原油相場はしばしば「下がっている」と報じられていますが、長期視点では高止まりしています。なぜ原油相場は下がらないのでしょうか。
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著者の吉田 鉄が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 原油はなぜ下がらない?手綱を握る産油国サウジの事情 」
原油相場、上下の圧力に挟まれて下げ渋る
以下のグラフは、原油の国際的な指標の一つであるWTI原油※先物の、日々の安値の推移です。
※WTI原油:米国の西テキサス地域で産出されるガソリンなどを比較的多く抽出できる原油。West Texas Intermediate。
この数カ月、「原油相場は下がった」とする報道が目立っています。たしかにウクライナ戦争が勃発した年(2022年)の高値水準に比べれば、下がっています。2025年4月上旬に発生したトランプ関税ショックが下落に拍車をかけた、との声もあります。たしかにそのとおりです。
では、グラフの先端部分の赤い丸で囲った直近の推移はどうでしょうか。トランプ関税ショックを経ても、60ドルの節目を大きく下回ることなく、原油相場は推移しています。
短期的な動きを見ていると、60ドル割れを買いのタイミングと認識している市場関係者がいるように思えます。なぜ、このような動きになっているのでしょうか。なぜ、一部で報じられているとおり、急落していかないのでしょうか。
図:NY原油先物(期近)日足安値 単位:ドル/バレル

理由は簡単です。上昇圧力が存在しているからです。以下のとおり、トランプ氏もOPEC(石油輸出国機構)プラスも、上昇圧力をかけています。下落圧力をかけつつ、上昇圧力もかけているのです。原油相場はこうした圧力に挟まれているため、一方的に下落も上昇もしていないといえます。
図:原油相場を取り巻く環境(4月2週目以降)

産油国の方針は「増産」と「減産」どちら?
原油相場が短期視点で下落した背景に「OPECプラスの増産」が挙げられると報じられています。OPECプラスとは、以下のとおりOPEC(石油輸出国機構)に加盟する12カ国と、非加盟の11カ国の合計23カ国で構成される産油国のグループです。
原油市場への影響力の大きさの目安になり得る「原油生産シェア」は、23カ国合計でおよそ58%です(2025年4月時点)。6割弱もの原油をOPECプラスが担っているとの報道もあります。
OPECプラスの現状を把握し、今後を展望するために、より詳細な情報を確認する上で欠かせないテーマが「減産」です。この場合の減産とは、人為的な生産削減です。自ら生産量を削減し、世界全体の需給バランスを引き締める行為です。
現在、OPECプラスは二通りの減産を同時に行っています。協調減産と自主減産です。協調減産は、協力宣言の枠組みに入っている19カ国で行っています。各国それぞれに、生産量の上限が設定されています。
上限を超えて生産をした場合、減産非順守となり、埋め合わせの条項に基づき、後に、上回って生産をしてしまった分の生産量を、削減する義務が生じます。
図:OPECプラスについて(2025年4月時点)

こうした協調減産の枠組みは、2017年1月に始まり、現在も続いています(2022年4月を除く)。OPECプラスは、世界情勢や原油市場の動向などを考慮しながら、生産量の上限を上げたり下げたりしています。今のところ、2026年12月に終了する予定ですが、延長を繰り返しながら現在に至ったことを考えると、同月以降も協調減産が続く可能性があります。
自主減産は2023年の5月に始まりました。
以下のグラフは自主減産を実施している8カ国の原油生産量(合計)の推移です。緑色の三角で示したとおり、自主減産を開始した2023年5月以降、減少し始めました。そして、2025年4月から自主減産の縮小が始まったため、徐々に生産量が増え始めています。
図:自主減産実施8カ国の原油生産量 単位:万バレル/日量

