AV業界ではAV新法の制定以降、現場が混乱に陥っている状況はこれまで当サイトで何度も指摘してきた。現在業界内では、健全化を目指して多くの団体が設立され、不透明な部分もクリアになってきたが、一方新たな問題として二次使用とギャラ未払いが起きていることが明らかになった。
■現役時代は、二次使用料はもらっていなかった
——AVシンポジウムでかさいさんが「二次使用料問題」を取り上げましたが、AV新法以前は二次使用料は支払いされていたのですか。
かさいあみさん(以下かさい):私のデビュー当時(2009年)は今よりもオムニバスAVがたくさん販売されていましたが、二次使用料はもらっていませんでした。私自身お金のことなんか何も知らなかったですし、他の女優さん達も自分が出演した作品のギャラが幾らなのかわかっていない人が多かったと思います。
当時は、オムニバスAVに出演することはステータスになっていました。メーカーの歴史に名前を残してもらえたんだって感じで。だから女優も業界も(二次使用料がないことは)問題視していなかったんです。
——二次使用料が支払われるようになったのはAV新法が施行されてからですか。
かさい いえ。2018年に大手AV事務所の社長が出演強要で逮捕されてからです。あの事件以降、業界内で自主規制団体を作って清浄化させる動きが出てきて、二次使用料も支払いをしようということになりました。
現在、ほとんどの事務所は二次使用料を支払っていますが、一部の事務所が未払いになってしまっています。お金の流れとしては、メーカーからAVAN(※1)に120分作品だと1本あたり約3万円支払われていて、それを出演女優で割った金額が私たちの手元に入ってきています。だから出演女優が多くなると、もらえる額が少なくなります。たとえば10人の女優さんが出演している作品なら、10で割りますから取り分は10分の1になってしまうんです。
もちろん二次使用料の単価を上げようという話も出てきていますが、メーカーさんや制作会社さんの中には製作費の回収をオムニバスでやっているから難しい面があります。
——他にはどのような問題点がありますか?
かさい 男優さんもオムニバスAVの出演者なのに二次利用料が支払いされていない問題もあります。
最近では男優さんメインのAVも出てきていますし、今まで以上に男優さんの権利も考えていかないとダメですよね。彼らの権利をAV業界がどう反映させていくのかも課題だと思います。
あとは、亡くなった女優さんの二次使用問題も出てきました。このインタビューを受ける前に議員さんとの勉強会でもお話したんですけど。遺族の方から「家族としてAVに出演した記録を消してもらいたい。それとは別に二次利用料があるなら支払いしてほしい」と相談がきまして。
最近芸能界でも八代亜紀さんご本人のヌード写真つきCD販売の問題があったじゃないですか。権利者だから何をしてもいいっていうのはおかしいですし、家族は本人じゃない。その辺の兼ね合いも考えると本当に難しいです。今、議論中ですけどこれからどんどんと色んなところで出てくるかもしれませんね。
※1 AVAN:AV女優に関連する専門事務を担当する非営利の任意団体。二次利用料や女優がサインした重要な資料、データの保管を行なっている。
■「ギャラ未払いは当たり前じゃない」と伝えたい

——二次使用問題と別にギャラ未払いがあったとXで話題になりました。どうしてそんな問題が起きたのでしょうか。
かさい この問題も一部の事務所で発生したことですが、女の子に「退職金代わりに引退した時にまとめて支払うから」とか「収入が多いと税金の支払いが高くなるから」などと言ってギャラを事務所がプールしちゃうんです。
そして事務所はそのお金を運転資金に回してしまう。「やっぱり支払って欲しい」と女の子に言われてもお金がなくなってしまっている、というケースがあります。
——どうして事務所は女の子のギャラにまで手をつけてしまうのですか。
