日々さまざまな研究成果を発信している理化学研究所。スーパーコンピュータ「京」から「富岳」への世代交代が話題を呼ぶなか、今回取り上げるのは現代の科学では再現の難しい、生物の機能を機械に取り入れたバイオ・マイクロナノデバイスの研究。
子供の頃から工作や発明が大好きだったという田中チームリーダー。これまでにもユニークな研究が多いが、今回は2019年になされた、身近にいるフトミミズを利用した弁(バルブ)の開発を紹介する。
生物機能と人工物の融合デバイスの例としては、原始的な発明品である「馬車」がある。馬から馬車を経て自動車が発明されたが、自動車ではエンジンを馬の代替として使用したと考えることができ、馬車は自動車のモデルになったといえる。
チームでは基礎研究としてミミズの筋肉の収縮を利用し、細胞や生体組織の機能を搭載したデバイスを開発することを目的として、ミミズの筋肉の1cm×2cmほどのバルブ機能を備えた装置を作成した。半導体製造技術(微細加工技術)を用いて、基板での化学操作や分析をするためのマイクロ流体チップに流路をつくり、そこに流れる水をバルブで完全に止める仕組みだ。
何より特筆すべき点は、動力源や刺激に電気を使わない点である。
代わりの動力源として人体に存在する化学エネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)を用いる。刺激方法としては、アセチルコリンという神経線維の末端から放出され、他の神経細胞や筋肉細胞に神経信号を伝える役割を担っている物質を利用することとした。
ミミズの体表は主に筋肉からできており、今回の実験に適していたため、日本で一般的に見られる「フトミミズ」を輪切りにして、シート状に広げて使用した。そのシートに対してピペットを使いアセチルコリンの溶液をかけることにより筋肉の収縮がおき、収縮によって押された装置のバルブが作動し、水の流れを止めることに成功した。なお、チームは2016年に今回の研究の前段階として、電気刺激を使いミミズの筋肉を使うポンプの作成に成功している。
駆動源にも刺激にも電気を用いない――ミミズを使ったポンプとバルブの違いはなんですか。
田中陽チームリーダー(以下、田中) 前研究になる実験を2016年に発表しました。それは電気刺激を使ったポンプです。
――応用としてはどのようなものを考えていますか。
田中 基礎研究ですから、いきなり社会で応用というのはなかなか難しいのですが、バルブとしては、ごく小さなデバイスとして体内に埋め込むことができれば、体の異変を自動的に察知して薬物を放出するなど、高血圧などの緩和に応用できるかもしれませんね。
――今回電気刺激を使わなかったのはなぜですか。
田中 体の中では電気は使いにくいですし、基本的には体の中にあるものを駆動源としたいと思いました。体の中で薬を放出する機械なども、電源がネックでなかなか実用化しません。人間の心臓は80年安定して使える、ある意味では究極の機械で、残念ながら今の機械で代用することは無理なんです。
――そう考えると生物は本当に神秘的ですね。
田中 駆動源にも刺激にも電気を用いずに、動きを外部から制御する装置としては、初めての例といえます。電気刺激のポンプと違い、アセチルコリンを使った今回の研究では、使用後に洗浄すれば複数回動作させられます。
――今後の研究における目標はどのようなものですか。
田中 研究はライフワークですので目標というと難しいのですが、ゴールをあえて設定するならば、実現には遠いですけど、例えば体に埋め込むことのできる医療機械などにつなげていきたいとは思っています。
――実用化への壁はなんですか?
田中 例えば今回のようにミミズを埋め込むとなれば普通は嫌ですよね。自分の細胞からつくるのがベストですから、iPS細胞など再生医療的知識も必要になります。
――研究は楽しそうですね。
田中 ものづくりは自分にしかできないことがたくさんあります。小学生の自由研究みたいな部分もあって。調べるだけなら誰でもできるかもしれないけど、つくるのは違います。理研のなかでも工学系の人はこういう人は多いかもしれません。
【終わりに】
田中チームリーダーは取材の最後に、オジギソウからロボットをつくるアイデアを話してくれた。理化学研究所は、現在3000人以上の研究者を抱えている。派手とはいえない研究も多いが、数えきれないほどの興味深い研究が行われている。理研のさまざまな研究成果に、我々が積極的に関心を持つことで、日本が誇るべき研究機関を活性化させることにつながるのではないだろうか。
(文=津田土筆)