「行ったことはないし、行ってみたいとも思わない」
そんな声が聞こえてきそうなほど、東京の外れのイメージがつきまとう足立区、葛飾区、江戸川区の東部3区。ここで今、再開発のラッシュが始まっている。
駅の中に地元の英雄・栃錦の像がある、ローカル色満載の江戸川区小岩。2015年、南口の商店街沿いに住宅を主体とする29階建ての再開発ビルがオープンした。同じ南口の駅前では22階と33階のマンションを含む3棟の再開発ビルが工事中で、20~26年に順次完成の予定だ。駅の北側でも、スーパーマーケットを含む商店街のど真ん中を高層マンションに建て替える計画が検討中だという。
お隣の葛飾区の注目スポットは、区役所最寄り駅の京成立石。1000円でべろべろに酔えるところから「せんべろのまち」と呼ばれる「下町の酒都」が今、一新されようとしている。北口側では区役所の移転と36階建てのマンションの建設が、南口東地区は34階建てのマンションへの再開発が、ともに20年代半ばを目途に進行中。さらに、南口西地区の再開発も控える。せんべろの聖地と言われた「呑んべ横丁」は北口再開発の中に飲み込まれてしまった。南口西地区の再開発が進むと、立石のもうひとつのシンボル「仲見世商店街」も姿を消す。
足立区の千住は、今や「穴場のまち」ではなく「本命のまち」となったようだ。駅前商店街の中ほどにある旧ダイエートポス跡地は、20年には「千住ザ・タワー」と名づけられた30階建てのマンションに生まれ変わる。
洗練されていないゴミゴミしたまち。逆に言うと、ヒューマンスケール感漂う昭和レトロなまち。そこに今、ニュキニョキとタワーマンションが建ちだしているのだ。
団地のまちが秘める逆転打の可能性東京東部のイメージが色眼鏡で見られる背景のひとつに、都営や都市再生機構(UR)の賃貸住宅団地の存在がある。23区でもっとも公営住宅(その大部分は都営住宅)の割合が高いのは足立区。公営・公社・URを合わせた公的賃貸住宅が多いのは江東区、北区、足立区の順。図表1を見ると、港区で意外に公営住宅が多いことに驚かされるが、全体的にはやはり葛飾区、江戸川区を含む東京の東部が上位に並んでいる。
加えて、東京東部には1960~70年代にできた古い団地が多いという特徴がある。建物はエレベータのない5階建て以下の箱型。標準間取りは2DK。
団地とともに歩んできた周囲のまちもまた、かつての活気が失われ、くすんで見える。しかし、そんな今の悩みの裏には未来に向けた一発逆転の可能性が秘められていることを見逃してはならない。分譲団地と異なり、賃貸団地は建て替えのハードルが低い。大家さんが都やURなので、事態を改善しようという意向はなおさら強く期待できる。高層住宅と比べ、工事もはるかに容易だ。
建物がよみがえり間取りや機能が改善されると、今はそっぽを向いている若い人たちも魅力を感じるようになる。URの賃貸団地では、建物の形態や外観を思い切って今風に変える取り組みも多い。
それだけではない。古い団地を高層に建て替えると土地が余る。あるいは、高度経済成長期に建てられた団地を時代のニーズに応じて縮小再編すると、やはり土地が余ってくる。これらの土地は、まちを再生させる格好のタネ地となる。
ソフトの面ではどうだろうか。過去、2013年まで一貫して23区でもっとも出生率が高かったのは江戸川区。2位と3位は年によって若干の入れ替わりがあるものの、顔ぶれは常に足立区と葛飾区。その後、都心の躍進と後述する東部3区でのファミリー層の減少の結果、17年には江戸川区が4位、葛飾区は6位、足立区は8位にまでランクを下げているが、20代以下の若いお母さんの多さは、東部3区が今もトップを独占する。
女性の平均結婚(初婚)年齢は23区平均を0.4~0.7歳下回る程度で、取り立てて若いわけではない。それなのに、なぜ図表2に示したような大きな差が生まれるのか。答えのカギは定住率の高さにあると考えられる。
今日、定住率が高いことは必ずしもメリットだけではないと、さまざまな機会を通じて筆者は繰り返し指摘してきた。もちろんメリットもある。若いお母さんが多いことは、その象徴的な例のひとつと言えるだろう。
15年の『国勢調査』による定住率(今住んでいるところに20年以上、20歳未満は生まれてからずっと住んでいる人の割合)が23区で一番高いのは足立区、2位が葛飾区。23区の中では開発が遅れた江戸川区は、15年くらい前まで新住民の転入が多かったため、上記の定義に照らした定住率は低くなるが、それでも7位。20代・30代の若い世代に限ると、足立、葛飾、江戸川の3区がトップ3に顔を揃える。
若い世代の定住率が高いということは、親と同居している人が多いこと、同居していないにしても、親の近くに住んでいる人が多いことを指す。さらに、近所に子どもの頃からの顔なじみが多く、同級生など同世代間の横のつながりも強い。こうした人たちがサポーターネットワークとなって、若くても安心して子どもが産める環境をつくり出しているのではないだろうか。
定住率が高いことは、高齢者にとっても心強い。高齢者福祉の切り札とされる「地域包括ケアシステム」とは、地域での助け合い、支え合いに頼らないと超高齢社会に対応できないことの裏返しでもある。このとき、地域コミュニティが長いつき合いによって培われたご近所パワーを有していることは、大いなる優位性を発揮する。周囲に顔見知りが多いと、高齢者の外出を促し、引きこもりを予防する効果にもつながる。
弱みは強み、強みは弱み「SWOT分析」という手法がある。「強み(Strengths)を活かして弱み(Weaknesses)を克服し、機会(Opportunities)を捉えて脅威(Threats)に備える」。
だが、まちの成り立ちはビジネスと比べはるかに複雑で、強みも弱みも単純には捉えられない。団地のまちが抱える今の悩みと将来の可能性は、実は強みと弱みが表裏一体の関係にあることを示している。
定住率の高さもまた然りで、定住の強みの裏には、その反作用が存在する。反作用の具体例は図表3に象徴されている。今のところ子どもが増え、高齢化も抑制されている東京の中で、東部3区だけは少子高齢化のレッドゾーンに入りつつあることがわかるだろう。
区の顔となる場所にタワマンが建ち並び、世の注目が集まることは、マイナスイメージ払拭のひとつの契機とはなる。しかし、それはあくまでも対処療法にすぎず、同時に区内格差を生み出す危険性を内包していることも忘れてはならない。
もっと根源に立ち返って考え直していかない限り、東部3区の悩みは解消できない。30代を中心とした若いファミリー層に対し、彼らの当面の関心事である子育てから老後の不安の解消に至るまで、「定住のまち」の魅力をいかに再発信していくことができるか。
言い換えるなら、従来のパラダイムを超えた「定住のまちの新たな魅力創造」。東部3区の未来は、ここにかかっている。
(文=池田利道/東京23区研究所所長)