「安定したいから成長したい」東大生がこぞってコンサル目指す、...の画像はこちら >>



「コンサルタントという職業を入口にすることで、日本の社会における働き方とキャリアにまつわる問題を鮮明に描けると思ったんです」



こう語るのは、話題の新刊『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社新書)の著者レジー氏だ。前著『ファスト教養』ではビジネス書ブームを題材に、現代のビジネスパーソンを苦しめる「成長圧力」を問うたが、今度はコンサルを題材に選んできた。



軽快な筆致とは裏腹の鋭い角度で世相をえぐるレジー氏に、なぜ今のエリート学生はかくもコンサルに惹かれるのか、こんな狂った時代における働く意味とは何なのか、様々な疑問をぶつけた。



■東大生はコンサルに「安定」を求めていた?



 今回の新刊のタイトルにもある通り、東大生をはじめとする優秀な学生たちが、こぞってコンサルティングファームを目指す時代である。彼らは一体何を求めているのだろう。



「『安定したいから成長したい』んです。もちろん給料が高いことや、かっこいいイメージといった要素もありますが、根本はそこにあります」



 終身雇用制が崩壊した今、1つの会社に依存するのではなく、どこでも通用するスキルを身につけること、成長し続けることが新しい安定の形となった。コンサルはその最適解として映っているのだ。



 では、コンサルティング業務で実際に身につく力とは何なのだろうか。レジー氏は「思考の型」、つまりロジカルシンキングの方法論だと指摘する。



「ファクトを集めて、それをパワーポイントやエクセルで正しく整理する。そして整理されたファクトをもとに、何らかの結論を導き出す。こうしたコンサル的な仕事の進め方、ビジネスの局面における一連の所作が身につくのは確実に価値があります」



 とはいえ、天邪鬼なのがこのBEST T!MESである。新卒1年目からコンサル業界に入っていて本当にいいのだろうか、とツッコミを入れたくなる。

さまざまなプロジェクトを横断しながら、上位レイヤーで仕事をする一方で、現場で当事者になることは少ないだろう。泥臭い作業を通して得られる人間関係や、実務能力が身につかないのではないか…。





■「新卒でコンサル」の思わぬメリット



 レジー氏は「確かに無条件にオススメできるものではないかもしれません」としつつ、新卒コンサルが適している学生もいて、彼らにはメリットが大きいと指摘する。それは、まだ明確にやりたいことが定まっていない人だ。



「コンサルティングファームの選考では、学生時代に頑張ったことや将来どんな人になりたいかということは、それほど重視されません。地頭はいいけれど、まだ何がやりたいか定まっていない人にとっては良い選択肢だと思います」



 年次が浅くても、大企業のプロジェクトに関わることができる。そして社内には「とてつもなく頭が切れる先輩」もいるだろう。



「そういった環境で様々な経験を積みながら、次のやりたいことを見つけられる可能性があります。本書でインタビューした若手コンサルの方の表現を借りるならば『お金がもらえるモラトリアム』なんですよ」





「安定したいから成長したい」東大生がこぞってコンサル目指す、矛盾した心理をレジー氏が解説
▲世界有数の戦略コンサルティングファーム、マッキンゼー 写真:アフロ



 一方で、危険なパターンもある。とくに注意すべきは、30代半ばで未経験からコンサルに転職するケースだ。これは意外と多いらしい。



「この数年、業界未経験でもコンサルに転職できる状況が続いていました。

しかし、そこで待っているのは『年齢はまあまあいっているけどコンサルとしてのスキルは持っていない』という状態。名刺に書かれたランクは下だけどプロジェクト経験の豊富なメンバーや年下の上司に囲まれることも。上からは詰められ、下からも突き上げをくらうという状況になりがちです」



 そんな苦しい状況のまま気づけば40代に突入。「なんでコンサルに転職したんだっけ?」と、コンサルティングファームを去る決意をするも、前職への出戻りは難しい。結局怪しげなベンチャーに引っ張られてキャリア迷子に…。これからこういった事例がどんどん出てくるかもしれない。





■「成長」というワードに脅迫され続ける現代人



 冒頭の、「安定したいから成長したい」というマインドについてあらためて聞いてみた。なぜ現代人はこんなことが頭にあるのか。



「終身雇用制度がいよいよ終わろうとしていることが大きいでしょうね。1つの会社にいれば安心という時代が終わって、『自分で稼げる力を身につけなければ』という意識が強くなった。皮肉なことに、安定を得るためには『成長しなければ』というプレッシャーを乗り越えないといけないんです」



