2008年6月の時点で、NTTドコモのシェアは52.04%、KDDI(au)は23.41%だったのに対し、ソフトバンクは18.55%と大きく水をあけられていた。
その要因はいくつかあるだろう。一つはiPhoneへの取り組みだ。08年7月、日本で初めてiPhoneが発売されたが、当初はソフトバンクしか選択肢がなかった。11年10月にKDDIが販売を開始し、13年9月、ドコモも遅れて参入したが、早い段階でiPhoneに取り組んだソフトバンクに一日の長があり、消費者の中でiPhone=ソフトバンクのイメージが定着してしまっている。13年10月のスマホ販売シェア調査で、76%がiPhoneという結果が出た。携帯キャリア別にスマホ販売におけるiPhone比率を調査したところ、ドコモは61%、KDDIでは72%、ソフトバンクは97%というダントツで高い数字を記録。この面では、確かにソフトバンクには、先見の明があったように思われる。
一方で、ソフトバンク=つながりにくい、とのイメージもあった。しかし近年、電波状況は改善。
電波状況に関するユーザーの不安も払しょくされつつあり、iPhoneでの大きなアドバンテージを得て、快進撃を続けているソフトバンク。しかしこの好調を支えているのは、現場のスタッフだ。そこには数字に表れない負担が重くのしかかっている。
「これが当たり前だと思い込まされていたんです」
そう語るのは、最近まで家電量販店にある携帯電話販売コーナーで、ソフトバンクのブースに立っていたAさん(仮名)だ。Aさんは、求人広告を見て、ある派遣会社の携帯電話販売業務に応募。そこで配属された先がソフトバンクだった。
「研修は3日間でしたが、ほとんどiPhoneのことしか教えてもらいませんでした。ほかの機種については、ざっとカタログに目を通したくらいです。全機種をiPhoneと同じように覚えようと思ったら、この研修期間ではとても足りません」(同)
研修が終わり、Aさんが販売ブースに立つと、当然iPhone以外の質問も来た。もともと携帯電話などの機器が好きだったAさんは、知っている限りのことは答えたが、当然答えられない質問もあった。そのような時は、店舗にたった1人しかいない社員に質問するか、その社員が不在時には電話をかけて聞くしかなかった。
特に問題となったのは、他社の携帯電話に関する質問が来た時のことだ。携帯電話のキャリアのことなど、よくわからない人もいる。ある日、Aさんのもとにお年寄りがドコモの携帯電話を持って質問に来たが、よくわからないところもあったため、隣のブースにいたドコモの担当者に声をかけ、そのお年寄りを案内した。それがソフトバンク社員の目に留まり、逆鱗に触れた。
「客が他社の携帯電話を持って質問に来たらチャンス、そこで強引にでも機種変更を薦めなければならなかったのです」(同)
他社のスタッフはライバル。ちょっとでも話をしようものなら、すぐに注意されたという。
「ドコモとKDDIのスタッフは、暇な時には仲良く話をしていたりして、うらやましく思っていました。しかしソフトバンクでは、他社のスタッフと話をするのは厳禁。情報を流されるとでも思っていたのでしょうか」(同)
また派遣にもかかわらず、Aさんにはノルマが設定されていた。
「多分、相性も悪かったのでしょう。この店長から目をつけられてしまったようで、よく叱責を受けました。仕事のミスや業務についての注意だけであれば、まだ耐えることもできたのですが、時には人間性も否定され『お前みたいな人間は、どんな仕事をやってもうまくいくはずない』などと罵倒されたこともありました」(同)
呼び出されるとタイムカードを切るように指示され、そこから説教が始まるのだ。叱責は2時間以上にわたったこともあったという。当然、その間は時給は発生しない。
「本社からコンプライアンスに関する通達のようなものは、しょっちゅう来ていました。しかし現場では、まともに守られていませんでした」(同)
前述のタイムカード打刻後の説教もそうだが、就労時間などもきちんと守られていなかったという。規定では毎日1時間の休憩時間が与えられることになっていた。しかし、1時間分の時給は引かれていたにもかかわらず、1時間の休憩を取ることはできなかったとAさんは語る。
「『休憩は40分だけ。それがこの店のルールだ』と言われました。
本来、こうした事態になった時、派遣会社がスタッフを守るものだ。しかし近年では派遣会社も厳しいのだろうか、実際にはソフトバンクの社員のほうが強く、派遣会社の担当者は「こういうものだから」となだめることしかしなかったという。
また、Aさんが問題視していたのは、iPhoneを購入した客の了解を得ずに、ブースが入っている家電量販店のアプリケーションをインストールしてから端末の引き渡しをしていたことだ。最近、家電量販店などでは、独自のアプリをつくり、それによって顧客管理を行っている。Aさんの勤務していた店舗では、勝手にソフトバンク側であらかじめインストールしてしまっていたというのだ。
「一応、アプリについて説明はしますが、無料だからとさらっと話して終わり。きちんと了解を得てはいませんでした」(同)
実は、以前にも同じことを行い、客からクレームを受けたことがあったという。それからしばらくはアプリを店側でインストールすることはしていなかったが、ほとぼりが冷めた頃にまた復活したというのだ。勝手にアプリをインストールすることは、プライバシーの観点からも問題だろう。そのためAさんはたびたび、社員に疑問を呈したという。その結果、ますますAさんへの風当たりは強まり、職場を追われることとなった。
「今思えば、社員も悪気があったわけじゃないと思います。しかし店舗ごとのノルマも達成しなければいけない、そのためには少々のことには目をつぶらなければいけないし、ストレスもたまっていたのでしょう。その時、ちょうど怒鳴りやすい場所に私がいた、ということだったのかもしれません」(同)
そう言うと、Aさんは弱く笑った。
会社の経営方針や事業戦略が当たり、シェアを伸ばしたソフトバンク。しかし実際に店頭に立ち、スマホを販売する一人ひとりのスタッフは、常にプレッシャーにさらされ続けている。そのしわ寄せが派遣社員のように社会的立場の弱いところに行くとすれば、見逃してはならない問題だ。
電波状況の改善なども急務だろう。しかし携帯電話販売の前線に立つスタッフの労働状況の改善こそ、早急に行わなければならない課題ではないだろうか。
(文=斉藤永幸)