早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。
【誰かの隣--体温を感じることのできる距離にいると・・・】
東京という土地に漂う無関心さは私にとってすごく居心地が良かった。
これまで長く住んでいたあの土地は良いことも悪いこともすぐに広まった。そして広めるだけでなく、自分の生活に関係ない誰かの人生について彼らはいつまでも覚えていた。「そういえば、あの時こういうことが」「思い出した、あの子はこんな感じで」といった具合にだ。そういうところが堪らなく嫌いだった。
上京する前の一番の心配だった一人暮らしは特に問題はなかったし、気軽に遊びに誘えるぐらいの友人もすぐにできた。成績は真ん中ぐらいの層におさまっていたが、推薦枠や奨学金の基準には達していて何も問題がなかった。入学したては、新歓やサークルの合宿などのお祭りムードで浮足立っていたが、梅雨が明けるぐらいにはそれも落ち着いた。
暑さが過ぎ去ったころに、先輩の紹介でインターンを始めた。
同じ時期にマッチングアプリを始めて、自分は会ったばかりの好意を持っているのかどうか曖昧な人とでも簡単に肌を重ねられることを知った。けれど同じ人と何度も会って関係を構築したり、セックス以外のこと、例えば昼間どこかに遊びにいったりするのは面倒だと感じてしまっていた。そうしているうちに、緩やかに何の意味も持たない経験人数だけが加算されていった。何度行為におよぼうが、気持ち良いとか楽しいと思わなかったし、強く欲してもいなかった。強いて言うならば、誰かの隣―体温を感じることのできる距離にいると、よく眠れる気がして、セックスはそれのおまけみたいなものだった。
よくよく考えてみると、このときからセックスを手段として利用していたのかと気がつき、少し笑ってしまった。
【一つ上の恋人ができたときに強く思ったこと】
季節は巡り、クリスマスを迎える少し前に、一つ上の恋人ができた。私が欲しいと言ったピアスのために日払いのアルバイトを始めるような人だった。恋人ができた喜びよりも「もう誰か適当に探さなくて良いんだ」という気持ちの方が強く、ある種の平穏を手に入れたような気がしていた。
二年生に進級してすぐの頃、インターン先の組織体制が変わり、徐々に周りのメンバーが辞めさせられていく中で、私だけがグループ会社に移動することになった。
友人との飲み会に行く回数は減っていったし、恋人からは寂しさが乗じたのもあるだろうが、「たかがインターンなのに、そんなに必死になる必要がある?」なんて言葉をかけられるようになった。それでも別に気にしていなかった。働いた分だけ自分のできることが増えていって、成果をきちんと出すと評価もあがる。きちんとそれに見合う分の報酬はもらっていたし、それに加えて、少々無理をしても大丈夫なくらい身体が丈夫だったのもあって、一日中頑張り続けるのも苦ではなかった。
【人生なんてそんなすぐには変わらないし、変えられない?】
二度目の夏休みが終わっても、相変わらず授業と仕事に追われていて、そんな毎日がこれからもずっと同じように続いていくと思っていた。ただ現実がそうなっていないことは、その後の私の人生を知っている読者の皆さんはお分かりだろう。この時は人生なんてそんなすぐには変わらないし、変えられないと思っていた。でも現実はそうではなく、自分の選択ひとつで簡単に方向は変わっていった。
あの頃の私は人生の分岐点に立たされているなんて気がつきもしなかった。
まして、半年後にAV女優になっているなんて。そんなこと微塵も想像していなかった。
(第8回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定