■お客さんのSNS投稿が最高のPRに
招き猫や新幹線などポップなイラスト入りのビビッドな色のボックスに、ぎっしり詰まったカラフルなお菓子の袋。毎月、日本の駄菓子やスナック菓子が届くサービスが「TOKYOTREAT」だ。
ボックスを受け取った海外のファンがいち早く、最新のお菓子の「推し」の画像や動画をインスタグラムやTikTok、YouTubeなどに投稿する。その投稿が拡散し、新たなユーザー獲得へとつながる。
売上は2015年のスタートから6年で40億円を突破し、現在も順調に伸ばしている。利用客は20~50代で女性が8割。187カ国にわたる販売先はアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアが多く、欧米で全体の9割近くを占めるが、アジアや中東、アフリカにも広がる。
■海外の人に「刺さる」ための人材登用
SNS上での販促のために、SNS映えする箱のデザインと詰め合わせるお菓子のセレクトは、最重要課題として常に意識している。
そのため、海外の人たちの好むインパクトのあるデザインや英語でのSNSの展開は、日本通の外国人社員が担当する。従業員約100人中6~7割を外国人が占める、日本企業ではめずらしい職場になっている。
「海外向けのビジネスなので、デザインにしてもマーケティングにしても、日本人の感覚ではどうしても通用しません。
■日本人の視点と外国人の好みの「融合」
お菓子の買い付けは日本人スタッフが担当する。「日本人が海外に届けたい、本物の日本のお菓子」を基準にセレクトするのだが、海外の人々の嗜好に合うとは限らない。
たとえば、日本を含むアジア圏で人気のエビやイカの身を使ったお菓子は、欧米では不人気だ。そうした感覚の差を埋めるため、日本人バイヤーと外国人のマーケティングスタッフとで会議を重ね、最終的にラインナップを決める。
社員の出身国は米国、カナダ、インドネシア、フィリピン、韓国など10カ国に及ぶ。さまざまな国の社員から見た「日本」を意識した商品づくりにこだわり、外国人を積極的に登用しているという。
ただし、「組織づくりには苦労しました」と、近本は話す。
共通語は英語と日本語だが、文化背景の異なる社員同士がスムーズに意思疎通を図り、柔軟性のある組織を構築するまでに、2、3年はかかった。
「日本の会社の当たり前のルールが通じない。
■「すべて自社で」が生き残れた秘訣
このような苦労も重ねた結果、スピーディーな決断に対応できる柔軟性のあるチーム体制を構築できたことが、同社の強みになった。そして、もう一つの強みは「内製化」だと、近本は自信を込めて言う。
創業当初から企画、商品選定、制作、倉庫管理、梱包、発送まで自社でオペレーションを行う自社一気通貫にこだわっている。初期には一部をアウトソーシングしたこともあったが、自分たちの目で見て作業を確認したほうが、改善点をすぐに修正しプロダクトに反映できると結論づけたという。
お菓子の色使いを意識した商品の梱包、受注から3営業日以内の出荷、カスタマーサポートによる21時間以内のファーストリプライ対応など、きめ細やかな顧客目線のサービスが内製化によって可能になった。
「倉庫の管理、システム設計、マーケティングなどアウトソーシングしないですべて内製化しているので、むだなコストをかけずプロダクト開発に集中できる。国内外にいた約30社の競合企業が淘汰されていくなか、私たちが実績を積み上げることができた要因は、『内製化』に尽きると思います」
■サブスク事業の次は、未知の飲食業へ
TOKYOTREAT、Sakuraco、さらに、キャラクターグッズのボックスYumeTwins、韓国と日本のコスメグッズnomakenolife、人気アイテムの単品販売のサイトJapanHaul、オンラインクレーンゲームアプリTokyoCatchの6事業へ領域を拡大する中、2024年は飲食店事業へ参入という新しいフェーズに移行した。
2024年8月、綿あめやいちごあめの専門店を運営するGOOD IDEA COMPANY(奈良県広陵町)を26億円で買収、訪日客をターゲットに実店舗の経営に乗り出した。
