加えて、本拠地・横浜スタジアムの集客数も増加傾向で、万年赤字体質だった経営面でも大きな改善・改革が進んでいる。
そんなDeNAベイスターズの池田純・代表取締役社長に、
「DeNAベイスターズ取得当時の困難や逆境を、どのように乗り越えたのか?」
「DeNAベイスターズ経営再建に向けた大改革の裏側」
「ファンや球場集客数増加に向けた、さまざまな取り組み」
などについて聞いた。
--まず、スポーツビジネスを手掛けられたご経験のなかった池田さんが、球団社長に着任された経緯を教えてください。
池田純氏(以下、池田) DeNAが横浜ベイスターズの株式取得を取締役会で決議した2011年11月当時、私はマーケティング担当の執行役員として、DeNAというブランドの認知度向上に取り組んでいました。マーケティングの観点から、プロ野球はインパクトが大きいということは容易に推測できましたので、DeNAがプロ野球に参入するのであれば「ぜひ責任ある立場を任せてもらいたい」と同社の守安功社長に直訴し、そこで、「では、新球団の社長やってください」となったわけです。
実は、私は横浜生まれ、横浜育ちで、小学生のころは横浜ベイスターズの前身である大洋ホエールズの帽子をかぶって横浜スタジアムに足を運んでいたこともあるほどでした。ですから、横浜ベイスターズの株式取得の話を聞いた時には、何か巡り合わせのようなものを感じました。
--球団経営に対する不安はありませんでしたか?
池田 DeNAが球団の株式を取得した時点では、年間50億円強の売り上げに対して累積赤字が同25億円強もありました。しかも、それまで4年連続最下位ということもあり、年間観客動員数も12球団の最下位で実際は100万人ほどでした。だから、年々赤字は膨らむ。経営に携わったことのある人間の常識からいえば、誰もが早晩“潰れる”会社と判断する経営状態でしょう。でも、潰れないで済んでいたのは親会社の援助があったからです。
そういう球団を経営するわけですが、不安はありませんでした。それよりも、未知の領域に挑戦できる期待のほうが大きかったですね。そもそもDeNAという会社は、ショッピングからスタートして、オークション、モバイル、そしてゲームと未知の領域へ挑戦し事業を拡大してきたわけです。つまり素人集団であっても高い学習能力があれば、未知の分野にも参入可能だということです。野球という素晴らしいスポーツをリスペクトすることは大切なことですが、私は経営をするのであって、野球をするわけではありません。経営が悪化した会社を再生するという意識でした。
--DeNAベイスターズの経営に乗り出した当初、伝統あるプロ野球という世界に、新興企業が参入するという見方をする人も多く、世間やメディアからはさまざまな批判を受けられたかと思いますが、ある程度は予想されていたのでしょうか?
池田 色々な声があることは予想はしていました。ただ、まずベイスターズという会社の経営面や組織面において取り組むべき課題がたくさんあり、それらを迅速かつ着実に実行することに注力していたため、あまりそうした声は気になりませんでした。
--社長に就任され、球団を中からご覧になっていかがでしたか?
池田 球団運営に携わって最初に強く感じたことは、「日本に12しかない球団のうちの1つを任された」という重い責任でした。そういう思いで球団を見た時に、私が一番問題だと思ったのは、これだけの赤字を抱えながら、職員に危機感が感じられないことでした。それから、この会社には普通の会社ならばあるべき、基本的な「仕事の仕組み」がありませんでした。まるで10数年前に時を刻むことをやめてしまったような会社だったのです。
例えば、どの企業でも社員との面談の上で個人個人のミッションやコミットメントなどを設定し、四半期後、半期後あるいは1年後にそれらをレビューし、個人の評価が決まるといった基本的な仕組みがあると思いますが、それすらありませんでした。さらにオフィスのIT化が遅れていて、eメールの文化もない。それで、職員の意識改革を進めるとともに、会社としてあるべき組織と仕組みをつくる、そういう改革が急務だと感じました。
●“普通の”会社への脱皮--具体的には、どのように改革を進められたのですか?
