※本稿は、平井宏治『国民搾取』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■「セブン‐イレブン」買収劇が起こった背景
2024年8月、株式会社セブン&アイ・ホールディングス(セブン&アイHD)がカナダのコンビニ最大手であるアリマンタシオン・クシュタール(アリマンタシオン)から買収提案を受けていることが報道され大きな話題となった。私たちが普段よく目にするコンビニエンスストア「セブン‐イレブン」が外国企業の経営になるかもしれないと一般の人たちの興味を集めた。
昨今、こうした大規模な日本企業の敵対的買収劇が話題になるようになった背景には、岸田文雄政権が進めた「対内直接投資(対日直接投資)推進政策」がある。
経済産業省のホームページには、岸田政権のこの政策について、〈「対内直接投資残高を2023年に100兆円とする目標の早期実現」という目標を定め、以下の五つの柱からなる「海外からの人材・資金を呼び込むためのアクションプラン(2023年4月26日対日直接投資推進会議決定)」を策定しました〉と説明されている。
5つの柱とは、次のとおりだ。
1・国際環境の変化を踏まえた戦略分野への投資促進・グローバルサプライチェーンの再構築。
2・アジア最大のスタートアップハブ形成に向けた戦略。
3・高度外国人材等の呼び込み、国際的な頭脳循環の拠点化に向けた制度整備。
4・海外から人材と投資を惹きつけるビジネス・生活環境の整備等。
5・オールジャパンでの誘致・フォローアップ体制の抜本強化、G7等を契機とした世界への発信強化。
■相次ぐ外国資本による揺さぶり
セブン&アイHDは、経済産業省策定の「企業買収における行動指針」に基づいて取締役会で提案を審議し、2024年9月の時点で、提案は受け入れられないとする意見をまとめた。アリマンタシオンから提案された「同意なき買収」に対して買収金額がセブン&アイHDの企業価値に見合っていないとしたのである。
その後、創業家および創業家の資産管理会社によってセブン&アイHDを買収したうえで株式を非上場化する計画が提案されたが、2025年2月に資金調達の面から計画は断念された。同年3月には、敵対的買収をしない旨の条項が盛り込まれるならば秘密保持契約を結んだうえでの買収協議を進める用意があるとの考えがセブン&アイHD側から明らかにされている。
セブン&アイHDが外国資本によって揺さぶられるのはアリマンタシオンの件が初めてではない。2021年5月、もの言う株主として知られる米国のバリューアクト・キャピタルがセブン&アイHDの株式を取得し、「セブン&アイHDは収益性の高いコンビニ事業だけに集中し、GMS(総合スーパー、General Merchandise Store)や百貨店事業は売却すべきだ」と主張した。「企業の所有者は株主である」とする株主資本主義に基づく主張である。
これに対し、セブン&アイHDは、「社会の公器である企業は、多様な利害関係者との長期的な関係を構築し、持続的な成長を目指すべきだ」と反論してバリューアクト・キャピタルと対立した。
■イトーヨーカドーが大量閉店に追い込まれたワケ
だが、2023年に岸田文雄政権が公表した「対内直接投資(対日直接投資)推進政策」が一因となって、イトーヨーカドーは、2024年から翌年にかけて百貨店事業の売却やイトーヨーカドーの大量閉店に追い込まれてしまう。
自民党が高らかに謳いあげる「新しい資本主義」のもと、セブン&アイHDでは、傘下の百貨店そごう・西武が売却され、祖業であるイトーヨーカ堂の株式は、スーパーやファミレスのデニーズなど非中核事業を束ねる中間持株会社「ヨーク・ホールディングス」にグループ内で移動したあと、2025年3月に、米投資ファンドのベインキャピタルへ8147億円で株式譲渡された。
スーパーマーケットは、日々、多くの人々が働く場所である。そして、そのほとんどはパートタイマーだ。
■生活の基盤がなくなってしまう懸念
イトーヨーカドーなどのスーパーマーケットには、レジで支払い対応する人や客からは見えないバックヤードで惣菜を作る人など、たくさんのパートタイムで働く人たちがいる。そして、総務省が五年毎に行っている「就業構造基本調査」の2022年度の結果から試算すると、日本国内の全パートタイム就業者の約半数は主婦であることがわかる。
つまり、2023年度においては、イトーヨーカドーで働く1万6668人のパートタイマーのうち、少なくとも8000人以上は主婦のパートタイマーだったと類推できる。
重要なのは、パートタイマーの受け入れ先が、そうした人たちにとって地元に密着した大切な生活基盤となっている、ということだ。イトーヨーカドーなどのスーパーマーケットは実は「生活のインフラ」なのである。当然、他店舗への異動などの雇用支援策もとられるが、家庭の事情で転勤できない者もいる。閉店は確実に地元に根差した生活のインフラ消失を意味する。
■日本企業は食いつぶされる
早稲田大学商学学術院教授で岸田政権下の内閣総理大臣補佐官顧問を務めたスズキ・トモ教授は日本工業新聞電子版(2021年6月17日)でこう述べている。
「このままだと日本企業は機関投資家に食いつぶされる。英国のビジネススクールでは対日本市場戦略について次のように教えている。
2023年9月、まさにここで述べられている「英国のビジネススクール」で教えられている通りのことが東芝で起きた。東芝は、2015年の不正会計問題に加え、2017年には米原発事業子会社の破綻により、巨額の損失を計上した。債務超過を回避するために東芝経営陣は、もの言う株主に新株を発行し、上場廃止を回避した。
だが、もの言う株主に株式を持たれた東芝はしゃぶりつくされた。一時は、東芝の防衛事業が売りに出るのではという噂まで出た。国家安全保障に問題が波及する事態に至り、国内投資ファンドの日本産業パートナーズを中心とする企業連合による株式公開買い付けが成立して、もの言う株主らが株式を売却し、東芝は同年12月に上場廃止となり、企業再建の道にある。
■首切りが横行している日本企業
しかし今、コーポレートガバナンス(企業統治)改革の美名の下でコーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコード、いわゆる「機関投資家の望ましい姿や行動を定めた指針」も、PEファンドに好都合な書き換えが次々と進んでいる。
こうしたなか、永谷園や大正製薬などはMBO(経営陣による自社の買収、Management Buyout)を行い、株式上場を止めている。もはや敵対的買収を防ぎ、中長期的に日本型経営を行おうとするならば、株式上場を止める以外にない、というのが現状だ。
日本文化に根差した日本型経営が否定され、欧米型経営に法律で無理やり改造され、日本のサラリーマンの給料は上がらなくなり、株主配当は増えている。
日本型経営では、一部の事業が不採算であっても会社全体でカバーすればよいとされたが、欧米型経営に転向した日本企業では、選択と集中の名のもとに、事業所閉鎖と首切りが横行している。
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平井 宏治(ひらい・こうじ)
経済安全保障アナリスト
1958年神奈川県生まれ。電機メーカーやM&A助言、事業再生支援会社などを経て、2016年から経済安全保障に関するコンサル業務を行うアシスト社長。M&Aや事業再生の助言支援を行う傍ら、メディアに寄稿や講演会を行う。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。著書に『経済安全保障のジレンマ』(扶桑社)などがある。
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(経済安全保障アナリスト 平井 宏治)