いまから4年前、半年間ほど『緊縛モデル』をやっていました。当時、私は25歳。都内の小さな商社で営業事務の仕事をしていましたが、人間関係の悩みから会社を辞めてしまったところでした。
半年間というのはつまり、失業保険の給付が終わるタイムリミットです。私は仕事がうまくいかないことにすっかり疲れていたので、働かずに生活できるうちは、そうして過ごそうと決めていました。そんなとき、twitterで銀座のある美術館が『女性限定の緊縛イベント』をおこなうという告知を見たのです。
その美術館は前からユニークな催しをするので気になっていたのと、『緊縛』というテーマにも興味を惹かれました。というのも、単純に疑問だったのです。SMはAVやアダルト誌では一大ジャンルですが、実際キモチイイんだろうか? 縛られると気分的に盛り上がる? それとも、縄で圧迫されるのが快感だとか?……確かめるには自分で体験するしかありません。件のイベントは縄師も女性、参加者も全員女性のイベントなので、そう危険なことにはならないだろうと思いました。
イベントは二部構成で、一部は緊縛ショー、二部は緊縛体験ができるというものでした。
このとき、私は両脚を縛ってもらいました。膝を揃えた状態で固定するのですが、腿から足の指までびっしりと縄を渡されると、予想していたような痛みは全然ないかわりに、背筋がぞくぞくするような、全身がじわじわ汗ばむような感じがします。私は先ほどのショーでのモデルさんのようすに納得しました。緊縛の感じ方は、気分的なものではありません。
天井に吊られる浮遊感のとりこにイベントを通じて友だちもできました。彼女はSMバーで働いていて、緊縛のテクニックを勉強しているということでした。「女性はお酒が安くなるレディースデーがあるから、ぜひ遊びに来て!」と誘ってくれたので、SMバーってどんなところだろうという好奇心もあり、直近のレディースデーに行ってみることにしました。
そのお店はSMが好きな人たちの集まるサロンのような場所で、壁に鞭や拘束具が飾ってあったり、天井に緊縛用の吊り輪がついていたりするほかは、ふつうのバーと変わりありません。女性スタッフはボンデージ、男性スタッフは古風な蝶ネクタイを着けています。
そこでちょうど隣の席になった男性が、縛るのが好きで、プロではないけれど非常に上手だと評判の方でした。
二度目にお店を訪ねたとき、マスターから「緊縛講習会のモデルをやってみないか」とお誘いを受けました。そのお店では緊縛を練習したいというお客さん向けに縛り方のテクニックをレクチャーしていて、練習相手となる女性が必要だったのです。生徒はお店の常連さんばかりだし、謝礼も出るというので、私はむしろラッキーくらいの気持ちで引き受けました。
講習会は4、5人ずつ生徒とモデルがいて、ペアになって縛り方の練習をします。全員ジャージ着用で、セクシーなムードは全然ありません。ヨガやピラティスのレッスンのような雰囲気といえば、わかりやすいと思います。
女王様の素人調教ショーに出演何度か講習会に参加するうちに、仲良しの常連さんもできました。その中の1人に写真を趣味にしている方がいて、「撮影してみないか」という話になりました。
私はお店でお客さんと遊ぶときや、マスターの縄を受けるときは、いつも襦袢姿でしたし、かんたんな着付けもできるので、撮影は「着物でやろう」ということになりました。緊縛はマスターにお願いして、太ももを支点にした逆さ吊りに。ポーズは撮影時に三人で話し合って決めました。出来上がった写真は私が考えていたよりもずっとアートっぽく、きれいに撮っていただきました。
また、お客さんから別のお店を紹介していただくこともありました。そこで一度だけショーに出演したことがあります。女王様の素人調教ショーです。そこでは縄はつかわずに拘束具で体を固定し、いくつかの種類の鞭と蝋燭、それからローター責めといった内容でした。
モデルや撮影の経験から、他人に見られることに抵抗はありませんでした。それに女王様は経験豊富な方で、こちらの反応をよく見ながら責め方を加減していただいたので、安心して楽しめました。
再就職が決まってからは、時間の余裕がないのでなかなかお店に顔を出せなくなってしまいました。
私としては、実はまだ緊縛モデルを「卒業した」とは思っていません。とはいえ仕事の忙しさと、体力的な問題と、あと「職場にバレたらマズイ」ということがネックになっていて、再開する予定もないのが現状です。