ICHIGOは、同社を子会社化、原宿・竹下通りや那覇・国際通りなどの人気観光地にある既存の26店舗に加え、新規5店舗を運営する。さらに、訪日客をターゲットとした新たな飲食店も立ち上げた。
「飲食関係をやったことのない私たちがいきなり30店舗を運営していくのは、かなりむずかしいなと感じています。働き方から必要なスキルや知識まで何から何までまったく違う。さらに飲食店事業も展開していくので、さまざまな課題に直面しています」
■既存サービスが陰る前に先手を打つ
2025年9月には東京・秋葉原のドン・キホーテ店内に、初のフライドサンドイッチのテイクアウト専門店「SANDO LAB TOKYO」をオープンした。自社開発のトロトロ卵をカリっとした揚げパンで包んだオリジナル商品が一押しメニューだ。
この店舗は訪日客のフィードバックを得るための位置づけと捉えている。そこで得たデータを踏まえて次のフェーズへの移行を見据えている――海外への進出だ。
「日本の物を海外へ販売する知見が蓄積されてきているので、海外で事業をやらない理由はありません。海外のスーパーが少しずつ日本のお菓子を扱い始めており、日本のドン・キホーテさんがどんどん海外出店していて、日本のお菓子を持って行く。そうなると、いつかは店舗でお菓子を買うことになり、ボックスは要らないというようになるかもしれません。SakuracoやTOKYOTREATだけに依存するのは会社としてリスクがあると判断したのです」
■家に帰れば6歳、4歳、1歳のお母さん
「朝一から会議で、子供のお弁当作りと食事をさせて時間がなかったので、スッピンですみません」
小柄で華奢な女性の第一声だった。
私たち取材陣の前に物腰柔らかに現れた近本あゆみは、ICHIGOとGOOD IDEA COMPANYの経営に携わる傍ら、子供3人(6歳、4歳、1歳)の母親業もこなす。
30歳で起業。
「ストレスを感じることもしょっちゅうです。家では内製化は絶対ムリなので、家事はアウトソースして、母に手伝ってもらっていますし、ベビーシッターやヘルパーさんに頼っています。お母さん業は内製化できないので、家では子供のお弁当や食事を作ったり子供と遊んだりしますが、夫婦の食事は作りませんし、家事は基本一切しないと決めています。そうでなければ、仕事と家庭の両立はムリです」
仕事は朝8時半から夜7時まで1分も休憩なく、集中して働く。取材日も「昼食は食べていません」と当たり前のように話す。家では朝夜は子供と過ごす時間と決め、子供の寝静まったあと夜11時まで仕事を続けることも。週末はのんびりしようと思うが、いまは趣味の水泳をする時間も取れない。
■「逆境を乗り越えてきた経験」が原動力に
「苦しい状況や逆境を乗り越えるのが好きなのかもしれません。毎日トラブルの連続で対応するのは嫌なのですが、それでも何とかがんばれる。
創業当初、菓子問屋に門前払いにされて自力で仕入れから梱包、配送までやるしかなかった1年間。コロナ禍で国際配送が全面停止し、民間業者に頼み込んで再開のめどを付けた1カ月間――。数々の逆境を乗り越えてきたからこそ、いまの自信につながり、原動力にもなっている。
いま乗り越えるべき逆境は? と聞くと、瞳を輝かせてこう答えた。
「逆境が待ち構えているかもしれませんが、今すぐにでも海外に進出して新しい飲食店事業にチャレンジしたいんです。東南アジア、そして米国へ、日本の物、日本の文化を届けたい。あと1年も時機を待っていられません」
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近本 あゆみ(ちかもと・あゆみ)
ICHIGO代表取締役CEO
1984年生まれ。2009年早稲田大学人間科学部卒業後、株式会社リクルートに入社。入社2年目から国内向け通販の新規事業にて企画を担当。
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(ICHIGO代表取締役CEO 近本 あゆみ 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)