■6年で売上40億円を突破、現在も成長中
日本のアニメ、ラーメン、寿司だけでない。うまい棒やミルキー、イチゴ味のキットカット、揚げせんべいが海外でウケている。仕掛ける会社は、日本の駄菓子や和菓子などを詰め合わせたボックスを海外向けにサブスクリプションで販売する「ICHIGO(イチゴ)」だ。
日本限定のお菓子など15種類を詰めた「TOKYOTREAT」、全国各地の銘菓を詰めた「Sakuraco」を、米国やイギリスなど海外187カ国に届けている。2015年創業から6年で売上は40億円に到達。販売数は累計350万個、顧客数は約560万人を突破した(2024年9月時点)。
ここ数年のインバウンドの好調とともに、海外で日本のお菓子の認知度が高まり、売上はさらに伸びている。
「当初、日本のアニメや漫画、ファッションといったポップカルチャーが好きだから、というのが当社のユーザーの入り口でした。今は、日本へ旅や留学をしたい、お土産でもらっておいしかった、自分へのご褒美など、間口が広がっています。つまり、まだもっといける。そう思っています」
創業者の近本あゆみ(40)は自信を見せる。
ICHIGOの前身となる会社を立ち上げたのは30歳の時。そもそも、日本のお菓子の越境ECを手掛けようと思ったきっかけは何だったのか?
■「日本の物」を買い求める外国人観光客
「日本のお菓子を海外に売りたいと思ったのが起業の動機ではないのです。越境ECビジネスを中国あるいは米国向けに展開すること、それが出発点でした」
インバウンドが活気を帯びてきた2012年、近本は銀座で訪日客が爆買いする様子を目にした。外国人観光客が買い物していたのは、日本の化粧品、電化製品、お菓子、おもちゃ、文具などありとあらゆるメイド・イン・ジャパンの商品。「日本の物は海外で需要があるかもしれない」とこの時、EC商材としてのポテンシャルを感じたという。
当時、近本はリクルートで国内向けのEC事業の新規開発に携わっていた。商圏が一気に拡大していくEC事業のおもしろさに夢中になったが、国内向けのEC市場は飽和状態にあり、新規事業は苦戦を強いられた。
「ECビジネスは海外に活路があるのではないか。日本の物を海外へ届ける事業であれば、自分の手でECビジネスができるかもしれない」
学生時代に友人が立ち上げたベンチャーに携わった経験から、ゼロから一を作り出す起業に関心があった。起業をキャリアプランに描いていた近本は2012年、28歳でリクルートを退職した。
■自分は英語が話せなくても問題ない
「当時日本のEC輸出額は中国が約1兆円、米国が約5000億円。巨大市場の中国で勝負したいと思ったのですが、社会的・経済的リスクを考慮して、2番目に大きい米国市場にターゲットを絞りました」
壮大な事業構想を固めた。
「英語のできる海外生活の経験のある人をパートナーにすれば、問題ないと考えていました」
起業資金を稼ぎつつ、パートナー探しのためスタートアップの交流会などに参加した。そうして出会ったのが、共同創業者のデビッド・アシキンだ。英語、日本語が堪能で中国語も話すエンジニア出身の伴走者とともに、マーケティング調査・競合調査を行い、商材の設定、ターゲット層などを絞り込んでいった。
個人輸出というスモールビジネスの域を越え、会社としてEC販売を事業化する。そのための戦略の一つが、日本ではまだ珍しかったサブスクリプションサービス「サブスク」だった。
■日本のお菓子はサブスクと相性がいい
「当時、アメリカ国内では、男性用カミソリの替刃や化粧品、アニメグッズ、お菓子など消費財をボックスに入れて毎月届けるサブスクリプションサービスが流行していました。サブスクであれば、年間売上の見通しが立ちやすいうえに、解約されない限り売上は基本的に積み上がっていくので、安定性のあるビジネスモデルです。何よりも、日本発のサブスクビジネスを始めるのも、おもしろいかなと思いました」
すでに米国発で日本のお菓子を届けるサブスクサービスはあった。中身を見ると、米国内で製造されている「日本もどきのお菓子」や、米国でも買える日本の定番のお菓子だった。それでも会員数は数万人規模もありビジネスとして定着している。
「日本しかない限定の味を入れたら、絶対にうけると思ったんですね。それに日本のお菓子の品ぞろえの豊富さは、海外ではありえません。商品開発のスピードがとても早いので、毎月あるいは季節ごと、地域ごとに新商品が発売される。つまり、海外では手に入らない珍しいお菓子を毎月品を変えて届けることができる。日本のお菓子はサブスクに相性がいいと思いました」
■自宅で商品を詰め、発送する地道な作業
季節限定のキットカットやポテトチップス、グミ、カップヌードル、ドリンクなど計15~20種を詰めた「TOKYOTREAT」が2015年3月、誕生した。
Facebookやグーグルに載せたウエブ広告の反響は予想以上だった。ポップな色をしたお菓子の袋の数々に惹きつけられた米国人からの注文が発売時の30~50個から徐々に増え、3カ月で月商100万円を超えた。さらに6カ月後には売上は5000万円に達した。
うれしい悲鳴だが、販売現場では実際に悲鳴を上げていた。予想以上の売れ行きで人員を増やし倉庫兼オフィスを開く準備も間に合わず、半年間は共同創業者と2人で近本の自宅でお菓子を箱に詰め、発送する家内工業的な作業に追われた。
最大のトラブルは、商材のお菓子だった。
■菓子問屋から「門前払い」で大ピンチ
