先の通常国会で成立した「AV出演被害防止・救済法案」いわゆる「AV新法」によって制作現場が混乱している。この法案は、本人の意図に反してアダルトビデオに出演せざるを得なくなった人たちを救済することを目的に作られたものでと超党派の議員から提案され、2022年6月15日の国会で与野党の賛成多数で可決・成立した。



 ところが、法律の施行前から現場で混乱が起き、多くのセクシー女優から怒りの声がTwitterに上がってきた。フリーランスでセクシー女優をしている金苗希実氏のツイートが象徴的である。





《7月決まってたAVの撮影が全部中止…AV新法で女優が守られるどころか仕事が無くなって現役の女優たちが苦しむ構図って誰得なん。。》





 他にも多くのセクシー女優が撮影中止や事務処理にてんやわんやしてしまい、法案の音頭を取った立憲民主党の塩村あやか参議院議員のTwitterアカウントが炎上するほどの騒ぎになった。



 では、どうしてAV新法によって現場が混乱することになったのか? 元経済産業省の官僚で作家の宇佐美典也氏は、TwitterでAV新法の問題点を以下のように指摘している。





《普通は法律作る前に、関係者が一堂に介して会議して、骨子の段階で意見募集して、業界団体に事前説明してQ&Aを数百問作って、国会質問で揉んで、周知説明会やって法律執行するんだが、AV新法はそういう手続き全部ふっとばしてるから中身がゴミ&ザルな上に執行に支障をきたすのは当たり前。》





 この法案は僅か3ヶ月程度の密室での検討と、衆議院参議院でたった1日の会議で作成された代物。しかも現在のAV業界の現場からヒアリングもしないで作られたからだ。



 法案が、現場の状況とリンクしていないのは現在の混乱を見れば明らかである。なぜそんな問題が起きたのか、法案内容を取り上げて解説をしたい。概要は衆議院のHPよりPDFファイルがダウンロードできるのでそちらを参照する。





 現場の慣習とかけ離れているのが4~7条の部分だ。概要には以下のように記載されている。





《〇出演契約は、AVごと に締結しなければならないこと 〇書面主義



〇AV契約書等の交付義務〇AV契約の説明義務→罰則で担保》





 現場では先に「撮影内容、ギャラ、拘束時間、日にち」を決めておき、契約書は撮影当日に書くのが慣習になっていたという。これはAV女優全員が首都圏に住んでいるわけではなく遠方に住んでいる女優もいるから取られた措置のようだ。



 しかし、AV新法に対応すると撮影の1カ月前に契約書を交わしておかないとならない。そのため事務処理に追われるセクシー女優が続出した。

先ほど紹介した宝田もなみ氏大槻ひびき氏はTwitterで対応が大変だったとツイートしている。







 次に7~9条は撮影についての規定が書かれている。概要は以下の通りだ。





《AV撮影について、



〇契約



書面の交付 から1か月間の撮影の禁止 〇意 に反する性行為は拒絶 できる



〇出演者の安全等に配慮する義務



〇事前確認 の 機会の付与



〇全て



の撮影の 終了から4か月間の公表の禁止》





 契約書を交わしてから1か月は撮影ができず、撮影後も4カ月は販売はもちろんPRもできない。しかし出演した女優はSNSで宣伝できるという。これは意に反する撮影だったら販売前に差し止めができるようにしたものだからだ。



 しかし、この条文はAVメーカーを潰すことになると危惧されている。なぜならAVを制作する際、4ヶ月公表禁止となると、5ヶ月後に販売が開始され、支払いサイトから入金がくるのが7ヶ月後になる仕組みだからだ。しかもAVメーカーは銀行の融資が受けられないため出演料や次の作品を作るための制作費が賄えなくなるかもしれない。おまけに出演者が販売差し止めを希望すれば最短二日で販売ができなくなる。これではメーカーは制作を止めてしまう恐れが出てくる。



 そうなると適法AVと呼ばれるメーカーがなくなり、女性を食い物にする輩が作った同人AVで穴埋めされるかもしれない。

実際に現場が止まったセクシー女優に同人AVの現場から出演依頼が来た例もあるという。また、一旦契約書にサインしたら撮影日まで何があっても参加しないといけなくなるのも現場を苦しめている。現役のセクシー女優・一条みお氏が以下のようにツイートをしたことでも明らかだ。





