先月発売された『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』(文春新書)が話題沸騰中の伊藤祐靖氏。
この国の未来を憂うふたりが、国防と自衛隊の存在意義について問う、注目の対談!自衛隊は、電車を動かさない電鉄会社みたいなもの
小林 伊藤さんの『国のために死ねるか』(文春新書)を拝読しました。痛快でしたね。不思議な体験に基づく哲学がじつに面白い。驚いたこともたくさんあります。とくに、伊藤さんの「弟子」のはずなのに伊藤さんよりも強そうなミンダナオ島の女性戦士(笑)。彼女はどうやって戦い方を身につけたんですか?
伊藤 戦士として組織的な教育を受けたことはないでしょうね。治安のあまり良くないところで生まれ育っているので、その生活の中で戦うための身体の使い方やマインドを身につけたのだと思います。
小林 海の中での訓練中に、危うく伊藤さんが殺されそうになったシーンもありますよね。伊藤さん自身、特殊部隊を創設したほどの猛者なのに、自衛隊を辞めてミンダナオ島に行ってから身につけた技術のほうが実践で役に立つと書いてらっしゃる。わしなんか、自衛隊のレンジャー部隊の訓練は相当に厳しいものだと思っていたけど、この本を読むとそうでもない感じなので、ビックリしましたよ。こんなこと書いて自衛隊に怒られないんですか(笑)。
伊藤 怒ってる人はいっぱいいると思います。
小林 訓練しても実戦で役に立たないんじゃ仕方ないですもんね。
伊藤 ただ、私も自衛隊に20年いたので、難しい面があるのはわかるんです。たとえば電鉄会社は、実際に電車を動かしているから技術も向上しますよね。ミスや手抜きがあると結果に表れる。ところが自衛隊は、電車を動かさない電鉄会社みたいなもの。だから、リアリズムを追求しにくいんです。
小林 実戦の機会がないから、自衛隊を辞めて外国の傭兵になる人もいますよね。でも、そういう人がいる一方で、できればずっと実戦を経験せずに済ませたい人もいる。いろんな人がいるから、わしのような言論の世界にいる人間は、たとえば自衛隊がイラクのサマワに派遣されるときなどに、どう評価してあげればいいのか難しいんですよ。名誉ある戦いのために送り出すのか、ただ「米軍に追従しないと日本の立場がなくなるから」という消極的な理由で行ってもらうのか。
伊藤 それがまさにこの本を書いた原点です。自衛隊を危険地帯に送り出すときに、ちゃんとその目的を伝えているのかどうか。それは格好悪くてもいいんですよ。幕僚長なり防衛大臣なりの立場の人間が、「わが国の現状は残念ながら属国だ。だからアメリカの言いなりにならざるを得ない。苦渋の判断だが、国の立場を守るためには君たちに行ってもらうしかないんだ」と。もちろん、属国なんて本当は嫌ですよ(笑)。でも、何のために行くのかをはっきり言ってくれれば、たとえ犬死にになる可能性があっても、9割以上の隊員は「わかりました」と言うでしょう。それを言わずに、「この地域はきわめてリスクが低い」とかそんな子供騙しのことばかり言う。
小林 たしかに、「戦闘地帯ではない」「これは平和活動だ」としか言いませんよね。でも実際にはロケット弾も撃ち込まれるし、精神的なストレスを抱えて、帰国後の自殺者も少なくない。
伊藤 何を言われようがどっちみち行くんですけど、マナーとしていかがなものかと思いますね。
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命を投げ出すための大義名分
小林 本の冒頭で書かれている能登半島沖不審船事件も、自衛隊のリアルな現場がよく伝わってきました。その現場で、伊藤さんが常に「この北朝鮮の工作船には拉致された日本人がいるかもしれない」と想定しているのがすごいと思いましたね。単に不審船が領海内に入ってきたというだけの話ではない。
伊藤 あのとき、「みょうこう」(イージス艦)の乗員はほぼ全員がそうは思っていたでしょうね。日本人が乗っている可能性がある、意識で動いてたと思います。
小林 その場合、拉致被害者を奪還しようとすれば、救った人数よりも多くの犠牲者が出るかもしれない。それでも隊員たちは、意義のある任務だから引き受ける。
伊藤 いや、実はそこまで考えてないんです。そこが日本人の国民性の恐ろしさの一つでしょうね。この邦人救出は自分の命と天秤にかける価値があるのかとか、そんなことは考えていない。
小林 そうか、同調圧力が働くんだ。
伊藤 でも、何かすがるものがほしい。だから、「行く意味はあるのでしょうか?」と疑問を抱いた部下に対して、私が「国家がその意志を発揮する時、誰かが犠牲にならなければならないのなら、それは我々がやることになっている」と言ったら、その部下は「ですよね」とホッとした顔をしたのでしょう。
小林 命を投げ出すための大義名分が欲しいんですね。
伊藤 熟考に熟考を重ねて行かない人や、すぐに行くって決める人もいるんですが、少数です。大多数の人は、同調圧力で人生を決めてしまいます。要は、周りと同じ行動をとろうとする。だから、大勢の流れが変わり始めると一気に右の端から左の端に吹っ飛んでいくのが日本人の特性ではないかと思います。
(第2回に続く)


いとうすけやす。1964年東京都生まれ、茨城県育ち。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件に遭遇。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。