平安時代は貴族に、江戸時代は庶民に愛され、浮世絵、招き猫、短尾の猫など、日本独自の文化を生んだ猫。愛され続けてきた秘密とは?◆ネズミから仏典を守るため渡来した日本のイエネコ

 人間と猫の付き合いは、古代エジプトで野生のリビアヤマネコを飼いならし、イエネコにしたのが始まりだといわれている。

穀物をネズミから守ることから大切にされた猫たちは、やがて国王たちの愛玩動物となり、ついには神の化身として信仰の対象にもなった。
 エジプトでスーパー出世を果たした猫は、日本でも同じような運命をたどる。猫が日本にもたらされたのは、7世紀半ば。中国から輸入されるようになった仏典を守るために、遣唐使たちが猫を連れてきたのだと、日本史学者の武光誠さんが教えてくれた。

「猫は中国語で『まう』。平安時代半ばに編集された日本最古の国語辞典『和名類聚抄』には、『猫の和名(日本の読み)は、『禰古萬』である』と記されていますから、渡来した猫たちは、初めは寺で飼われ、中国語読みで『みょう』と呼ばれていたのでしょう。

そのうち、ネズミを退治してくれる便利さから平安貴族たちも猫を飼い始め、一日の大半を眠って過ごす愛らしい姿から『眠り駒』や『寝駒』という和名が誕生。やがて、『ねこま』の『ま』が落とされ、より優しい響きの『ねこ』と呼ばれるようになり、貴族たちに愛玩されるようになったと考えられます」。

「ねこま」ではなく「猫」、しかも「飼い猫」としての最古の記録は、宇多天皇(867~931年)の『宇多天皇御記』に登場する黒猫の話。記録に残る最古の飼い猫の名前は、一条天皇(980~1011年)の愛猫の「命婦の御許」。「命婦」は五位の女官、「御許」は高貴な女性の敬称だから、相当な溺愛ぶりだったことがうかがえる。
 当時の貴族たちは、大切な愛猫が逃げては困るので、手元に置けない時は綱でつないで飼っていた。

そのため、猫の数は増えなかった。しかも、猫は売買されるもので、公家や武士、僧侶など、ある程度の財力がある階層しか手にできなかった。そうした飼い方をガラリと変えたのが、徳川家康だった。

 

「家康は『猫の綱を解いて放つように』との命令を出し、蚕や穀物を食い荒らすネズミの害から庶民を救おうと考えたのです。解き放たれた猫は庶民に愛され、芸術のモチーフにもなり、鶴屋南北の化け猫歌舞伎をはじめ、葛飾北斎や歌川国芳の猫絵など、素晴らしい江戸文化を誕生させることになりました」。

◆猫の歴史にまつわる豆知識

〈貴族と猫〉平安時代の猫はセレブの象徴だった!
 紫式部の『源氏物語』には貴族が屋敷で猫を綱につないで飼う様が描かれ、清少納言の『枕草子』には飼い猫に名前を付け溺愛する一条天皇の姿が。

藤原実資(さねすけ)の日記にも、一条天皇の猫の誕生儀式の話が登場するなど、平安貴族の書物には愛猫話が盛りだくさん。まさにセレブアイコン。

〈日本猫 こぼれ話〉江戸猫に突然変異が発生!?短くなったしっぽの謎
 日本の猫は短尾が多いが、海外では長尾が主流だ。江戸中期まで、日本画には長尾の猫しか描かれてこなかった。純粋な短尾猫と長尾猫を交配させると、子猫はすべて短尾になる。短尾は優性遺伝すると知った江戸の猫好きたちは、猫又伝説を気にかけ、意識的に殖やしたとの説も。

〈日本猫 こぼれ話〉化け猫伝説はいつ生まれたか?年をとると猫又になる!? 
『徒然草』に、「年老いた猫が猫又になり人を食う」とあるように、化け猫伝説は平安時代末期から。江戸時代には、長尾の猫は、尻尾が二つに分かれて猫又になるという迷信が広まり、妖怪浮世絵にも描かれた。

飼い猫につけた名前がすごい。約1000年前の天皇が溺愛した猫...の画像はこちら >>
▲歌川芳藤[画題不明](大佛次郎記念館蔵)

[出展]生誕120年記念イベント テーマ展示『大佛次郎と501匹の猫』
【詳細 http://osaragi.yafjp.org/】

〈絵師と猫〉猫絵ブームを起こした!稀代の猫好き国芳
 歌川国芳(1798~1861年)は、天保の改革で遊女や芸者の美人画が禁止された江戸末期、妖怪や猫を擬人化した英雄画や見世物絵で大人気を博した。画塾は常に猫だらけ、芳藤ら一門に猫絵が多いのも納得。懐に猫を抱いた国芳に作画を教わったのが、最後の弟子で後に世界的画家となる河鍋暁斎。

飼い猫につけた名前がすごい。約1000年前の天皇が溺愛した猫
▲河鍋暁斎『暁斎画談』(国立国会図書館蔵)

〈殿様と猫〉太閤秀吉は溺愛、猛将島津は猫神社を祀る
 大坂城で猫が行方不明になるたびに大捜索を繰り返した豊臣秀吉。

その秀吉に朝鮮出兵を命じられた薩摩藩主の島津義政は、猫を7匹連れて出兵したという。朝鮮から生還した2匹を、のちに猫神として祀った「猫神神社」が、鹿児島市の島津家庭園「仙巌園」に残っている。

『一個人』6月号特集「猫個人(にゃんこじん) 猫の愛し方、愛され方」より