池田 わずか100人足らずの会社なのに、セクショナリズムが強く、違うセクションの人とは仕事の話をしない。業務上必要最低限な横連携がまったく取れていないという状態でした。そこで、風通しのいい会社にする必要があると思い、社員全員と面談するところからスタートしました。そして、個々人のミッションやコミットメントを明確にしたうえで、会社の考え方や方向性についても話をしました。そういう職員の意識改革を促す一方で、本来あるべきもの、つまり評価体系や人事制度を明確にする改革も並行して進めていきました。
それから、横浜スタジアムとの契約の見直しを行いました。例えば、これまでチケット売上総額の25%を横浜スタジアムに支払ってきましたが、その契約を見直し、13%に引き下げることで合意しました。同時にそれに伴う諸条件を見直し、観客動員数、及びチケット売上が従来と同じであれば、横浜スタジアム側の収支が従来のそれを担保するようにしました。そうすることにより、チケット売上が伸びれば利益貢献は大きくなり、企業努力をして成果が上がれば、それはそのまま売上と利益に反映される。
--改革の効果はいかがでしたか?
池田 1年目だった昨年は、参入してからシーズンが始まるまでの時間がなかったので、戦略的に話題づくりに努めました。それがメディアを通して多くの方に伝わることで、「球場に行ってみようか」という興味や関心を持ってくれる人が少しでも増えればと思いました。
プロ野球全体の観客動員数が減少傾向にある中で、それまで実際は100万人ぐらいだった観客動員数が12年シーズンは117万人に増えました。話題づくりは一定の効果があったと思います。その結果、年間30億円近い赤字を20億円弱まで減らすことができました。
●観客動員数を増やす施策--2年目の2013年シーズンでは、どういう取り組みをされているのですか?
池田 「観客動員数を増やしたい」という思いは今年も同じです。球場を大きくして収容人数を増やすというのも一つの選択肢ではありますが、駅から非常に近いという立地条件の良さのために、逆にスペースが限られ、米国のメジャーリーグの球場のようないわゆる“ボールパーク”に進化するということは物理的に難しい。そこで、発想を転換して、小さな球場のままで観客動員数を増やすために、「コミュニティボールパーク化構想」を掲げました。
コミュニティボールパークとは、野球をきっかけに、野球が好きな人も野球を見たことがない人もいろいろな人が集い、その集った人たちが野球をきっかけとして、それまで見ず知らずだった人たちともコミュニケーションを育む、そういう地域のランドマークになりたいという考えです。
今はライフスタイルが多様化してきて、テレビの地上波でも野球はメインコンテンツではなくなってきています。グループで球場に来ても、それぞれが一人席に横一列に座り、野球だけに集中する、そういう観戦スタイルも多様化すべきと考えていますし、球場のあり方そのものも変わっていかなければいけないのではないでしょうか。
コミュニティボールパーク化の初年度は、横浜市や横浜スタジアムとも三位一体の協力体制のもと、横浜スタジアムにおいて創業依頼ともいえる球場の大改修が実現しました。一塁側と三塁側のファウルゾーンに設けられた「エキサイティング・シート」、2人用の「ツイン・シート」や3人用の「トリプル・シート」、そして3~5人座れる「BOXシート」などの多様なシートを新たに設置しました。特に、「エキサイティング・シート」はファウルラインから2.5メートルの位置にあり、選手とファンの距離は球界でも屈指の近さとなっています。
--新球場は、「昔とは全然違う」「すごく楽しい」と評判のようですね。
池田 プロ野球というのはすごくおもしろいスポーツで、リーグ優勝チームの勝率はだいたい6~7割、つまり優勝チームでも3試合やれば1試合は負けているということです。でもそれは、3試合やったら1試合は負けてもいいということではありません。試合に負ければ、「数千円も払ってわざわざ球場まで足を運んだのになんだ」と思うのも、観客の心理だと思います。
でも、私たちはDeNAベイスターズの試合を見に来た皆さんに、そういう思いをさせたくありません。
そういう中のどれか一つでもいいので、お客様に楽しいと思ってもらいたい。そしてせめて、「試合には負けたけど、これを楽しめたからいいか」と思ってもらえるようにしたいと思っています。今後もいろいろな“野球場の楽しみ方”を提案していきたいと思います。
--現在の観客動員数はいかがですか?
