣例だ。出場校は全部で32となっており、一般枠28、21世紀枠が3、神宮大会優勝校地域枠が1となっている。神宮大会とは、日本学生野球協会が主催し、全国各地区の大学チームより精鋭を集めたトーナメント戦である。この大会で優勝する高校は秋の地区大会で好成績を残しているため優勝校の出場枠が一つ増える形になる。一般枠の振り分けは以下の通りである。
北海道・1チーム
東北・2チーム
関東と東京都・6チーム(うち東京都を除く関東が4チーム、東京都が1チームを選出)
東海・2チーム
北信越・2チーム
近畿・6チーム
中国と四国・5チーム(うち中国・四国でそれぞれ2チームを選出)
九州・4チーム
関東・東京と、中・四国のそれぞれ残りの1チームは、各地域の大会成績を比較した上で決定される。つまり、秋季大会の成績によって選考していると言っていい。
21世紀枠は北信越・東海より東の「東日本ブロック」と近畿より西の「西日本ブロック」でまずそれぞれ1チームずつを選び、残りの1チームはそれ以外の地域の推薦7チームの中から審査をして決定されるのだが、過去にも出場校の選出で不可解な選考がいくつも起きている。
一つ目は1987年大会に松山北が選ばれたときだ。当時の中国と四国の選抜出場枠はともに3.5枠ずつとなっていた。因みに前年は中国が4で四国が3である。1986年秋に行われた四国大会では、決勝に進出した池田と明徳義塾の実力が突出しており選ばれるのは確実。3校目は優勝した池田に負けた丸亀商が地域性で有利と言われていた。
一方中国大会は、優勝した岡山南と準優勝の広島商が選ばれるのは間違いないと言われた。3枠目は試合内容がよかった大田高校が有力でもう一つのベスト4である米子東が四国大会ベスト4鳴門と最後の一枠を争うと見られていた。
しかし蓋を開けてみたら選ばれたのは四国大会ベスト8の松山東であった。選考理由は「松山北が投手力を含めた守りにやや分があり、地域性も考慮されて鳴門を抑えた」というもの。地域性を考慮しても米子東も鳴門も特に問題はない。まことしやかに流れた噂では、松山東は伝統校であり、地域でも名高い公立の進学校だったからだと囁かれたのである。
二つ目は同87年に起きた江の川高校(現・石見智翠館高等学校)落選事件である。
その江の川高校は1986年の秋季中国大会でベスト4に残った。翌年の選抜は記念大会ということで中国の出場枠は4である。つまりベスト4の江の川高校の出場は有力だったが、選ばれたのは広島工、西条農、倉吉東、宇部商であった。宇部商は好投手を擁していて、選考に入っていたが、落ちるならば準決勝で大敗した倉吉東と思われていた。まさかの江の川高校落選である。因みに選考理由は「(倉吉東は)広島工に大敗したが、河野投手を軸にキビキビした試合ぶりを見せた。残る1校は江の川と、1勝もできなかったとは言え、好投手木村を擁する宇部商の比較となったが、宇部商が選ばれ、江の川は補欠に回った」と不可解な理由であった。江の川はこの悔しさをバネにしたのかわからないが、夏の甲子園大会に出場しベスト8と好成績を残した。
三つ目は1991年大会で鳥羽高校が落選したケースだ。
一方、京都の鳥羽はベスト8まで進出し、記念すべき第1回全国中等学校優勝野球大会の優勝校である京都二中の後進校だったのも話題となり、選抜に選ばれるかもと話題になった。この年の関西の出場枠は7つ。十分選ばれてもおかしくない成績である。戦績・地域性ともにかなり有利な状況だったが、選ばれたのは天理、神戸弘陵、大阪桐蔭、箕島、三田学園、浪速、奈良であった。なんと1回戦で天理に負けた奈良高校が出場し、ベスト8の鳥羽が落選したのである。奈良が選ばれた理由は「強豪天理に県、地区大会で食い下がった点、短期間で7点差を3点差までに詰めたことが評価された」としており、こちらも「進学校だから選ばれた」と噂されてしまった。
このように過去にも不可解な選考があったのは事実であるものの、高野連は選考基準を明らかにしている。ホームページを見ると下記のような記載があった。
