ユニクロや楽天のクリエイティブディレクション、SMAPのアートワーク、NTTドコモのプロダクトデザイン、セブン−イレブンのブランディング……クリエイティブスタジオ「サムライ」のアートディレクター&クリエイティブディレクター・佐藤可士和氏が手掛けた作品は、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。その領域は、企業にとどまらず、大学、幼稚園、病院など多岐にわたる。


 そんな佐藤氏が昨年12月に上梓した『佐藤可士和さん、仕事って楽しいですか?』(宣伝会議)が売れている。今回は佐藤氏に、

「夢を実現していくための秘訣」
「勝つプレゼンとは?」
「デザイナーにはクリエイティビティより几帳面さのほうが重要」
「一流の人の共通点」

などについて、語ってもらった。●やりたいことは口に出す

ーー本書の中で佐藤さんは、自分が抱いた夢をある程度かなえてきたと書かれています。ですが、博報堂への入社やADCグランプリの受賞、独立して自身のオフィス「サムライ」の設立など、どれ一つとっても、簡単に実現できるものではないと思います。そうした夢を実現させていくコツや秘訣のようなものはありますか?

佐藤可士和氏(以下、佐藤) 自分の中で明確な指針を持ち、プライオリティーをはっきりさせてきた、というのはあるかもしれませんね。例えば、就職活動の時には候補として多くの企業を考えるのではなく、博報堂1社しか考えていませんでした。

「とにかく博報堂に入る」と。ですから、そのために他人よりも努力もしたと思います。

 デザイナーの就職試験というのは、一般の方々とは少し違います。博報堂の試験では、「学生時代の4年間に作った作品を、できるだけ多く持ってきなさい」というものでした。そこで僕は軽トラックを借りて、4年間で制作した全作品を持っていきました。汗だくになって運び込んでいたら、面接官から「まだあるの?」と言われてしまいましたけれども(笑)。
また、100ページもあるクローキー帳を渡されて、明後日までにアイデアを100個書いてきてくださいという課題が出されました。中には100個に満たない受験者もいたようですが、僕は200個以上提出しました。数が多ければいいということではありませんが、そういうエネルギーを採用担当の方に見てもらいたかったのです。

 こういうことは、ある種のプレゼンテーションです。ほかの人との“違い”を見せなければと考えて行動していましたね。

ーー本書の中では、「チャンスをつかむためには、自分のやりたいことを周りに言いまくることも大切」と書かれていますね。


佐藤 言語化というのは、とても重要だと考えています。思っていても、口に出さないのと、言語化、つまり口に出すことの間には大きな違いがあります。思っていることは、口に出すことで初めて具体化されるのです。自分の内部にあるものが言葉として外に出て人に伝わっていくことで、漠然と思っていたことを客観視できたり、既成事実になったりと、徐々に具体化に向かっていきますよね。

 僕は入社1年目から「アートディレクターをやらせてください」という無謀な希望を出していました(笑)。そう思っていても、普通に考えると無理なことなので、みんな口に出して言わない。
でも思い切って言ってみたら、「じゃあお前、やってみるか」と上司に言われたのです。まさかそこで、「できません」とは言えない(笑)。つまり、口に出して言うということは、自分をすごく追い込むことになるわけです。退路を断つというか、自分が後に引けない状況を作るということは、すごくいいことだと思いますよ。

●お客様のイメージを引き出す

ーーそんな佐藤さんも、入社5年目くらいまではかなり悩まれていたとのことですが、どのようなことに悩まれていたのですか?


佐藤 アートディレクターという仕事の本質を、なかなか理解できなかったのです。学生の頃から、「デザイナーとかアートディレクターというのはアーティストのような存在で、商品に自分のイメージやアートワークを加えて表現を作る仕事」だと思っていました。

「アイデアが出なくなったら」とか、「自分のコンセプトが社会のニーズとずれていたら」とか、今思えばまったくわかっていなかったのですが(笑)、不安要因がすごくたくさんあったのですね。

 そういう考えのまま入社して、5年目くらいに「ホンダ ステップワゴン」(本田技研工業)の広告キャンペーンを担当することになったのですが、その頃、自分がつくる作品の結果にすごくムラがあることに悩んでいました。つまり、前回は作品の評判も良かったし、商品も売れたけれども、今回は広告も話題にならず、クライアントもあまり喜んでいない。自分のやり方は前回も今回も同じだし、どちらかというと、自分では今回のほうがいい作品に仕上がったと自負している。なのになぜ? と、それがわからなかったのです。

ーーその答えは、どのようにして見つけたのですか?