自主減産の縮小は、生産量が増えることを意味するため、「増産」と報じられるケースが多いです。たしかにそのとおりではあるものの、需給を引き締める行為である「減産」の逆の意味の「増産」とは、やや異なります。
OPECプラスは、協調減産と自主減産を同時進行させています。自主減産を実施している8カ国においては、自主減産を縮小することで生産量は増加しますが、協調減産で設定されている上限(グラフ内の赤線)を超えて生産をすることはありません。つまり、需給が大きく緩むことは想定されていないのです。
サウジが持つ「二つの顔」
なぜOPECプラスは、協調減産を継続しつつ、自主減産の縮小を同時に行っているのでしょうか。OPECプラス内のOPEC側のリーダー格で、減産の方針の決定に深く関わっているサウジを取り巻く環境を確認します。
サウジには「二つの顔」があります。
一方、「産油国の顔」とは、OPECプラスのリーダーとして影響力を維持しようとする顔です。「OPECの盟主」と呼ばれた以前の状況を目指す顔です。産油国という共通点を持ちつつ、紛争に関わるロシアやイランなどの国々と、コミュニケーションをとる場面もあります。
図:サウジアラビアの「二つの顔」

二つの顔はそれぞれ、原油価格の動向について、どのように考えているでしょうか。「西側の顔」のサウジは下落してもよい、「産油国の顔」のサウジは上げたいと考えているでしょう。この点が、自主減産を縮小していることと、協調減産を継続していることの理由です。
サウジがこうした「二つの顔」を持ち始めたタイミングは、2010年ごろからだった可能性があります。サウジを取り巻く環境が大きく変化したタイミングが2010年ごろだったためです。
国際通貨基金(IMF)が推計・公表している、財政収支が均衡するために必要な原油価格に、ヒントがあります。
図:サウジアラビアの財政収支が均衡する時の原油価格 単位:ドル/バレル

2010年ごろに急激に上昇しました。その後、80ドルから100ドルの間で推移しています(2024年は約90ドル)。財政収支を安定させるために必要な原油価格が上昇することは、国内で膨大な資金が必要になったことを意味します。
2010年ごろといえば、リーマンショック(2008年)後に、西側諸国がさまざまな新しい技術・考え方を開発・提唱し、世界情勢が急速に変化し始めたタイミングです。このタイミングに、サウジに何が起きたのでしょうか。
サウジは新技術のマイナス面の犠牲者か?
V-Dem研究所(スウェーデン)は、世界各国の民主主義に関わる情報を数値化し、多数の指数を公表しています。「自由民主主義指数」もその一つです。
法整備、裁判制度、言論の自由など、民主主義に関わる多くの情報を数値化したこの指数は、0と1の間で決定し、0に接近すればするほど、その国が自由で民主的な度合いが低いことを、1に接近すればするほど自由で民主的な度合いが高いことを意味します。
下記グラフは、同指数の世界全体とOPECプラスの平均の推移です。2010年ごろ、世界全体の同指数は、急激に低下し始めました。OPECプラスの同指数は、それまでの緩やかな上昇が止まり、低下し始めました。
図:世界全体・OPECプラス(現減産実施国)の自由民主主義指数

自由民主主義指数が低くなると、法の支配や独立した司法が機能しなくなる、国家間の枠組みにおけるルールが順守されなくなる、などの動きが目立ち始め、徐々に自国の利益を第一にする考え方が支配的になります。
資源を持っている国の同指数の低下は、資源を出し渋る懸念、言い換えれば「資源を武器として利用する」可能性が高まっていることを示唆しています。
資源を持っている国は、自国の資源を武器として利用することで、(1)自国の食・エネルギー供給の安定、(2)西側に対する影響力の安定、(3)価格の安定(=高止まり)の、三つの安定を目指すことができます。
OPECプラスが協調減産(自主減産ではない)を維持していることや、ロシアが西側諸国などに対して穀物やエネルギーの輸出制限を行っていること、一時、インドが自国の食の安全保障を理由に小麦の輸出を停止したことなどは、まさに出し渋り「資源の武器利用」の例です。こうした「資源の武器利用」は、当該品目の需給ひっ迫懸念を強めます。
なぜ、世界の民主主義が停滞し始めたのでしょうか。世界で拡大し始めた新しい技術・考え方の「マイナス面」が目立ち始めたことが原因と考えられます。
図:2010年ごろ以降の世界分断と高インフレ(長期視点)の背景

