7月22日、吉本興業の岡本昭彦社長が会見を開き、一連の騒動について謝罪したが、昨年「日大悪質タックル問題」で会見した内田正人監督(当時)と同様に“怖い凡人”の典型のように私の目には映った。

“怖い凡人”とは、必ずしも悪人というわけではないのに、想像力の欠如、思考停止、自己保身という3つの要因によって結果的に悪をなす凡人である。

この3つの要因が岡本氏には揃っているように見受けられた。そこで、それぞれの要因について分析したい。

想像力の欠如

 まず、宮迫博之さんや田村亮さんなどに対する「テープ回してないやろな」という発言について「冗談だった」と釈明したことが、失笑を誘い、「言い訳としてもひどい」と批判されているが、こういう反応を引き起こす可能性に想像力が及ばなかったようだ。

 この想像力の欠如は、会見の随所に出ている。たとえば、「俺には全員をクビにする力がある」という発言について、「僕自身はまったくそういうつもりはなかった」「父親が息子に『いいかげんにせい』と言うようなもの」と釈明したが、言い訳にしか聞こえず、怒りと反感を買った。

 また、会社とタレントのギャラ配分について質問を受け、「会社が9、タレントが1ということはない。ざっくりとした平均値でいっても、5:5か6:4です」と説明したことに対しても、芸人たちから反論と暴露が相次いだ。いまや、誰でもSNSで発信できる時代なのに、そのことに考えが及ばなかったようだ。

思考停止

 このように想像力が欠如しているのは、自分の頭で考えることができない思考停止によると考えられる。この思考停止が最も端的に表れたのが、会見の場での「あとで聞いてきます」という発言だろう。自分の頭で考えることができないからこそ、自分の発言がどういう事態をもたらすかに考えが及ばないのだし、ちょっと突っ込んだ質問をされると、「あとで聞いてきます」としか答えられないのだ。

「自分の頭で考えることができない人間なんて本当にいるのか?」と疑問に思われるかもしれないが、実際にいる。

しかも、学歴はあまり関係ない。たとえ高学歴でも、自分の頭で考えることができず、思考停止に陥っている人はいくらでもいる。

 とくに日本の入試制度では、主に記憶力と情報処理能力(速さと正確さ)を見るので、丸暗記してしまえば、思考力がなくてもかなり偏差値の高い大学に入ることができる。だから、一見いい大学、いい会社のエリートコースを歩んでいるようでも、自分の頭で考えることができない人は少なくない。

 この思考停止に拍車をかけるのが、“上の人”に無批判に服従する無批判的服従である。岡本社長も、上司や売れっ子芸人などの“上の人”の意向を「法」とみなし、それに徹底的に従うことによって、これまで身過ぎ世過ぎをしてきたのではないだろうか。

自己保身

 こうした無批判的服従は、もちろん自己保身のためである。岡本社長の会見には、自己保身の願望がにじみ出ていた。だからこそ、言い訳めいた釈明をのらりくらりと繰り返したのだろう。

 たとえ自己保身のためであっても、無批判的服従は日本のほとんどの組織で美徳とみなされる。しかも、服従する人間ほど“上の人”から気に入られ、甘い汁を吸える。逆に、服従せず、「それはおかしい」「そんなことはできません」などと声をあげる人間は、徹底的に干され、あげくの果てに排除される。

これは見せしめのためでもある。 

 そのため、「長い物には巻かれよ」ということわざ通り、とりあえず服従しておこうとなりやすい。第一、そのほうが面倒くさくなくていいと思う人も少なくない。しかし、こういう姿勢こそ、“怖い凡人”を生み出すのであり、誰でも岡本社長のようになりうる。

“怖い凡人”は、日本社会のいたるところにいる。しかも、出世して組織のトップに上り詰めていることも少なくない。岡本社長が激しい批判にされているのは、もちろん彼自身の資質にもよるが、それだけでなく似たような上司の下で苦労している人が多いからではないだろうか。
(文=片田珠美/精神科医)

参考文献
片田珠美『怖い凡人』ワニブックスPLUS新書、2019年

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