佐藤 そんな時、尊敬するアートディレクターの大貫卓也さんと一緒に仕事をさせていただく機会があり、大貫さんの仕事ぶりを見て、自分は間違っていたと気づいたのです。


 気づいてみれば当たり前のことなのですが、自分のイメージを考えるのではなく、クライアントが求めるイメージを引き出すことが広告を作る上で最も重要なことだということがわかったのです。つまり、答えは相手の中にあり、その相手は目の前にいたわけですね。クライアントの求めるものを的確につかんで、それを実現するためのアイデアを出すのが自分の仕事だと気づいた。一見同じようなことをやっていたけれども、実は考え方がまったく違ったわけですね。

 そこで、「ステップワゴン」の仕事ですぐ実行したところ、すごくうまくいって、車は売れ、広告も評判になり、おまけにずっとほしいと思っていて手が届かなかったADC賞もとれて、いいことずくめでした。

●プレゼンは「なんでもあり」

ーーお客様の要求を的確につかむということは、いいプレゼンをするために必要だと思いますが、プレゼンで心がけていることはありますか?

佐藤 「プレゼンとはこうあるべきだ」というハウツーが、いろいろありますよね。でも、なんのためにプレゼンをするのかを考えたら、最適なやり方はその時々でさまざまではないかと思います。大事なのは、こちらの意図が伝わることでしょう。パワーポイントを使ってもこちらの意図が伝わらないのでは、使う意味はありませんね。もちろん、パワーポイントを使うことが伝えるために効果的ならば、使えばいいと思います。また、手ぶらでしゃべってもいいし、いきなり商品や看板のようなものをつくって持っていってもいい。なんでもありですよ。

 僕は、案件に合わせて毎回変えています。その案件に最もしっくりくるやり方で、すごく素直にやっています。

ーー例えば、どのようなプレゼンをされるのですか?

佐藤 プレゼンの際には、「その表現が実際にはどう見えるのか?」という点を重視します。例えば新聞15段の広告をプレゼンテーションする時に、最低でも原寸でつくってお見せするのは当たり前です。A4くらいのサイズに縮小してデザイン案をつくる方もいるようですが、仮に同じビジュアルだったとしても、リアリティーの強さは全然違ってきます。実際の広告では新聞一面の大きさで掲載されるわけですからそれと同じ条件で見せなければ判断は難しいでしょう。あとは、実際に新聞に挟んで持っていく場合もあります。そして、読者が実際に見るように、ページをめくっていって見てもらうとか。雑誌広告の場合は、雑誌に挟んでいって、「このように掲載されます」と提示したりなど。男性誌か女性誌に掲載されるかでは、イメージも全然変わってきますからね。


 ほかには、携帯電話端末のプレゼンがあったとします。端末のデザインを、CGで見せるのと、紙あるいはFRPでつくったモックアップで見せるのとでは、伝わり方が全然違います。例えばNTTドコモへプレゼンした際は、あえて紙で、ペーパークラフトのようにしてモックアップをつくりました。それは、強烈にフラットで、しかも一色で、ソリッドなものというコンセプトを理解してもらいたかったからです。FRPを使って材質感を表現するという考え方もありましたが、あえてケント紙を使ってシャープさを出すことで、コンセプトを理解してもらおうと考えました。

ーー佐藤さんの作品の中で、2010年、SMAPのアルバム『S map~SMAP014』のキャンペーンで、渋谷の街全体をジャックしたのも話題になりましたね。

佐藤 以前はテレビのスポットCMを中心にキャンペーンが組まれていましたが、目に触れる機会が少ないという印象でした。そこで、同じ予算なら、テレビありきで考えるのではなく、もっと違うメディアの使い方を考えてみようと思ったのです。例えば、もしテレビCMに充てていた費用でポケットティッシュを作って配ったらどうなるのか? 日本中で配っても余るくらいのポケットティッシュを作れるわけで、それはすごいことですよね。実際には行いませんでしたが、例えばそういう発想を色々としてみました。