 安定したい気持ちがあるのに、行動は挑戦的なことをやらないといけない。昨今、起業や転職がある種のブームとなっているが、そういった行動もこの文脈で捉えられるかもしれない。



「現状維持は後退である」とあらゆる場所から言われる時代だ。



「このあたりの文脈は、『ファスト教養』で指摘した話と根っこは一緒なんです。教養が脅しのツールとして使われている。これを知らないとお前はビジネスパーソンとして終わってる、という具合に。こういうことを知ってたら楽しいよね、ではないんですよね」



 この文化を作った要因の1つとして、レジー氏は『ファスト教養』で2010年代のNewsPicksの存在を挙げており、今回の取材でも同メディアやNewsPicksの書籍について言及した。



「弱肉強食と言って差し支えない価値観が流布されていたことに加えて、メディアとして圧倒的にスタイリッシュで読み応えのあるコンテンツが多かった。それゆえ、『成長こそ正義、それを目指さないのは負け』といったメッセージが必要以上に広がってしまったのかなと」



 レジー氏はNewsPicksそのものを全否定しているわけではなく、ビジネスパーソンが上昇志向を持つこと自体は当然というスタンスを一貫してとっている。一方で、その発想がどこか行き過ぎたものになっていたのではないか、と警鐘を鳴らしている。





■「目の前のことを一生懸命やる」「偶然性にオープンに」



 結局、この狂った時代におけるキャリア選択の「正解」とは何なのだろうか。「これは難しいですね。最終的には人それぞれなので…」としながらレジー氏は続ける。



「『これが正解、と誰かが言っているものを警戒した方がいい』というのが唯一言えることかもしれません。

結局のところ、まず目の前のことを一生懸命やることがすごく大事だと思うんですよね」



 計画を立てたところで、必ずその通りにはならない。ライフステージの変化もコントロールできない部分がある。



「自分にとっての興味関心や大事なことが何なのかにアンテナを立てながら目の前のこととまじめに向き合っていると、思わぬやりがいやこだわりポイントに出会ったりします。そういう状況を見逃さないために、『偶然性にオープン』でいることを心掛ける。キャリアプランと呼ばれるものをガチガチに決めるよりも、そのくらいの構えの方が結果的にうまくいくんじゃないかなと思います」



 レジー氏自身も、音楽の文章をブログで書いたらたまたまバズった。それがメディア関係者の目にとまり、雑誌で書くようになった。「狙ってバズらせてライターになってやろうとは思っていなかった」という。



「働くにあたってお金をもらうのはもちろん重要なのですが、それに何か付け加えるとすると…まず、自分はいわゆる大義名分でモチベーションが上がるタイプではないです。『社会に貢献したい』とか、『日本を元気にしたい』とか」



 レジー氏が大事にしているのは「おもしろそう」という感覚だ。



「自分の好奇心を満たせるかどうか。『これをやったらおもしろそうだな』という感情が大事で、それでお金ももらえるなんてラッキー、という順番で考えています。世の中にとって意味があるかどうかとかはその先の話ですね。

ただ、文章を書く仕事に限れば、ここで言う『好奇心』と『世の中にとっての意味』は重なることも結構あります」





■成長圧力が子供にも降りてくる?レジー氏の問題意識



 最後に、レジー氏が今後書いてみたいテーマについて尋ねてみた。そのうちの一つは、「成長圧力の低年齢化」だという。



「子供向けのロジカルシンキングの本が出ていたり、高校でキャリアに関する話がされるような時代になっている。この本で扱った成長圧力の低年齢化は気になるところです」



 実際に中学受験生の親でもあるレジー氏。学校説明会では、留学を通じて英語ができるようになる、といった「スキル」が売りとして前面に押し出されているという。



「説明会で『役に立つ勉強』みたいな打ち出し方があるとどうしても反応してしまいます(笑)。今回の本で扱ったような世相は、中学受験のあり方ともつながっているのかもしれないですね」



 散々我々を苦しめてきた成長圧力が、ついに子供たちの世界にまで降りてくるのか——暗くなるばかりだが、レジー氏の論考は楽しみである。



取材・文:BEST T!MES編集部



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