《11.出場校選考基準
(1) 大会開催年度高校野球大会参加者資格規定に適合したもの。
(2) 日本学生野球憲章の精神に違反しないもの。
(3) 校風、品位、技能とも高校野球にふさわしいもので、各都道府県高校野球連盟から推薦された候補校の中から地域的な面も加味して選出する。
(4)技能についてはその年度の新チーム結成後より11月30日までの試合成績ならびに実力などを勘案するが、勝敗のみにこだわらずその試合内容などを参考とする。
(5)本大会はあくまで予選をもたないことを特色する。従って秋の地区大会は一つの参考資料であって本大会の予選ではない。》
つまり秋季大会は選考する上での参考資料であって、選抜高校野球出場の予選ではないとしている。この基準に沿って選考されたという。わざわざ「秋の地区大会は一つの参考資料であって本大会の予選ではない」としたのは選抜高校野球の歴史を振り返らないといけない。
夏の甲子園大会の主催は朝日新聞社で春の選抜高校野球の主催は毎日新聞社なのはご存じの通りだ。これは毎日新聞社が夏の甲子園大会が成功し、朝日新聞社の発行部数が大幅に伸びたことで毎日新聞社も高校野球大会の主催を始めようしたのが選抜の開催理由である。
1924年に名古屋の山本球場で春季の選抜中等学校野球大会としてスタートし、夏の甲子園大会とは違って、名門、強豪、伝統校が選ばれるケースも増えて野球ファンを喜ばせた。戦時中は中断しており、敗戦後再開を目指したら当時日本を統治していたGHQ(連合国軍総司令部)が「なぜ、甲子園大会が2つもあるんだ? 1つでいいじゃないか?」と疑義を呈した。
すると当時の毎日新聞社本田親男大阪本社編集局長(のち社長)が「春と夏では違う意義がある。選考基準も違う」「選抜は全国大会ではなく招待試合である」と説得して復活させたのだ。そのため成績だけで選ばないのがウリでもある。
その象徴が21世紀枠だ。選出に最低条件があり、主催の毎日新聞社は以下の条件だと説明している。
【21世紀枠出場校条件】
1.秋季都道府県大会のベスト16以上
(※加盟校が129校以上の都道府県はベスト32以上)
2.以下の推薦例のいずれかに当てはまること
・少数部員、施設面のハンディ、自然災害など困難な環境の克服
・学業と部活動の両立
・予選では良い成績だが強豪校に惜敗するなどの理由で甲子園に出場できない
・創意工夫した練習で成果を上げている
・校内、地域での活動が他の生徒や他校、地域に好影響を与えている
つまり文武両道の進学校や被災地の高校、ボランティア活動が評価された高校など、野球とは関係の薄い点が評価されて選出されている。
「秋季大会の成績ではない」と言いながら、一方で選考理由に「甲子園で勝てる可能性の高いチーム」としているのはダブルスタンダードに他ならない。聖隷クリストファー高の上村敏正監督は「高野連には抗議文などを出すつもりはない」と語っていた。無念であると思われるが、波風立てずに選抜高校野球が無事に開催されることを願ってのことだろう。
高校生の時間は二度と取り戻すことはできない。高野連も毎日新聞社もそのことを踏まえた上で選考理由の基準を明確化し、今回のことが起きないような措置を講じてほしい。筆者としては選考基準に、一文を追記してほしいものがある。それは
「好勝負が期待できる可能性が高いため秋の地区大会優勝校と準優勝校は、校風、品位が高校野球に相応しく日本学生野球憲章の精神に違反しないものであれば出場をさせる」
この一文があるだけで基準は明確になると思うが、どうだろう? 選考委員の皆様の良識にお尋ねしたい。
文:篁五郎(たかむら・ごろう)
1973年神奈川県出身。小売業、販売業、サービス業と非正規で仕事を転々した後、フリーライターへ転身。西部邁の表現者塾にて保守思想を学び、個人でも勉強を続けている。現在、都内の医療法人と医療サイトをメインに芸能、スポーツ、プロレス、グルメ、マーケティングと雑多なジャンルで記事を執筆しつつ、鎌倉文学館館長・富岡幸一郎氏から文学者について話を聞く連載も手がけている。