かさい これは推測ですが、他の事業にも手を広げてしまって、それが上手くいかず、女優さんに払う出演料にも手をつけてしまったのだと思います。
ただ、女優の側にも問題があって、私も昔は自分のギャラがいくらなのか把握しないまま現場に行っていました。これが芸能界であれば、自分の出演料はいくらで、事務所がマネージメント料で何割持っていくか把握していると思うんです。でも、AV業界はその辺がすごくいい加減だったんですね。
同じ現場で女優が集まると絶対ギャラの話になります。ある女優さんが「今日の現場すごくいいね。ギャラこんなだよ」と言うと、「ええ!私はこれくらいしかもらってない」といったやり取りがよくありました。私はそういう話を聞きながら、事務所によってギャラが違うんだなって思っていましたね。
——業界のお金の流れがわかるようになったのはいつ頃ですか。
かさい 事務所を辞めてフリーになってからです。メーカーの人が「ウチは事務所にこれぐらい払っているよ。
そこからスカウトバックとかを支払って残ったお金が女優さんの手元にくる。そういう仕組みは、フリーになって直接メーカーさんと出演交渉しないとわからなかったですね。
今は自分のギャラがいくらなのか表示されているので、女優のお金の感覚は変わっていると思います。
——ギャラが表示されたことでどんな風に意識が変わったのでしょうか。
かさい 「自分はAV女優としてこれくらいは稼ぎたいから、今月は何本の作品に出演したい」とか「イベントもやらないと」とか自分から発信するようになってきましたね。「事務所はギャラからマネージメント料を取っているんだから、その分しっかりと売り出して」などと主張する女優さんが増えたと思います。
私は今、九州に住んでいますが、東京に行くたびに女優さんから近況を聞いたり、DMでやり取りしたりしていると本当に応援したくなりますね。
——一部と言え、女優さんが事務所からギャラをもらっていないと聞いた時はどんな気持ちでしたか。
かさい 驚きしかなかったですね。何も知らないで業界に入ってきた女の子の中には、そもそもメーカーが払っていないと思っている子もいるんです。そこの誤解を解くところからスタートですね。
私、三代目葵マリーさんと「フリー女優連盟」を立ち上げたんです。連盟の仕事をしている時に事務所のスタッフさんとも関わることがあったので「どうなんですか」と未払いの問題について聞いていました。でも、向こうが聞かれるのを嫌がっている雰囲気もあって、聞きにくくなったんですよ。
だからといって見過ごせません。私一人では抱えきれないので、今は映像実演者協議会に対応をお願いしています。
——ギャラがもらえないならAV業界で働く意味がありませんよね。
かさい そうなんです。夢をもってAVの世界に入ってきたのに裏切られたも同然じゃないですか。(未払いがあったなら)「出演作品を消してください」と言われて当然ですよね。そもそも仕事に対して、対価が支払われないというのは、人権侵害のようなものです。その意識が低い人がいることも残念でした。
今、AV新法で業界がどんどんクリーンになっているって言いますが、被害にあった子は「私達の声は届いていないじゃん」と落ち込んでいます。
AV女優になりたくて入ってくる子は、有名になりたいし、AV嬢として成功したい思いが強い。それにはお金もついてくるし、それが対価だと思います。でも、業界の人達は結構忘れがちなんじゃないかと思います。私もたまに忘れちゃいますけど、ギャラ未払いは当たり前じゃないよっていうことをやっぱり訴えていきたいです。
——女優さんが表立って声を上げられない理由はなんでしょうか。
かさい まず、「ファンに心配をかけたくない」という思いがあると思います。後は、自分のブランディングがあるので表沙汰にできないとか、事務所と穏便に済ませたいから強く言えない子がほとんどです。こういう行為をする事務所は本当にごく少数ですが、二次使用料問題も絡んでいるから絶対になくしたいです。
■SNSを騒がす「ドバイ案件」はAV新法が生んだ?

