6月25日、日産自動車の定時株主総会が終了した。今回の株主総会では、独立を維持したい日産との統合を目指すルノーの動きに注目が集まった。
今後、日産に求められることは、“粘り強く”ルノーと交渉し、なんとしてでも経営の独立を維持することだ。日産vs.ルノーの問題は、ひとつの自動車メーカーの範疇を超えている。両社の後ろには日仏両国が控えており、有体にいえば、国家間の問題といってもよいかもしれない。ルノーの15%の株式を保有するフランス政府は、ルノーと日産を統合してフランスの自動車会社にしたいと考えているだろう。ただ、フランス政府がゴリ押しすると、日産とルノーの距離がさらに離れることも懸念される。マクロン政権はそれを避けたいはずだ。
日産は、そうした状況をうまく使いたいところだ。日産とルノーはプラットフォーム(車体)を共有し、アライアンス維持は双方に欠かせない。これからも難しい交渉が続くことだろう。日産経営陣には粘り強い交渉を期待したい。
自動車産業をめぐる日仏両国の思惑現在、主要国にとって自動車産業は経済の大黒柱だ。
日本にとって、日産の経営の独立性(ルノーとのアライアンス<資本関係と協業>を維持しつつ、生産拠点の運営など経営に関する主要な意思決定は日産自らが下せる体制)を維持することは重要だ。報道されている内容に基づくと、日産は政府と連携してゴーンの不正支出疑惑の解明に取り組んだ。その背景には、日本として、日産の技術力が海外に流出することは避けなければならないとの危機感があったはずだ。
フランス政府にとっても、ルノーと日産・三菱自動車のアライアンス体制を維持して、全体での成長を目指したい。特に、足もとの自動車業界は“100年に1度”ともいわれるほどの大変革に直面している。
それが、CASEだ。Cはインターネット空間との接続(Connected)、Aは自動運転(Autonomous)、Sはシェアリングなどのサービス(Shared&Services)、Eは電動化(Electric)をさす。
ルノーはCASE分野での技術力に不安があるといわれている。つまり、ルノーが環境の変化に適応して持続的な成長を目指すためには、CASEに関する要素を取り込まなければならない。そのために、フランス政府はゴーンにルノー・日産・三菱アライアンスの運営をゆだね、統合の実現を追求した。
やや譲歩を示し始めたフランス政府ゴーン氏の捜査が進むにつれ、フランス世論からも同氏への批判が強まった。この状況のなかでフランス政府はすぐに経営統合を求めるのではなく、アライアンス体制の維持を通した日産とルノーの関係強化を重視するように見える。
この方針転換は、株主総会を控えるなかでのルノーと日産のやり取りを見るとよくわかる。今回の株主総会において日産は、指名委員会等設置会社への移行を目指した。この議案は定款変更であり、特別決議に該当する。特別決議では、議決権ベースで50%超の株主が出席した上で3分の2以上の賛成が必要だ。
当初、ルノーは自社の役員が要職に就いていないことを不服とし、投票の棄権を仄めかした。しかし、ルノーは棄権しなかった。
資本の論理に基づけば、日産がルノーの意向に配慮するのは避けられない。日産は最低限の譲歩でルノーをなだめられたともいえる。特に、指名委員会の委員長には経済産業省OBが就任した。ある意味、日産はルノーの意向が強くなりすぎないよう、くさびを打つことができたといえる。また、ルノーは日産の取締役人事にも賛成した。
加えて、フランス政府はルノー株の保有を減らす可能性に言及し始めた。ルノーとイタリアのFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)との経営統合交渉が破談になったこともあり、フランス政府は日産との良好な関係を維持しなければならない。ルノーのスナール会長も、資本関係について日産と対話する可能性を示している。
フランス政府とルノーの日産に対する圧力は低下している。重要なことは、ルノーと日産の良好な関係を維持することだ。もし、フランス政府がルノーと日産の経営統合を強引に推し進めれば、日産の“心”はルノーからさらに離れるだろう。
日産が今回の株主総会において新しいガバナンス体制を確立できたことは重要だ。これによって、従来よりも経営の意思決定に関する透明性を確保することはできるだろう。それは、日産が株主などの利害関係者に説明責任を果たすために欠かせない。
同時に、日産は長期的な視点をもって、粘り強く、あきらめずにルノーとの交渉を進めなければならない。なぜなら、ルノーが経営統合という最終的な目標をあきらめたわけではないと考えられるからだ。時間が経過するに伴い、フランス政府の意向も絡みつつ、ルノーは日産の経営に介入しようとする可能性がある。
特に、業績が悪化した際など、ルノーが日産経営陣の手腕を批判し、自社を中心とした経営の意思決定を目指すべきであると主張を強めることが考えられる。その場合、日産がどれだけの株主、その他のステークホルダーからの支持を取りつけられるか、現時点ではなんともいえない。
日産に求められるのは、トップが忍耐強くルノーとの関係改善と維持に取り組むことだ。そのためには、本業の強さを高めなければならない。電気自動車をはじめとする新しいモビリティーを同社が生み出し、ルノー以上の存在感を世界に示すことが求められる。
本業の強化に向けた取り組みを進めると同時に、日産トップはフランス政府の意向をうまく汲み取り、ルノーとの関係を強化してプラットフォームの共通化の推進などを通したコストのさらなる削減など、実利を得ることにこだわるべきだ。
日産トップには、この考えを実践していくことが求められる。加えて、日産には、長期戦を想定して忍耐強くルノーとの交渉に臨むために、その考えを引き継ぐことのできる後継者を確保しておくことも重要だ。それが、アライアンスを維持しつつ、日産が経営の独立性を確保していくために不可欠と考える。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)