女優の中山美穂さん(享年54)が今月6日、東京・渋谷区の自宅浴室で亡くなっているのが見つかった。当初は死因についてさまざまな憶測が流れたものの、その後所属事務所から「入浴中の不慮の事故」(所属事務所)で亡くなったという発表があった。

死因解明に先立って、中山さんの遺体は「調査法解剖」に回されたとされる。この耳慣れぬ「調査法解剖」とは何か。そもそも、遺体はどのような流れで解剖されるのだろうか。鳥取県唯一の解剖医として、年間150件の解剖をこなす鳥取大学医学部法医学分野の飯野守男教授にお話を伺った。取材では中山さんの死因への驚きの見解も。



■「事件性のない異状死体」だった

 飯野教授は鳥取県唯一の解剖医で、年間150件もの案件にあたる解剖のスペシャリストだ。



「県内の依頼は全て私に集まってきます。県警の検視官から直接電話が入り、私のスケジュールとすり合わせ、早ければ翌日には取り組みます。解剖は時間との戦いというわけではないのですが、遺族のことを考えると早く返してあげたい、という思いでやっています。実際に解剖を進むのは6割、あとの4割はCT検査など画像診断となっています」



「解剖は大学内部の法医解剖室で行います。写真を撮ったり、説明をする時間も含め1体当たり3時間程度はかかります」



 続けて、日本の死因究明制度を解説いただいた。思った以上に解剖の種類が多く複雑で、「医学部生でも完全に理解している学生は珍しい」という。



 日本の解剖を類型化すると、事件性の有無、根拠とする法令の違い、地域などによって6種類に大別される。そしてそのうち4種類が法医学で実施する解剖となる。ここに耳馴染みのある「司法解剖」や、今回中山さんに行われた「調査法解剖」が入ってくる。何が違うのか。



「殺人事件など明らかな犯罪死体の場合は『司法解剖』を行います。これは裁判のための証拠を集める目的があり、遺族の同意は不要です。一方、事件性がないと思われる場合でも、病院で亡くなったわけではない『異状死体』の場合に『調査法解剖』を実施することがあります」





中山美穂さんの死因は「熱中症」だった可能性も?年間150件の...の画像はこちら >>



 



 まさに今回の中山さんのケースは、当初から事件性は疑われていなかったものの、死因に謎を残していた。だが、飯野教授は一つの疑問を投げかける。



■調査法解剖に残る謎

「今回、中山さんは東京都内で亡くなられたと伺いました(※一部報道によれば、渋谷区にある自宅とのこと)。通常、23区内で非犯罪死体の解剖が必要になった場合は、監察医制度(東京23区、大阪市など大都市圏にのみ置かれる制度)の下で監察医による『行政解剖』というものが行われるんです。違いは行政解剖では医師が解剖決定権を持つ一方、調査法解剖では警察が解剖決定権を持つことです。今回、行政解剖ではなく、調査法解剖になったのには警察の意向があるのかもしれません」



 真相は不明だが、中山さんは著名人ということで扱いが変わった可能性はあるだろう。



 この調査法解剖は、2013年頃に制定された死因・身元調査法に基づく比較的新しい制度だという。それ以前は、非犯罪死体の解剖は遺族の承諾を得て行う「承諾解剖」が一般的だった。



「遺族の承諾が得られないケースもあり、そこに犯罪が隠れている可能性も否定できない。そこで、犯罪死見逃し防止を主な目的として遺族の同意が不要な新しい制度となる調査法解剖が作られたのです」



 ただし、飯野教授が解剖を行う鳥取県では、調査法解剖の場合でも遺族に承諾をとる運用にしているという。解剖は残された遺族にとって何をもたらすのだろうか。



「心残りや疑いがなくなります。また、解剖の時に遺伝性疾患が見つかることもあり、その場合は残された家族の健康管理に活かせます。また、死因によって生命保険の支払額が変わることもあります。例えば入浴中の死亡でも、ヒートショックなら病死扱い、熱中症なら事故死となり、保険の特約によって、事故死では遺族が受け取る死亡保険金が1.5倍から2倍になるケースもあります」





■中山さんは熱中症で亡くなった?

 続けて、今回の中山さんの死因についても見解を伺った。飯野教授は入浴中の死亡事例について豊富な知見を持つ。中山さんは「ヒートショック」になったという報道もあったが。



「ヒートショックではなく、熱中症の可能性も考えられます。

実は冬場はお風呂場での熱中症死亡例が非常に多いんですよ。冬は夏場より、温かいお風呂に長く入りたくなる。その結果、体温が39度以上になって熱中症を発症し、意識が朦朧としてしまうんです。沈んでしまえば溺死してしまいます」



 驚くべきことに、鳥取県では年間約100人がお風呂場で亡くなっており、これは交通事故死(年間20人弱)の5倍にも及ぶのだという。特に12月、1月といった寒さに慣れていない時期に多発する、まさしく今が危ない時期なのだ。



「ただし、60歳以下での入浴中の死亡例はほとんどありません。今回の中山さんのケースは、年齢的に見ても少し特異なケースかもしれません」と飯野教授は指摘した。



■サウナより一人風呂が危ない

 いま、サウナブームだが、サウナもやはり危険なのだろうか。



「いえ。サウナではたいてい周りに人がいるため重大事故は起きにくいといえます。サウナに関しては、溺れる心配もありません。反対に自宅での入浴となると、家族と暮らしていてもその瞬間は一人になってしまいます。

注意が必要です」



 専門家として気になるのが、近年の高機能な風呂だという。「外国人と話をしていると『なぜ日本の風呂では熱中症になるのか。ふつう湯は冷めるだろう』と不思議がられるんです。我々が普段便利に使っている、42度以上の高温でさえも維持できる追い焚き機能ですが、時として危険因子になり得るのです」



 飯野教授は「法医学の重要な役割の一つは予防です」と語る。「一例一例の死因を究明するだけでなく、似たような事例を分析し、どうすれば再発を防げるかを考える。それが『予防法医学』という新しい分野です」



 今回の悲報から、入浴の安全対策を考えさせられる。



取材・文:BEST T!MES編集部

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