——SNS上では「ドバイ案件」「ヤギ案件」という騒動が起きていますが、そういった危ない目に遭った方にお会いしたことはありますか。
かさい 私のところに「ある女優さん達が行ってますけど大丈夫ですか」とちょくちょく相談が来ています。被害があれば受け付けますけど、謎リークは事務所に言って欲しいなって感じです。でも、4人で海外へ行ったけど1人だけ帰ってこられなかったという話を耳にすると心配です。ずっと戻ってこなければ失踪になるから、警察とか然るべきところへ届け出をするしかないでしょうね。
こういうのを一概にAV新法のせいにする人もいますけど、多分前からこういう事ってあったと思うんです。それが円安で日本よりも海外の方が稼げるからって、よく調べないで行くと危ない目に遭うのは当然ですよね。自分の身は自分で守って欲しい。
——AV新法成立以降、企画単体女優さんで仕事が殺到する人とオファーが来ない人の二極化が進んだと聞きましたけど、どうしてでしょう。
かさい 契約書にサインした後、出演者の差し替えが効かなくなったのが大きいと思います。
昔は、“売れっ子ではないが仕事は常にある”女優さんって、差し替えの出演に助けられていたんです。私もそうだったんですが。
女優さんが体調不良などで現場に来られなくなると、私のところに朝5時くらいにメーカーから「今日9時から現場あるけど出られる?」って電話がかかってくるんです。そしたら「行きます。大丈夫です」って返事して出演するんです。
他事務所のマネージャーさんからも「ウチの女優が体調崩しちゃって夕方からワンコーナーだけ入れる?」とヘルプが来ることもよくありましたね。そうやって出演本数を稼いでいました。今はそういうことがほとんどないんだろうなと思います。
事務所もメーカーも数字が見込める子しか採用しなくなっているじゃないですか。たとえば、瀬戸環奈ちゃんクラスのメーカーの専属でいけそうな子は売り出すけど、特別な存在ではない女の子がメーカー制作のAVに出るのは本当に難しくなったと思います。
私は台湾発の配信プラットフォームSWAGの運営に今携わっていますが、同人系の素人女優さんの話を聞くと同人AVで危ない目にあった話とか、ギャラ5万円ですって聞いて現場にいったらおじさんが一人いるだけでカメラもないのに「撮影します」なんてことも沢山聞きます。
——先ほどの「ドバイ案件」ではないけど日本国内も海外も怖いですね。
かさい はい。だからこそ女の子は自分のことをもっと大切にして欲しいと思います。「ドバイ案件」や「海外売春案件」なんかはAV女優の名前も表に出ているのでAVの問題かと思われがちですけど、普通のキャバ嬢やインフルエンサーなども名前が上がっていたりするのでこれはAVだけの問題ではないです。
先ほど話した「未払い問題」なんかはAV業界の問題です。これは昔からあった話で、私と仲が良かった紅音ほたるちゃんも未払いがあったって言ってました。
——あるAV業界の方から「今までの膿は全部出し切った方がいい」と聞いたことがあります。未払い問題もその一つでしょうね。
かさい そうですね。その人が言う通りだと思います。AV業界って今までは陰の存在だったじゃないですか。でも、AVを辞めた後に芸能界へ転身した女優さんとかが出てきたりして日が当たるようになった。そんな中でAV新法が作られましたよね。現場は混乱するような内容でしたけど、国会議員さんに「AV業界はこんなところなんだ」と知ってもらえたのはメリットだと思います。
AVシンポジウムに議員さんが来たり、法律改正のために弁護士さんが名乗り出てくれたりして色々と動いています。だったらきちんと法整備して、女優さんや男優さんなどのクリエイターが皆んなが安心して仕事ができる環境を作って欲しいなって思います。
■「1ヶ月・4ヶ月ルール」改善で業界再生を
——これまでの話を踏まえて、AV業界の健全化に向けて必要な環境整備は何だと考えますか。
かさい AV新法のメリットとして出演者の権利が主張しやすくなったと思います。この点はしっかりと残していくのは絶対に欠かせないです。二次使用料やギャラの未払い問題がある時点で健全化には遠いので、演者が声を上げられる場所を作ることも大切だと思います。
AV新法は色々問題ありますけど、「1ヶ月・4ヶ月ルール(※2)」は何とかして欲しいです。そこだけ何とかしてくれたら私みたいな泥水すすり系女優たちが這い上がれる場所ができますし、メーカーさんも現場をバラさなくても済みます。
女優さんがSNSで「今日はこの現場だよ」って告知できたらファンは興味持つじゃないですか。でも、発売日が4ヶ月後だとファンも女の子も冷めちゃう。それって結局誰も得しませんよね。