 SMAPにはいつも「次は何をやってくれるのか?」という世間からの期待感があります。広告も、その期待に応えるようなものにしたかった。そこで、思い切ってテレビCMをやめ、その予算で原宿、渋谷、青山のビルボードをほとんど全部買って、SMAPのビジュアルでジャックしたわけです。

 結果的にテレビのニュースやワイドショー、スポーツ新聞が大きく取り上げてくれて、単にCMを打つのとは比較にならないほどの効果があったと思います。加えて、SMAPらしいやり方を提示できたのではないかと思っています。

●一流の人たちの共通点

ーー佐藤さんは楽天やユニクロ(ファーストリテイリング)など大きな企業のブランド戦略にも携わっておられますが、一流といわれる経営者の方々が持つ共通点のようなものを感じることはありますか?

佐藤 不遜な言い方をお許しいただければ、皆さん、すごく頭の回転が速いし、先見性があるということですね。将棋の手筋を読むのと同じですよ。そして、ものすごく軸がしっかりしていて、ブレないということも共通点ですね。常に考え続けているから、そういうことができるのでしょうね。現在のような先行きが不透明な時代に、これから起こるであろう出来事を予測することは非常に難しいし、不可能に近い。でも経営者は、そういう時代にあっても、自社の事業を推進していかなければいけないわけです。

 ですので、先見性が求められます。ユニクロの柳井正社長、楽天の三木谷浩史社長、セブン&アイホールディングスの鈴木敏文会長といった方々は、みなさん、雲の上に頭がぽこっと出ていて、他の人が雲の下で右往左往している時に、「ゴール、行くべき先はそこに見えている」と仰っているかのようです(笑)。繰り返しになりますが、ほかの人が休んでいる時も、常に頭を回転させて、事業や社会のことについて考え続けているからではないでしょうか。

ーー本書の中で佐藤さんは、「プライベートと仕事を分けない」と書かれていますが、これがイコール「考え続ける」ということでしょうか?

佐藤 そうですね。全然疲れません。考えることは、とても楽しいです。楽しいから考え続けているとも言えますが。僕はいつでも、いろいろなことを考えていて、考えることが仕事だと思っています。ずっと高速で回転し続けているほうが、いいアイデアが浮かびますね。一度回転を止めてしまうと、戻るまでに時間がかかって、よくないんです(笑)。
 
 もちろん、頭の中で考え続けていても、肉体的には休みますよ。そして、意識的に運動するようにしています。

●クリエイティビティより几帳面さが重要

ーー佐藤さんが経営されるサムライでは、インターンシップ生の面接をする時に、クリエイティビティがあるかどうかより、カバンから書類の出し方が雑じゃないかチェックしたりと、「几帳面かどうか?」という点を重視するというのは、なぜでしょうか?

佐藤 あくまで僕の事務所の価値観ですので、一概にこれが正しいということは言えませんが……。アートディレクターという仕事は、「0.1ミリ右にずれている」とか、「0.1ポイント細くしたほうがいい」など、そういう普通、肉眼では見えないような、非常にデリケートな作業の積み重ねの上に成り立っています。ですので、もちろんスキルも重要ですが、それ以上に「感性の解像度」を持っているかということのほうが重要なのです。細かいことにすごく気がつくような人でなければ、僕の事務所では難しいと思います。

 クリエイティビティやデザイン力というのは、勉強と一緒で、練習すればスキルアップできますが、感覚や感受性というのは、その人が生まれ、育ってきた環境である程度決まってしまうと思っています。


ーー最後にプライベートな質問で恐縮ですが、奥様はサムライのマネージャーをなされ、仕事面でも家庭でも、ご一緒の時間が長いかと思いますが、それゆえ険悪になってしまったりはしませんか……?

佐藤 よく聞かれるのですが、彼女にはマネジメントという仕事があるので日中も、忙しくて、実はなかなかゆっくり話す時間がありません。僕としては、もっと一緒にいて、話をする時間が欲しいくらいなんですよ。

 僕は仕事を通して自己実現しているので、自分の考え方は仕事の中に凝縮されていると思っています。ですので、僕が何を大切に思っているかということは、一緒に仕事をすることで、彼女にもよく理解してもらえると思っています。公私共にたくさんのことを共有できていたほうが、二人の人生にとっていいと思っています。
(構成=編集部)