池田 今シーズンは、全試合通して対前年同期比110%の伸びで推移しています。去年は外野席の右半分(DeNAベイスターズファン側の席)、つまりライトスタンドを埋めることさえできませんでしたが、現在は外野席から時計回りに、一塁側内野席、それからバックネット裏の観客席もしっかり埋まるようになってきました。球場の半分、いわゆるホーム側の席は埋まるようになってきました。三塁側内野席は対戦相手のファン数にもよる部分ですが、今後の課題です。
それから、満員の回数も、昨シーズンはシーズンを通して全部で4回でしたが、今シーズンはすでに7回(7月17日現在)で、8月以降に3回は満員が見込めると思うので、地方開催試合を除く横浜スタジアムで行う主催67試合(7月末時点)のうちの10試合は満員にできそうです。そして、いつの日か収容人数約3万人の横浜スタジアム全体をDeNAベイスターズのファンで埋め尽くすことが夢です。
--コミュニティボールパーク化構想の効果が表れているわけですね?
池田 コンコースを全面改修したり、最新鋭の大型ビジョンでさまざまな映像を流したり、飲食を拡充したりして、スタジアムと共に、球場に足を運んでいただいた方々に楽しんでもらえるような仕掛けをしてきました。その結果、野球が好きな人だけではなくて、「新しくなった球場に行ってみよう」という人と声が増えているからだと思います。それを裏付けるように、球場顧客分析をしたところ、リピート層だけでなく、初めて球場に来る層も増えていることがわかりました。今後も、市と球場と三位一体、コミュニティボールパーク化構想に基づいて継続的に球場の改修を行っていく計画です。
それとともに、やはりチームへの期待感が大きいと思います。昨年まで5年連続して最下位で、せっかく球場に来て応援しても負け試合が圧倒的に多いわけですから、ファンの人たちは勝つということに飢えています。そうすると、楽しくない思いのまま帰宅することになり、自然と球場に足を運ばなくなるファンが増えてします。だから、当然チームも強くなっていかなければいけない。それで、チーム強化のために、トニ・ブランコ選手、ホルヘ・ソーサ選手、、多村仁志選手、ナイジャー・モーガン選手をはじめ多数の選手にチームに加わってもらい、現在セ・リーグ3位(8月1日時点)。ファンの方々の期待感は、ますます大きくなっていますね。
今後も、来場者満足度の高い球場、愛されるチーム、そしてその二つの成長と期待、この3つで観客動員数を増やしていきたいと考えています。
●重要な経営指標は、観客動員数と満員の回数--やはり、チームの勝敗は球団経営に大きく影響するのでしょうか?
池田 観客動員数に対して、かなり重要なパラメーターです。経営という観点から野球を見ると、勝ち負けに左右されない経営が理想だといわれますが、現実論として経営は勝敗に大きく左右されます。勝つ試合が続けば球場に足を運んでくれるお客様も増えますし、その中で活躍する選手が出てくると、その選手を見にお客様は来ます。今の横浜、神奈川は特にその傾向が強いように思います。ですから、そこを直視して球団経営をしていく必要があると考えています。
--球団経営をする上で、最も重視している経営指標は何でしょうか?
池田 通常は、観客動員数と満員の回数を見ています。それから、現時点において特に重視しているのは、一塁側の占拠率とグッズの売り上げです。
グッズの売り上げも順調に増えていますが、やはり勝ち負けにすごく左右されます。ただ、興味深いのは、試合前のグッズショップ来店者数にはそれほど大きな差は出ませんが、試合終了後の来店者数は、勝った時と負けた時では大きな差があります。連勝した時と連敗した時ではさらに顕著です。
--スポンサー収入が去年の1.4倍くらいになっていますが、要因はなんでしょうか?
池田 旧来、プロ野球はダントツの人気を誇るスポーツだったので、黙っていても、さまざまな方々から話を持ち掛けていただけたわけですね。つまり、球団側から積極的に営業しなくても、仕事が入ってきた時代があったのだと思います。そのためもあり当社の営業は「待ちの営業」になっていました。そして、入ってきた案件を右から左に流す。これまでは、そういう営業体制の延長でもどうにかなっていました。
しかし、いろいろなスポーツや、さまざまなエンターテインメントが注目されるようになり、プロ野球の人気もだんだんと影響が出たのだと思いますが、待っているだけではほとんど来てくれなくなっていました。そこで、2年かけて、きちんとした戦略に基づいて自分たちから積極的に企業へ働きかけていく営業体制をつくりました。
企業サイドから見ても、「DeNAベイスターズは以前に比べてしっかりとして経営に取り組んでいる」という印象を持ってもらえているのではないかと思います。きちんとした戦略に基づいた営業メニュー持って伺えば、確率論としてはお付き合いしていただける可能性は当然高まりますよね。
●DeNAのブランド価値・知名度の向上--ITというDeNA本体の本業とのシナジーはいかがですか?