そしてお金の流れを明確化してほしい。アメリカとかオランダは日本よりもアダルトの規制が厳しいんです。それでも、女優達は自立して活動しています。それは国がしっかりと法整備をしてくれているからだと思うんです。日本も早く追いついて欲しいなと思っています。
——事務所制度についてはどうお考えですか。
かさい エージェント制にしたら女優さんもやりやすいかもしれませんね。私が知っている事務所のマネージャーさんとかにもすごく優秀な人がいるんです。その人達に各メーカーに営業してもらったらパチっとハマる作品に出会えたりするんじゃないかな。
AV女優もマネージャーさんも合う合わないはあると思います。事務所の雰囲気とも相性があるので、選べる仕組みを作りたいですね。
——セカンドキャリアの支援についてはいかがでしょうか。
かさい 一部の売れっ子女優さんは芸能界へ行ったりしていますよね。今は上原亜衣ちゃんとか天使もえちゃんみたいに、自分でAVとは無関係な事業を起こして、そこへ引退した子たちを巻き込んでいけるような仕組み作りを頑張ってる子たちがいっぱいいます。そういう子たちが増えていけたらいいなとは思いますね。
私も今海外とやり取りするときに英語ができないから、英語ができる女優さんを通訳として雇っています。
AV女優は脱ぐ以外に何もできないと思われていますけど、今は全然違いますので後は引退してからスムーズに別の仕事へ行けるシステムができれば、大丈夫かなと思います。
——お金とセカンドキャリアの問題以外に業界が健全化するために必要なメカニズムはあるでしょうか。
女優さんが自立して活動できるようにする構造ですね。事務所は仕事取ってくるだけって感じで女の子達へ何も教えていないと思います。マネージメントとしては健全ですけど、もし事務所を辞めたら何もできないじゃないですか。
この業界はいつ仕事がなくなるのかわからない。だから自分で仕事が取れるようにしておくとか、現場での立ち回り方などを教えていく環境を作っていく必要があると思います。
※2「1ヶ月・4ヶ月ルール」:現在AV新法では出演許諾契約書にサインをしてから1ヶ月後に撮影、販売は撮影してから4ヶ月後と義務化されている。それを「1ヶ月・4ヶ月ルール」と業界で呼んでいる。
■大好きな紅音ほたるの生き様、教えが突き動かす
——かさいさんが元AV女優として業界のためにさまざまな支援活動をしている理由を教えてください。
かさい 私はAVが大好きで業界に入ったんです。今でも芸能人に会うよりもAV女優に会う方が興奮します(笑)。実際業界に入ってみると変な人が多くて、変な人が大好きなので真面目にエロを作ってる変な人たちに出会えて、これは私の財産だなと思いました。
そんな中、真面目で変な人だなって思う女優がいたんですよ。それが業界に入る前から大ファンで、憧れの存在の紅音ほたるちゃんでした。
女優になる前から仲良くしてもらっていたんですけど、彼女ってめっちゃギャルだったんですよ。それなのに渋谷で1人毎週コンドーム配ってて。どうしてなのか聞いてみたらエイズ撲滅するための活動として配っていたんですよ。それに絶対に望まない妊娠をしたくないからって一人ひとりに「ちゃんとゴムつけなよ」って声かけしていたんです。
深掘りして聞くと「自分はAVで中出しして間違えた知識をばら撒いているからそういうのも払拭したい」って言っていました。人気女優だから男の子も「わー紅音ほたるだ!」って集まるじゃないですか。そんな状況でも「AVはファンタジーやねんから絶対真似するな」って言っている姿を見て、素直に「かっこいいな」って思ったのがきっかけかもしれないですね。
彼女は現役時代からセカンドキャリアの話をしていて、引退した後は講演をしながらポールダンスを始めたんです。理由を聞いたら「私がポールダンスの世界で輝いていたら、他の子も引退したらそれやろうって何か思ってくれるかもしれへんやろ」って。
彼女は売れっ子だったけどすごく謙虚でした。AV女優って周りがちやほやしてくれるから勘違いしちゃう子もいるけど、「絶対に天狗になったらあかん。謙虚が大事」って教えてくれたり、沢山相談に乗ってくれたりしてくれました。
彼女の教えを守っていたら色々な人達と関わりが持てるようになったんです。彼女はその後亡くなってしまったんですけど、その遺志みたいなものを継いで彼女から教わったことを後輩へ伝えていきたいと思って、今みたいな活動をさせてもらっています。
——最後に、今後の目標をお聞かせください。
かさい これからの目標は、クリエイター(私は演者すべてをアダルトクリエイターと呼んでいるんですけど)が自分の権利をもっと主張できて、なおかつ正当な対価・報酬を得られるような仕組みを作っていきたいですね。
みんなきっとAVが大好きで入っているので、その人達がAV人生を全うした時に「AV業界に入ってよかったな」と思えるようにしたいです。
——本日はお忙しいところありがとうございました。
取材・構成:篁五郎