ですが、くれぐれも自己判断で現在処方されている薬の量を減らしたり、服用を止めたりしないよう、お願いします。
抗うつ薬をはじめ、精神科で処方される薬は、一般的な薬と比べて体に強く作用するものが多いため、自己判断で減薬したり服用を止めたりすると、体調を悪化させるおそれがあります。
安易な診断でうつ病にされている人が多くいるのは事実ですが、本当にうつ病で苦しんでいる人がいることもまた事実です。】【新薬の登場でうつ病患者が急増した】気分障害【うつ・躁うつ病等】の総患者数
グラフ(気分障害【うつ・躁うつ病等】の総患者数の推移)をご覧ください。注目していただきたいのは、うつ病等の気分障害の患者数が21世紀以降に急増している点です。
21世紀以前には、患者数にそれほど変化は見られません。
しかし、21世紀に入った平成14年度(2002年度)調査では、患者数が一気に71万1千人へと急増しています。
では、そのわずか3年の間に、いったい何が起こったのでしょうか。
うつ病患者急増の直接的な原因は、DSMが日本の精神医学界で市民権を得て、うつ病の診断基準が過剰に広げられたことにあるのですが、そのきっかけとなる出来事が2000年前後に起こっています。
それは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という種類の抗うつ薬の販売が日本で開始され、普及していったことです。
SSRIは、当時欧米では、うつ病の特効薬であるかのように喧伝されて、世界的に大ヒットしていました。それが少し遅れて海外から日本に入って来たというわけです。
なお、このSSRIがどのような薬であるかはのちほど詳しく紹介します。ここではそういう種類の抗うつ薬があることを知っていただければ十分です。
さて、ここまでの話を聞いて「特効薬のような新しい薬が日本に入ってきたなら、日本のうつ病患者は減るはずでは?」と疑問に思われた方もいることでしょう。
確かにその通りです。特効薬の登場によってその病気の患者数が急増するというのは、明らかにおかしな話だと言えます。
しかし、日本のうつ病患者がSSRIの販売開始以降に急増しているのは、まぎれもない事実です。
そこには、イギリスのグラクソ・スミスクライン(GSK)社やアメリカのイーライリリー社などをはじめとする海外の大手製薬会社の大規模なマーケティング戦略が関係しています。
SSRIが販売される前の日本では、うつ病はあまり世間にその名前や存在が知られていない「珍しい病気」でした。
また、当時は精神疾患全般に偏見をもっている人も多く、精神科を受診すること自体、世間体が悪いものとして避けられる傾向にありました。
そうした事情もあり、1990年代の初め頃までは、海外の製薬会社も、日本にSSRIを売り込むのは難しいと考えていました。
しかし、やがて日本で過労死や自殺の増加が社会問題になったり、1995年の阪神・淡路大震災で被災者の心のケアが叫ばれるようになったりし始めたことから、風向きが変わり始めます。
これだけ自殺者が多く、「心」に関心が高まっているのだから、日本には、認識不足から自身のうつ病を自覚していない「隠れうつ病患者」がたくさんいるはずだ――SSRIを日本に売り込みたい海外の製薬会社はそう考え、未開拓の日本のうつ病市場に商機を見いだすようになったのです。
また、その頃からマスコミやオピニオンリーダー的な一部の精神科医が中心となって、欧米のメンタルヘルスがいかに進んでいるか(加えて日本のそれがいかに世界から遅れているか)を世間に訴えかけるようになったことも、製薬会社にとっては大きな追い風になりました。
ただ問題は、当時日本でうつ病と言えば、ドイツ流の精神病理学診断に基づく内因性うつ病だと認識されていたことです。
今日でも言えることですが、たとえ激しく気分が落ち込んでいても、この内因性うつ病に該当する人は、実はそれほど多くはありません。SSRI販売以前の日本でうつ病が世間一般にあまり知られていない珍しい病気だったのもそのためです。
(取り上げる事例は、個人を特定されないよう、実際の話を一部変更しています。もちろん、話を大げさにするなどの脚色は一切していません。また、事例に登場する人名はすべて仮名です。本記事は「あなたは“うつ”ではありません」を再構成しています)。
<次回は 新薬の登場でうつ病患者が急増した について紹介します>