最近、交通法規やマナーを無視したドライバーの事故や事件が多発している。高齢者の「ペダル踏み間違え事故」は一向に減る気配がない。
8月10日、常磐道で煽り運転事件が発生した。あろうことか、高速道路で進路を塞いだうえに、被害者男性に暴力をふるったのである。傷害容疑で逮捕(9月8日に強要容疑で再逮捕)された宮崎文夫の所業は、人の道を逸脱している。その暴行の様子を携帯電話で撮影していた喜本奈津子容疑者の罪も軽くない。
高速道路で後続車を停止させるのは、殺人行為にも匹敵する。まして、停車させて暴力をふるうなど言語道断。それを横で黙って見ていた女も、殺人ほう助に近い。自らの人生の不満の捌け口を、善良な市民に求めるのは人倫にもとる。
ともあれ、それにまつわる報道の不自然さが気になる。今回の宮崎容疑者の乗っていたクルマを「白い高級SUV」、あるいは「白い高級外車」と呼び、あたかも事件の重要な要素のように語られていた。
かねて、刑事事件の犯人を「赤いフェラーリに乗るオンナ」であったり、「黒い高級外車に乗るオトコ」といった表現で報じられることが少なくない。
井戸端会議的なワイドショーで、コメンテーターが幼稚な会話を続けるのも滑稽である。「白い高級外車に乗って、いい気になっていたのでしょうね」などと、稚拙な論調を振りかざすタレントにもあきれる。
これが、逃亡する容疑者の所在発見のためのモンタージュ写真のように、車種を公表することで逮捕を早める効果を狙った情報提供ならばともかく、そればかりではない。
宮崎容疑者が乗っていたクルマは確かに高級外車であり、SUVというジャンルに属するモデルだから、決して安くはない。車両価格は約1000万円だ。だが、一部の超富裕層だけが手にできるほど高価ではなく、それよりも価格で上回っている国産車も少なくない。それにもかかわらず、「外車=金持ち」と短絡的に結びつける風潮がマスコミやコメンテーターもいるのが気になる。
「外車=金持ち」の先には、「鼻持ちならない奴」の意味を含ませているような感じが漂い、言葉の端々に「クルマの購入資金も、どうせまともに働いた金ではないに違いない」と発想の羽根を飛躍させたくなる。それを意識した「白い高級SUV」表現なのだろうと勘繰りたくなる。
所有するクルマで自分のイメージを表現もっとも、クルマには趣味趣向を表現する力があるということでもある。ライフスタイルが表れる。
先日、あるクルマの販売店の営業担当者から、こんな話を聞いた。
「どのモデルにしようかを悩んでいるお客樣には『どう見られたいのですか?』と聞くようにしています。アクティブに思われたいのでしたらSUVやワゴンがお勧めです。ライフスタイルが華やかに印象持たれたいのならば、レッドやブルーといったカラーも素敵ですよね、といった具合です」
なるほど、クルマには人格まであらわにしてしまう底知れぬパワーがありそうだ。話が脱線してしまったかもしれないが、クルマには印象操作の対象になるほどの潜在的な力があり、同時にそれがカーライフを豊かにもしているともいえる。「白い高級SUV」が、自動車業界が心配している「白物家電」になるには、まだ時間がかかりそうである。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)
●木下隆之
プロレーシングドライバー、レーシングチームプリンシパル、クリエイティブディレクター、文筆業、自動車評論家、日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員
「木下隆之のクルマ三昧」「木下隆之の試乗スケッチ」(いずれも産経新聞社)、「木下隆之のクルマ・スキ・トモニ」(TOYOTA GAZOO RACING)、「木下隆之のR’s百景」「木下隆之のハビタブルゾーン」(いずれも交通タイムス社)、「木下隆之の人生いつでもREDZONE」(ネコ・パブリッシング)など連載を多数抱える。