振興銀行の経営破綻に先立つ10年7月16日、インデックスは同行との株式の持ち合いによる資本提携を解消し、中小企業振興ネットワークから脱退すると表明した。振興銀行が持つインデックス株式14万3500株についても「売却を依頼している」と説明した。
また、NISグループとの資本・業務提携も解消し、保有していた同社株式1950万株(発行済み株式の7.93%)は7月13日にすべて譲渡。インデックスの社外取締役に就いていた、大谷利興・NISグループ社長は同日付で辞任したことを明らかにした。
日本振興銀行グループとの縁切り宣言である。
時計の針を少し戻してみよう。インデックスは09年3月10日、40億円の第三者割当増資を実施すると発表した。振興銀行とNISグループがそれぞれ5億円出資。残る30億円は会長兼社長(現在は会長)の落合正美の個人会社、落合アソシエイツ(現在も筆頭株主で12.6%を出資)が引き受けた。子会社のインデックス・アジアパシフィックも、アジア・インキュベーション・ファンド投資事業組合を引き受け先として第三者割当増資を実施し50億円を調達。インデックスは子会社と合わせて90億円の資金を調達した。
この増資は借入金の返済が目的だった。
同時に、この増資資金を使って、振興銀行とNISグループの株式を取得した。NISグループには子会社を売却しており、インデックスは日本振興銀行グループへの資金依存を強めていた。これ以降、インデックスは振興銀行の中小企業振興ネットワークに完全に組み込まれたのである。
振興銀行の経営破綻が表面化したとき、証券界は、この第三者割当増資を思い出した。落合の個人会社である落合アソシエイツが、どこから30億円を引っ張ってきたのだろうか。落合アソシエイツは、08年10月に資本金500万円で設立されたペーパーカンパニーである。落合個人に30億円のカネがあれば、無理して、第三者割当増資を行う必要はなかった。
落合アソシエイツが調達した30億円は振興銀行が金主で、中小企業振興ネットワークの加盟企業を経由して落合アソシエイツに渡った迂回融資だったのではないのか、という指摘は当時から根強くあった。ネットワークに加盟する企業の間を“振興マネー”が転々とした迂回融資の実態が解明されるにつれて、この増資問題に疑惑の目が向けられた。
●映画の日活を買収した元商社マンインデックスグループを携帯電話向け情報サービスの大手にしたのは、落合正美会長兼社長)と落合(旧姓・小川)善美副社長(当時。現在は正美が会長、善美が社長)のコンビである。
これが大ヒット。01年3月にジャスダックに株式を公開するきっかけを作った。落合は先妻と離婚し、07年2月に小川と結婚した。
IT(情報技術)関連ということだけで株式を公開できた新興企業家たちは、「時間を買う」を合言葉にM&A(合併・買収)で企業規模の急拡大を図った。
インデックスはライブドアや楽天の陰に隠れて目立たない存在だったが、国内外での積極的なM&Aで成長を遂げた。上場した年の01年8月期に38億円だった連結売上高は07年同期には1298億円となった。6年で34倍になったわけだ。インデックスはIT関連の「勝ち組」企業の一角を占めた。
03年に学習研究社(現・学研ホールディングス)に資本参加(出資比率4.72%)してから、M&Aを加速した。3カ月間に2社のペースでM&Aを続けていった。
ハイライトが老舗映画会社、日活の買収である。日活は、1960年代前半には石原裕次郎、吉永小百合、赤木圭一郎、小林旭など青春スターを擁し黄金時代を築いた。だが、映画は国民娯楽の主役の座をテレビに奪われ、あっという間に凋落し、日活(この頃は、平仮名の、にっかつ)は93年に会社更生法を申請して倒産。経営再建を進める中で、97年にゲーム大手のナムコ(現・バンダイナムコホールディングス。05年9月、バンダイと経営統合)が30億円出資して子会社にして、ナムコの当時のオーナーの中村雅哉が社長に就いた。ナムコグループに入った時に、社名を「にっかつ」から日活に戻している。
インデックスがナムコから日活を買収することで合意したのは、05年9月ことだ。日活労組はインデックスが「日活を映画・映像事業を中心に経営再建し、雇用と労働条件を守る」と約束したことで、買収に同意した。
06年6月、社名をインデックス・ホールディングス(HD)に変更し、純粋持ち株会社に移行した。
09年1月には、虎の子だった日活株式の34.0%を日本テレビ放送網に23億円で売却した。インデックスが05年9月、日活株をナムコから買収したときの価格は74億円。一部の株式をスカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現・スカパーJSATホールディングス)に15億円で譲渡したが、それでも71.0%の日活株を保有していた。結局、買収額を10億円以上、下回る価格で、日活株を手放した計算になる。
インデックスが振興銀行グループの傘下に入ったのは、日活株売却の2カ月後のことだった。
文中に出てくるNISは、東証1部上場の事業者向け金融。前身は金融会社、ニッシン。2代目社長の嵜岡邦彦(さきおか・くにひこ)が02年にNY証券取引所に上場を果たした。
「5年程度で1000社に出資、4年以内に投資先企業100社を上場させる」と豪語したが、大言壮語に終わり、日本振興銀行のグループ強化を担う実働部隊となった。中小企業が振興銀行から融資を受ける際に、NISが不動産の評価や債務保証を行った。振興銀行のペイオフ発動と民事再生法の申請を受け、NISはも同様に申請した。しかし、12年11月に民事再生手続きが廃止となり、現在、破産手続きを進めているところだ。
(文=編集部/敬称略)