最近、上司と呼ばれる人たちの中には、雑用を率先して行う人が増えているそうです。

 上司と聞くと、優れた技術や豊富な知識、幅広い人脈を持ち、人生経験が豊かな人を思い浮かべる人も多いでしょう。

一般に、相応の成果を挙げて、会社や周囲からその能力を評価された人物が役職者への階段を上ってゆくものです。

 ところが、仕事がデキる上司と部下から人望を集める上司は、必ずしも一致しません。

 例えば、自らの利益のために派閥争いをしたり、私的な用事のために部下を使うような上司は、部下からの信頼を集めることができないものです。

 では、部下から人望を集める上司とは、どのような人物なのでしょうか? 今回は、求人情報サイト「ジョブポスト」を運営する人材情報会社ピーエイの執行役員(経営企画部門管掌)、粟津有朋氏に、上司のあるべき姿について話を聞きました。

●職場の環境整備と人気取りの施策は別物

--人望を集める上司には、どのような傾向がありますか?

粟津有朋氏(以下、粟津) 人望を集める上司は「部下を働かせる」のではなく、部下の立場に立って職場環境を整備する人物です。仕事の多くは、上司がこなしているものではありません。主要な作業を部下が担っていることも少なくありません。

--部下の作業効率が、仕事の成否を分けることにもなりますね。

粟津 そのとおりです。しかし、部下が気持ちよく働ける環境をつくり、信頼関係を構築するのは上司の重要な仕事ですが、離反や非難を恐れて部下の人気取りをしてはなりません。

--気持ちよく働ける環境づくりと人気取りの施策は、はたから見ると区別が難しいのではないでしょうか?

粟津 確かに難しいです。上司だからといって、指示・監督だけをすればいいわけではなく、時として部下が嫌がる仕事を上司が率先してこなしたり、部下のサポートのために雑務に就くことも必要です。

立場に関係なく雑務を引き受ける上司を見て、悪く思う部下はいないでしょう。ただ、雑務をせざるを得ないような急場が去ったにもかかわらず、引き続き雑務を引き受ける上司は人気取りといえるかもしれません。上司が雑務を引き受けた時に、良い成果が上がったのであれば、それを仕組み化する、あるいは雑務要員を新たに確保するのが上司の仕事であって、雑務を続けることは、むしろ職務放棄です。

●上司は、本来の職務をこなしているか

--上司が雑務を続けると、どのような弊害があるのでしょうか?

粟津 ある飲食店の事例ですが、店長はスタッフより率先して毎日皿洗いをしていたそうです。その姿を見て、スタッフたちは「経費削減のために頑張っているんだな」「キッチンスタッフが調理に専念できるように、地味な仕事を引き受けてくれているんだな」と考え、店長の仕事に対する真摯さの表れと理解していました。

--スタッフの信用を得ているので、良い行動なのではないですか?

粟津 しばらくして、その店は売り上げ低迷により潰れてしまいました。店長が真摯に仕事をしていたのに、売り上げが伸びなかったという話ではありません。むしろ、その店長は真摯ではなかったといえるのです。

--具体的には、どのようなことでしょうか?

粟津 店長が毎日皿洗いをしていたのには、別の理由がありました。潰れるずいぶん前からすでに売り上げが低下しており、店長はもちろんそれに気づいていました。しかし、売り上げを上げる良い方法が見つからず、スタッフから「怠けている」と思われないために、目先にある雑務をこなし、現実逃避していたのです。

 とりあえず、皿を洗っていれば「一生懸命仕事をしている」と周りに思ってもらえると考えて、その狙い通りスタッフからは評価を得ていましたが、結果、お店は潰れたのです。

一生懸命な仕事ぶりに見えて、この店長の皿洗いは職務放棄だったといえるのです。

●皿洗い上司は結構多い?

 これは当然のことで、役職者がなすべき仕事をしなければ会社は潰れます。日本には、こういった「皿洗い上司」が多いと、粟津氏はいいます。

 本来、その上司当人にしかできない仕事を放棄していても、周囲からは一生懸命頑張っているように見えてしまうところに皿洗い上司の問題点が隠れています。上司がこのような思考や行動に陥ると、例外なく、その組織を弱体化させ、時には崩壊に導いてしまいます。

 身の回りの上司、もしくは自分自身が皿洗い上司になっていないか、改めて見つめ直してみてはいかがでしょうか。
(文=尾藤克之/経営コンサルタント)

●尾藤克之(びとう・かつゆき)
東京都出身。経営コンサルタント。代議士秘書、大手コンサルティング会社、IT系上場企業等の役員を経て現職。人間の内面にフォーカスしたEQメソッド導入に定評。リスクマネジメント協会「正会員認定資格HCRM」、ツヴァイ「結婚EQ診断」監修等の実績。著書に『ドロのかぶり方』(マイナビ新書)、『キーパーソンを味方につける技術』(ダイヤモンド社)など多数。

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