2010年ごろ以降、しばらくの間、人類が本格的に開発を進めてきた技術(ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)や人工知能(AI)など)や推進してきた考え方(環境・社会・企業統治(ESG)や多様性・公平性・包摂性(DEI))は、確かに社会にプラスの影響をもたらしました。
SNSは、人々のコミュニケーションを円滑にし、AIは膨大な作業を効率化しました。ESGは環境保護や人権保護の機運を高め、DEIは他者を認める心を育んだりしました。これらは確かに、社会を良くしました。しかし、行き過ぎてしまったことで「マイナス面」が目立ち始めました。
SNSはデマ、誹謗中傷、感情噴出が横行する場となり、AIは人類から最後の資産といわれる思考を奪い、ESGは資源国を財政難など窮地に追い込み、DEIはキャンセルカルチャー(好ましくないと考える人や組織を一方的に批判したり、不買運動を行ったりすること)の温床という側面が強くなってしまいました。これらはどれも、民主主義が目指す方向と真逆を向いています。
こうして目立ち始めた民主主義の停滞は、世界分断を加速させ、戦争勃発・悪化の一因となったり、資源を持つ非西側諸国に資源の武器利用(出し渋り)を促し、さまざまな品目の価格を高騰させて長期視点の高インフレの環境をつくり出したりしました。
サウジはこうした世界的な長期視点の潮流にのまれ、二つの顔を持つようになったと考えられます。その他の多くの産油国も、特にESGの普及による打撃を受け、資源の武器利用による価格の安定(高値維持)を目指す姿勢を鮮明にしていったのだと、考えられます。
新技術・考え方は良かれと思って人類が生み出しました。それゆえ、それらを撤回する動きは発生しにくく、今後も長期視点で、こうしたマイナス面は世界の民主主義を停滞させ続け、資源国を資源の武器に駆り立て続ける可能性があります。
原油およびガソリン価格の高止まりは続く
サウジなどの産油国を取り巻く環境を考えれば、長期視点で原油価格が急落することは、考えにくいといえます。短期的な反落は起きたとしても、冒頭で示したグラフのとおり、一定の水準で反発する可能性があります。
こうした条件を想定すると、日本国内のガソリン小売価格も下がりにくい状況がしばらく続く可能性が出てきます。
以下のとおり、日本のガソリン小売価格に占める原油価格はおよそ4割です。この4割に、OPECプラスの生産動向やトランプ氏が繰り出す関税政策などがもたらす影響が及びます。
図:2024年のガソリン小売価格 補助なし・あり(筆者推定・年間平均) 単位:円/リットル

また、以下の通り、ガソリン小売価格に占める諸コストが上昇傾向にあることにも、注意しなければなりません。2000年から2010年代前半では1リットルあたり30円前後でした。しかし、2010年代後半以降、上昇傾向にあります。この点もまた、ガソリン小売価格を高止まりさせている大きな要因です。
諸コストは、ほぼ日本国内で発生しています。原油をガソリンなどのさまざまな石油製品に精製したり、精製した石油製品を貯蔵・輸送したり、ガソリンスタンドで販売したりする際に発生するコストです。こうした一連の流れにおける人件費や電気代も含まれます。また、石油会社特有のコストとして、ESGを順守するためのコストもあります。
こうしたコストが年々上昇傾向にあるのは、原油相場が長期視点で高止まりしている影響が大きいといえます。短期的に反落しても、長期的な高止まりが続いている以上、こうしたコストはなかなか減少しません。
図:諸税抜きガソリン小売価格、原油輸入単価、諸コストの推移 単位:円/リットル

原油相場を長期視点で安くするためには、OPECプラスが協調減産をやめることが欠かせません。新しい技術・考え方のマイナス面拡大→世界の民主主義後退→世界分断深化→資源の武器利用拡大→長期視点の原油高止まり、という流れを食い止めることは、簡単ではありません。まだしばらく原油高・ガソリン小売価格高が続くと、筆者は考えています。
[参考]エネルギー関連の投資商品(一例)
国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)
NNドバイ原油先物ブル(2038)
NF原油インデックス連動型上場(1699)
WTI原油価格連動型上場投信(1671)
NNドバイ原油先物ベア(2039)
外国株式(NISA成長投資枠活用可)
エクソン・モービル(XOM)
シェブロン(CVX)
オクシデンタル・ペトロリアム(OXY)
海外ETF(NISA成長投資枠活用可)
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF(IXC)
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド(XLE)
投資信託(NISA成長投資枠活用可)
シェール関連株オープン
海外先物
WTI原油(ミニあり)
CFD
WTI原油・ブレント原油・天然ガス
(吉田 哲)