結果を出せる営業マンは、どんな工夫をしているのか。キーエンスに13年半在籍し、営業サポート事業を展開する企業を創業した齋田真司さんは「営業マンにとって身だしなみは重要。
キーエンスでは派手なものを避け、シンプルなものを身に付けることを勧められてきた。『高級ブランドの腕時計は着けない』ことも推奨されていたが、これには明確な理由があった」という――。(第2回)
※本稿は、齋田真司『キーエンス 最強の働き方 新人からベテランまで、最短で成果を最大化するシンプルなルール』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■「違和感を取り除くこと」が重要
愛される人になるための第一歩は、「見た目」から始めましょう。私の基本姿勢は「違和感を取り除くこと」。見た目で相手に違和感を持たれてしまうと、その後の営業活動すべてに悪い影響が出てしまいます。
違和感をなくし、失敗の確率を1%でも下げるための身だしなみの基本を最初にお伝えします。
キーエンスには当時、営業パーソンに推奨されているドレスコードがありました。スーツは黒か紺で、派手なストライプなどが入っていない無地のもの。男性の場合、ダブルではなくシングルのスーツを選ぶよう勧められました。
ワイシャツは白一択。ネクタイは色指定こそなかったものの、派手なものを避けることが推奨され、多くの人が無地やシンプルなストライプの、ブルーや紺、緑のものを選んでいました。
そして靴はオーソドックスな(甲に飾りが付いていたりつま先が尖っていたりしない)形の、黒い革靴です。
私は6000~7000円ぐらいの、一般的なスーツ店で売られているものを使っていました。これらは私が勤めていた2010年代の話ですので、現代はもっとカジュアルなジャケットスタイルなども受け入れられる傾向にあります。あくまでも、オーソドックスな服装の参考とお考えください。
「大人なんだから、服ぐらい好きなものを着てもいいじゃないか」と感じる方もいるかもしれませんが、これは仕事のための服装です。「好きなもの」を着ると仕事に支障が生じる恐れがあるのです。
■仕事着は個性を発揮するためのものではない
私は仕事の原則として、「相手に違和感を与えないこと」が重要だと考えています。
自分の「好き」を優先することで、取引先の方に少しでも違和感を持たれるとしたら、あまりにももったいない。個性はプライベートの時間に発揮すればいいのです。
「見た目で特徴を出して、相手に覚えてもらいたい」という考え方もあるでしょう。しかしそれは、序章でお伝えした「一方通行による違和感」の危険と隣り合わせ。服装は相手の反応を見て即座に変えるわけにはいきません。
会った瞬間、服装に違和感を持たれてしまったら、マイナスイメージからのスタートになってしまいます。
もちろん、多くのお客様は服装だけであなたを判断したりはしないでしょう。でも仮に、こう考えてみてください。100人に1人でも、あなたが着る派手なストライプのスーツに違和感を持つ方がいるとしたら?
100人に1人でも、あなたが選んだピンク色のネクタイに、「いい大人がピンクかよ」と感じるお客様がいるとしたら? 100人に1人でも、高級ブランドのとんがった靴に「お金持ちでいいご身分だなぁ」と反感を持たれるとしたら?
大きな売上の見込めるお客様が、「100人に1人」になる可能性は十分あるのです。そんなリスクを冒してまで、仕事のための服装で個性を発揮する必要はないと考えるのがキーエンス流です。
■「そもそもつけない」という選択肢もある
腕時計は、ビジネスパーソンにとって最も個性が表れるアイテムかもしれません。
機械式こそ最上と考える人、正確なクオーツ一択という人、タフな「Gショック」しか使わない人、あえて2000円ぐらいのリーズナブルなデジタル時計を使う人など、多くの人が腕時計にこだわりや愛着を持っています。
頭や足元と同様、腕元は体の「先端」に位置する箇所なのでおのずと相手の目に留まりやすいもの。先輩や取引先などからアドバイスされたり注意されたりすることも多く、あらゆるシーンで使いやすい「アップルウォッチ」が登場するまでは、腕時計はビジネスパーソンの服装で最大の悩みの一つだったのではないでしょうか。
ここでクイズです。
営業パーソンにとって最適な腕時計とはどんなものでしょうか?
私が考える「正解」は、腕時計を着けないこと。これが私の「愛されテク」です。

キーエンスでは当時、「営業先では高級ブランドの腕時計は着けない」ことが推奨されていました。その頃から「給料が高い会社」というイメージを持たれていただけに、高額な腕時計を着けることで反感を招くのを避ける意味合いでした。
キーエンスの主力商品は工場自動化のためのセンサーや測定機ですから、営業で訪れるお客様の多くは工場で、お会いする相手は現場の技術者のみなさんです。そこにキラキラ光る高級ブランドの腕時計を着けた人間が現れたら、違和感どころかムカつかれてもしょうがありません。
■「センスのいい腕時計ですね」と言われ…
営業パーソンとして働き始めた当時の私が着けていたのは、若者に人気があったカジュアルブランド「アニエスベー」の、3万円ほどの腕時計でした。
お値段の割に高級感があるデザインが気に入っていましたし、3万円程度なら一般的に高級ブランドとは言わないと考えていました。しかしあるとき、少し仲良くなった取引先の担当者から、こんなことを言われてしまったのです。
「センスのいい腕時計ですね」その瞬間、はっとして自分の腕時計に目をやりました。今の言葉は、単純に自分が選んだこの時計をほめてくれたのだろうか。もしかしたら、「給料がいいから、いい腕時計をしてますね。うらやましいことで」という意味合いがこもっているのではないだろうか。もしくは、「そんな時計をしていると反感を持たれるかもしれませんよ」とアドバイスしてくれているのだろうか、と。