「最初のころは、製菓メーカーに連絡しても問屋から商品を購入するように言われ、問屋へ行くのですが、売ってもらえず門前払いでした。保証金1000万円を払うといった縛りがあったのです。必死でコンビニや大手ディスカウントストアで買い集めたり、現金問屋で大量に仕入れたりして、運送会社を手配して自分が2トントラックの助手席に乗ってお菓子を運搬していました」
菓子業界の商習慣があることすら知らなかった。掛けあった問屋は約30軒。ボックスに詰めるお菓子集めに半年間は奔走した。
潮目が変わったのは、会員数が増えて売上が上がったこと、と同時に、バイヤー経験者を採用したことだった。それでも、現金問屋から2次問屋、最終的に大手の1次問屋と取引できるようになるまでに約5年はかかった。
実績を積んだ同社は今では、大手菓子メーカーや地方の老舗菓子店からの商品開発や取引の引き合いが絶えない。これによって静岡のお茶メーカーとコラボしたティーバッグなどオリジナル商品も展開できるようになったという。
取材した2025年8月の「TOKYOTREAT」ボックスのラインナップは、うまい棒めんたい味やヤングドーナツ、どんどん焼きといった昔ながらの駄菓子のほか、キットカットのショコラオレンジ味、グリーン豆塩わさび味、カップみそ汁など多彩だ。
■海外ユーザー「伝統的な和菓子を食べたい」
また、取引先の拡大によって、新たなボックスが生まれた。地方の伝統和菓子を詰めたボックス「Sakuraco」だ。
「派手なデザインでインパクトのあるものが海外では人気があると思っていたので、予想以上の売れ行きで正直驚いているんです」
餅や金平糖、おせんべいなど各地方ならではの特色ある和菓子をシックな和風の色をした箱に詰めた「Sakuraco」。2021年の発売から数年で、主力商品の「TOKYOTREAT」の売上を抜いた。
当初、企画会議の度に提案に上っていた和菓子だったが、「餡や餅では地味過ぎて海外に伝わらないのではないか」という意見に押されて、企画止まりになっていた。それが形になったのは、当時の海外ユーザー180万人の「日本人が食べている伝統的な和菓子を食べたい」という声だった。
■日本の食文化や歴史も学べる小冊子付き
「新しい企画を始める際、ユーザーのアンケート調査を行うのですが、その結果、欲しいボックスの一番人気が和菓子だったのです。市場に需要があると見込んで、ゴーサインを出しました」
「北海道の夏」「鎌倉の正月」など季節の風物詩を合わせた和菓子の毎月のテーマが、お菓子で季節を表現する習慣のない海外では新鮮に映っている。
2025年8月のテーマは「大阪の味わい」。粟おこしや都こんぶ、わらび餅といった銘菓に加えて泉州たまねぎサブレ、紅しょうが揚げなどのスナック菓子、手ぬぐいまで入っている。
海外の人々にとって、もう一つの魅力は同梱の小冊子だ。ボックスに入っている商品の製造現場を取材して丹念に工程を説明した記事や、その地域の観光名所の見どころや歴史などを説明した記事が盛り込まれており、さながら日本文化の入門ガイドブックのような作りになっている。
和菓子を食べながら冊子を読み、日本文化を丸ごと体感できる。そうした同社のサービスが高く評価され、売上に結びついている。
■和菓子業界と海外を結ぶ「橋渡し役」に
また、数字だけでなく、思わぬ大きな収穫があったと、近本は話す。
Sakuracoが、コロナ禍の影響で商いが立ち行かなくなった地方の老舗和菓子店や家族経営の小さな和菓子店の新たな販路となり、和菓子の伝統を支える一助になったことだった。
和菓子を購入する人口が減るなか、海外へ販路を求め模索している和菓子店と海外とを結ぶ橋渡し役になり、地方活性化へ貢献するという新たなミッションも生まれた。
「受け継がれた伝統を守ろうと老舗和菓子店が真摯に作り続けている和菓子の魅力を海外の人々に届けることで、和菓子業界を少しでも盛り立てることができればと思っています。また、和菓子を口にした人がその土地を訪れるきっかけにもなる。実際に『大阪』をテーマにしたボックスを受け取ったアメリカ人が大阪の和菓子店を訪れて買い物するという、うれしい話もお菓子メーカーやお店から届いています」
地元の老舗和菓子店やメーカーと取引のある地方の信用組合や、自治体とのコラボレーションの機会も増えている。これまで巡った地域は、大阪、京都、北海道、日光、神奈川など。今後、海外からの観光客が訪れる地域をテーマに展開していく予定だという。
(本文中敬称略)
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近本 あゆみ(ちかもと・あゆみ)
ICHIGO代表取締役CEO
1984年生まれ。2009年早稲田大学人間科学部卒業後、株式会社リクルートに入社。入社2年目から国内向け通販の新規事業にて企画を担当。その後リクルートでのECの経験を活かし、日本のお菓子は海外の幅広い人に受け入れられると考え2015年にmovefast(現 ICHIGO)を創業しサブスク型越境ECサービス「TokyoTreat」をローンチ。3児の母でもあるワーキングマザー。
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(ICHIGO代表取締役CEO 近本 あゆみ 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)