《AV新法のおかげで『差し替え』が出来なくなっちゃった



撮影契約から1ヶ月以内の間



どんなに熱を出しても



どんなに体調不良でも、身内に不幸があっても



代わってくれる女優さん男優さんを用意してはいけない



違法になるらしい



一般的労働条件では、お仕事って休む時誰かが代わってくれたりするのにね》





 もし体調不良になっても代わりの女優・男優を探すことすらできないのはおかしな話である。一条氏がつぶやいたように代役を用意するのは当然のこと。できないとなると現場は飛んでしまう恐れがある。

これでは被害女性を救うためにはAV業界そのものをなくせばいいと言われても仕方ないだろう。





 超党派の国会議員は、これだけ現場とズレている法案を作ってしまい可決成立させたわけだが、一体どんなヒアリングをしたのだろうか。調べてみるとAV人権倫理機構6月28日にAV新法に対する基本姿勢を発表しているので参照してみよう。





 発表文によると





《3月31日の内閣府でのヒヤリングでは、志田代表理事が概要を次のように発言》





 このような記載があるのでAV人権倫理機構にはヒアリングをしたのは間違いないだろう。しかし、AV人権倫理機構以外に業界団体がヒアリングを受けていない。なぜなら先ほど紹介したAV人権倫理機構の発表文の中に以下の記載があるからだ。





《今回の立法において、業界の実態把握については、当機構からの情報提供が参考とされたようであるが、業界の構成員からの直接の聞き取りは実施されなかった。》





 メーカーやプロダクション、現場の制作者の意見が全く反映されていない法律なのは明らかになった。しかもAV新法を要望したNPO法人ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子弁護士は、適法AVの取り組みも知らないらしい。



 伊藤弁護士が、Twitter上で現役のセクシー女優・天使(あまつかさ)もえ氏から「適正AVが設立された現在でも自主規制の及んでいないプロダクションやメーカーがあるなら名前を出してほしい」と質問をした。



 すると、伊藤弁護士は「沢山ありますので、ご自身でお調べいただけますか。法律を作ったのは議員ですので議員にお尋ねいただけますか」と回答を拒否。



 天使氏はAV人権倫理機構成立以降、適法AV出演者で強要された例はないとした上で「規制に関わる対象に説明するつもりはないという意思表示ということで宜しいでしょうか?」と問いただすも伊藤弁護士は答えることなくTwitter上でのやり取りは終了した。



 つまり、伊藤弁護士が主宰しているNPO法人ヒューマンライツ・ナウもAV業界の現状をきちんと調査せずに、AV新法を作るように要請したようなものだ。



 確かに同人AVと呼ばれるFC2やPornhubといったアダルトサイトに投稿される「個人撮影」と呼ばれる映像は、トラブルが続出している。その理由は制作者に遵法意識がないからだ。いわゆる同人AVに出演者した女性はトラブルに巻き込まれて泣き寝入りをしている人も多い。そうした女性を救済する方法を考えるのは当然のこと。



 しかし、適法AVは自主規制や業界内でルールを守って適法の範囲内で活動をしている。違法行為をする輩と一緒にされたらたまらないだろう。AV人権倫理機構はAV新法を概ね評価するも、反省点として以下の意見を表明している。





《今回の「新法」の立法過程では、被害者、それも適正AV外や、適正AVの自主規制により健全化が進む以前に被害に遭われた方からのヒヤリングが中心となったため、「AV女優」一般に対する認知が歪んでしまったと言わざるを得ない。たとえば、出演女優は全員被害者であって自分から望んで出演している者はいない、といった言説や、AV女優という職業に対する偏見を助長するような言説が出てきてしまった。さらには、正確な実態把握ができていないまま、特異な犯罪事例を「AV業界」「AV女優」として報道する報道機関もあり、こうした流れが出演者・事業者一般への社会的差別につながりかねないことを憂慮している》





 現在、AV業界から適法AVを守るためセクシー女優が発起人となって改正を求める署名男優が中心で執行停止を求める署名運動が行われている。現状にそぐわない法案を執行すればさらなる被害者が出るのは間違いない。参議院選挙終了後、すぐにも執行停止か法改正されることを切に望む。





文:篁五郎