池田 プロ野球に参入した目的のひとつが、DeNAのブランド価値・知名度の向上でしたが、その目的は着々と実現できていると思います。DeNAの認知度は圧倒的に高まりました。以前はDeNAをどう読めばいいのか、何をやっている会社なのかわからないという方が多かったのではないかと思いますが、今は少なくともDeNAを「ディー・エヌ・エー」と読んでいただけるようになりました。
--例えばDeNAベイスターズのサイトから、DeNA本体の事業であるゲーム利用へユーザーを誘導したりすることで、DeNAのビジネスに寄与するというような効果もあるのでしょうか?
池田 あからさまに直接的にDeNA本体の利益につながるようなことにはこだわっていません。それよりも今はプロ野球の会社としての組織や仕組みの強化、また野球本来の楽しみの強化のほうが大切です。そのなかで、DeNA本体の事業や強みと野球のシナジーが自然に働くことを重要視しています。例えば、EC(ネット通販)の強化や、選手グッズのオークションなどを軸に連携を強化していってますし、さらにはDeNAの技術力を活用し、野球組織の運営に必要なシステムの開発は2年間で相当に進んでいます。消費者から求められていないことを企業の論理でやっても、それは逆効果にしかならないと思います。私単体としては、球団経営を健全にしていくこと、チームがきちんと成長していく組織と仕組みをつくること、それが結果としてDeNAのブランド価値を高めることにもつながると思っています。
--赤字の解消見通しなど、今後の経営計画などについて教えていただけますでしょうか?
池田 プロ野球球団は赤字が当たり前で、親会社の認知度を高めることを参入の意味として、「親会社が球団の赤字を補填するということは覚悟の上でしょう」という論理もあります。でも、私たちは、この会社が自分の力できちんと生きていけるようにすることが使命だと思っています。ただ、自分の力で生きていく最低ラインがどの水準なのか、構造的なこともありまだ見定めることができていません。現在はまだ組織改革を進めている段階なので、どの時点でどういった目標を設定するかは思案中です。
--「何年後にDeNAベイスターズが日本一になる」というような目標はありますか?
池田 私たちは、奇跡の優勝を目指すチームになりたいとは思っていません。私たちは、常にCS(クライマックスシリーズ)に出場できて、しかも常に優勝を狙えるような、そういう安定した成績を残せるチームにしたいと考えています。そのためには、安定した組織運営がチーム側にも必要ですね。きちんとしたチームの方針や考え方、そして選手に求めるもの、コーチに求めるもの、それから育成の仕方、ドラフトの仕方、そういうものを中長期的に考えられるようなチームになれば、おのずと安定的な戦力を持つチームに成長していくと思っています。そしてそれが実現した時、地に足を着けて、優勝を狙うと宣言できるのではないかと思います。
DeNAベイスターズは、8月2・3・4日に「YOKOHAMA STAR☆NIGHT 2013」を開催します。このイベントは、「一人ひとりが星のように輝いて チームも、街も、元気になる そんな場所をみんなで創りたい」がコンセプトで、昨年の同イベントでは、スタジアムの照明を消して、横浜を代表するアーティスト「ゆず」の楽曲とともに、スタンドのファンの皆さんにペンライトを点灯していただきました。「スタジアム全体が輝いて、これまでにない一体感が生まれた」との声が多数寄せられ大好評だったことから、今年も実施することにしました。今年は、入場された方全員にスペシャルユニフォームをプレゼントする予定(2日、4日は来場者全員、3日は内外野1塁側先着1万人にプレゼント。レフトスタンドは除く)で、みんなでユニフォームを着て、街ぐるみで横浜を盛り上げたいと思っています。そして、今後は街全体を巻き込み、横浜の夏の一大風物詩として、このイベントを成長させていきたいと思っています。
(構成=編集部)