予備校講師として業界のトップを走り続けている林先生。生徒と接する中で、注意をしたり、訓戒をしたりすることはあるのでしょうか。

リスク管理と反省能力が肝要

 生徒を励ますようなことは特に言わないと、第14回で述べましたが、生徒への戒めは、案外多いような気がします。
 たとえば、センター対策現代文の第一講で、僕は「時間が足りなかったとは、絶対に言わないように」と、強く言っています。センター試験の国語は、4問を80分で解かねばならず、時間制約がかなり厳しいんです。しかし、このことは試験を受ける前からわかっていることです。にもかかわらず、試験後には、「時間が足りませんでした」と言う生徒が必ず現れます。

試験で「時間が足りませんでした」は言い訳にならない……林修が...の画像はこちら >>
写真/花井智子

 それを聞いた時、僕の対応は二つに分かれます。この生徒は打たれ弱い子だなと思えば、前向きの言葉を送ります。やはり、時期も時期ですから、それ以上落ち込ませたくありませんからね。一方で、精神的にそれほど弱くはないと判断したときには、「時間が足りなかった? 突然試験を打ち切られたの? そうではないよね。だとしたら、時間が足りなかったわけではなく、時間内で解けるようにする訓練が足りなかっただけなんじゃないかな」、と。
 受験生全員が、時間が足りなかったと言うなら、それは試験の量自体に問題があったということです。しかし、大半の生徒は80分で解き切っているのが通例です。

それなのに、時間が足りなかったと言うのは、準備不足以外の何物でもないんです。

 受験生でなくても、準備が足りないなと思うケースは多々あります。この場合は、リスク管理と言ったほうがいいかもしれません。
 先日茨城県内で行われた講演会に向かう、特急列車の中でのことです。二つ前の席に座っていた子どもがなかなか元気だったんですよ。あまりに元気なので、立ち上がってのぞき込んでみると、その母親は窓枠のところにコーヒーを置いていたんです。これはかなりの確率でひっくり返るだろうな、と。
 二つ前だからと迷いましたが、結局、用心のために車掌さんに頼んで席を替えてもらいました。その数分後、やはりそのコーヒーは転倒。それまでずっとゲームに熱中していた、僕の前の男性が床に置いていた荷物は、見事にコーヒーまみれになりました。母親にかなり強い言葉で文句を言い続ける彼を、僕は反対側の離れた席から見ていました。

 もちろん、どんなに準備していても、どんなに注意していても、全てのトラブルを回避することはできません。

しかし、防ぐことができるトラブルが多数あるのも事実なのです。思わしくない結果が起きた時、自分に足りないものはなかったか、自分とは異なる準備をして回避した人はいないのだろうか、こんな風に考えることが大切なのではないでしょうか。
 「運が悪かったね」という他者の言葉を、自分の内部では、「準備が足りていたのか?」、「リスク管理は甘くなかったのか?」、と自問の言葉に翻訳する能力も高めていく必要があると思います。
 

明日の第三十回の質問は「Q30.仕事で緊張することはありますか?」です。
※この記事は2月15日(水)までの限定公開です
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