そもそも私自身、「お値段の割に高級感がある」と思って選んでいるわけですから、相手の方に「高級そうな時計だな」と思われるのは当然です。3万円だから高級じゃない、という考え方も自分の主観でしかなく、相手の方の感覚によっては3万円でも十分高級かもしれません。
これまで訪ねてきた数多くの取引先で、私の腕時計はどのように見られていたのか。何人かのお客様は違和感を、いやもしかしたら不快感さえ抱いていたのでは。
私は取引先を出た瞬間、腕時計を外してポケットに入れました。
■メリットよりもリスクを考えるべき
この時計は、お客様と会うときは二度と使わないと心に決めたのです。次の問題は、じゃあどんな腕時計を着ければいいのか。候補は、もっと安くて、しかも明らかに安く見える時計でしょう。
しかし私はもう一つの可能性を考えました。先ほどの担当者は、もしかすると腕時計がお好きで、私の時計を本当に「センスがいい」と感じてくださったのかもしれない。だとしたら、誰が見ても安っぽい腕時計を着けていると、そのようなお客様は逆に違和感を抱かれるのではないか――。
悩んだ結果、当時の私が出した結論は「腕時計は着けないのが正解」でした。
もちろん、腕時計を着けていないことに違和感を抱かれる可能性もゼロではありません。しかし、「高級感のある腕時計が与える違和感」「チープすぎる腕時計が与える違和感」「腕時計を着けていないことが与える違和感」を比べたとき、最もリスクが小さいのは腕時計を着けないことだ、と考えたのです。
それからは、取引先で腕時計が話題になることはなくなりました(当たり前ですが)。その後の私が多くの取引先のみなさまと良好な関係を築き、キーエンス史上初の3期連続営業成績トップという結果を出したことを考えると、この決断に効果があったことは間違いないと感じています。
■取引先によっては違和感ポイントは変わる
では、先ほども少し触れたアップルウォッチはどうでしょうか。
電車の中のビジネスパーソンを見ると「世の中の腕時計の半分ぐらいを占めるのでは?」と思わせるほどの定番商品であり、違和感を招く可能性は低いようにも感じます。しかし、私が担当していた製造業には中小零細企業も多く、必ずしも高い収入を得られていない方々もいます。数万円から十数万円もするアップルウォッチが当時存在していたら、「ほしくても買えない」と感じている人がいたかもしれません。
その方々の心情を考えると、やはり「着けないのが正解」と言えると思います。もちろんこれは、私が担当する取引先が「製造業の生産現場」だったという状況に合わせた考え方です。
あなたがお会いするお客様たちが富裕層ばかりなら、腕時計についての基準はもう少し緩くてもいいかもしれませんし、逆に高級な腕時計を着けないと違和感を持たれてしまう場面もあるでしょう。
たとえば現在の私は、未上場企業の経営者として様々な企業のトップや役員の方々とお付き合いする必要があります。
腕時計を着けないことで「齋田さんの会社はもうかってない=サービスがよくないのでは?」と違和感や不安を与えてしまわないよう、人にお会いするときは適度に高級感があり、派手すぎない100万円程度の腕時計を身につけるようにしています(私に似合っているかどうかはやや心もとないですが)。
■「自分を良く見せたい」と考えなくていい
ちなみに、大手新聞社の経済記者をしている友人は、私の話を聞いてから腕時計を着けないようにしているといいます。
彼は大企業の社長や政治家とも頻繁(ひんぱん)に会いますが、生活が苦しい方の話を聞くこともあり、「これまでは腕時計を着けていたことで、聞けなかった話があったかもしれない」と感じているとのことでした。
相手が自分の格好をどう受け止めるかを考え、違和感を持たれないよう心がける。これは、人に会ったり、人前に出たりするときは常に最優先に考えるべきことだと思います。腕時計に限らず、あえて高いものを身につけて自分をよく見せようとすると、相手は「マウントを取られている」とさえ感じるかもしれません。
自分をよく見せること、自分が好きなものを身につけることよりも、相手に違和感を与えないことをまずは最優先にする。それが、私が実践してきた「愛されテク」です。

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齋田 真司(さいた・しんじ)

キーレイズ代表取締役

2007年、株式会社キーエンスに新卒入社し13年半在籍。2022年、営業サポート事業を展開する株式会社キーレイズを創業。伴走支援先・研修指導先は多岐にわたり、大手から中堅中小まで、のべ3,000名を超える。著書に『キーエンス 最強の働き方 新人からベテランまで、最短で成果を最大化するシンプルなルール』(PHP研究所)がある。

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(キーレイズ代表取締役 齋田 真司)
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