現在、米中の貿易摩擦の激化などによって、世界の産業活動が急速に変化している。市場参加者の間では、中国の景気減速などに加えて、日本の輸出管理手続きの厳格化によるサムスン電子など韓国IT産業の先行きを不安視する見方が増えている。

日本の企業も、サプライチェーンの混乱などから短期的に業績への影響は避けられないと見られる。

 一方、半導体や有機ELパネルの材料を生産する日本企業にとって、現在の変化はビジネスモデルの変革を進めつつ、新しい収益源を獲得するチャンスになる可能性もある。その一例として、昭和シェル石油を傘下に収めた出光興産がある。同社は、石油元売りに加え、有機EL材料などの高機能材事業にも取り組んでいる。同社の高機能材事業は着実に成果を上げている。アップルなどのIT先端企業がサプライチェーンの再構築に取り組むなか、同社がどのように変化に適応し、収益を獲得していくかが注目される。

経営統合を重視した出光経営陣

 近年の出光興産の経営を振り返ると、真っ先に思い起こされるのが同社と昭和シェル石油の統合をめぐる、経営陣と出光創業家の対立だ。

 経営陣が経営統合を重視した背景には、さまざまな要因がある。わが国では、少子化と高齢化に加え、人口の減少が進んでいる。国内におけるガソリンなどの消費は減少していく。そのなかで経営を維持するためには、ビジネスモデルの共通点が多い企業と経営を統合し、シナジー効果の発揮を通して経営の効率性を高めることは大切な取り組みの一つだ。その上で企業には、自社の強みを生かして新しい分野に進出し、持続的な成長を目指すことが求められる。

 このように考えると、出光興産の経営陣は“生き残り”のために昭和シェルとの経営統合を重視したといえるだろう。資本の効率性を高めていくことを考えれば、これは重要だ。国内要因以外にも、原油価格に大きく影響する地政学リスクへの対応や省エネへの要請など、エネルギー企業は多様な変化に直面している。

 一方、創業家は経営陣の考えに反対した。経営統合によって企業の利害関係者は増える。それにつれて、創業家が経営に影響力を与え続けていくことは難しくなる。また、創業家は、経営統合によって創業者である故・出光佐三氏の経営理念(人間尊重や大家族主義)が失われることも懸念した。

 2015年7月に出光興産と昭和シェルの経営統合協議が始まって以降、経営陣は粘り強く創業家との交渉を続けた。一時は、創業家が影響力の増大を目指して出光株を買い増し、交渉の先行きが一段と厳しくなることも予想されたが、経営陣はあきらめなかった。19年4月、3年半の時間を費やし両社の経営統合は実現した。出光興産の経営陣には、経営統合の成果を実績として示していくことが求められる。

可能性を秘める有機EL材料事業

 今後の出光興産の経営を考えたときに重要と考えられるのが、高機能材事業だ。

特に、同社の有機EL材料事業には大きな可能性がある。日本国内にいると気づきづらいかもしれないが、出光興産は有機EL材料業界における存在感が大きい。そのほか、合成樹脂分野でも同社の競争力は高い。

 出光興産が手掛ける青色発光材料は世界的な注目を集めている。青色発光材料は、有機EL材料の中なかでも、最も開発が困難といわれている。出光興産は、長い時間をかけてこの分野の研究開発を進め、競争力を蓄えてきた。

 1980年代半ばから出光興産は石油事業以外の収益源を育てるために、有機EL材料の研究開発に取り組んできた。途中、コスト削減を理由に成果の上がっていなかった有機EL材料の研究開発が中止される危機があったものの、2000年頃に実用化のめどが立った。出光興産は有機EL材料の開発を進めつつ、特許を出願した。2000年から2006年の間、同社の特許出願数は同業他社を上回るペースで推移した。このなかには、他の企業が模倣困難な、競争力の根幹にかかわる技術が多い。今日、出光興産は青色発光材料の供給を、事実上、独占している。

これは、同社の技術力が高いことの証左だ。

 今後、出光興産の有機ELディスプレイ材料への需要は拡大していくだろう。有機ELディスプレイは、バックライトが不要であり、その分ディスプレイの厚さを薄くできる。加えて、液晶ディスプレイよりもコントラストが鮮明だ。また、折り畳み型スマホへの搭載が目指されるなど、デザインに合わせて柔軟な利用が期待されている。スマートフォン上での動画視聴や、“eスポーツ(ゲーム対戦競技)”の利用増加など、有機ELパネルが重用される場面も増えている。出光興産がそうした需要をどう取り込んでいくかが注目される。

強化が求められる研究開発力の向上

 出光興産が高機能材分野での収益力を引き上げるために、研究開発の強化は欠かせない。いつ、どのようなかたちで研究開発が成果をもたらすか、予見は難しい。ただ、はっきりしていることは、あきらめず、研究開発を続けることが大切だということだ。その強化のために、他社との提携や買収など、ダイナミックな発想が用いられてもよい。

 現在、世界経済の変化のスピードは加速化している。

米国と中国の貿易摩擦の激化により、“世界の工場”としての地位を高めてきた中国から、他のアジア新興国に各国企業の生産拠点が移っている。

 そのなかで鮮明となっていることが、中国企業の技術開発力の高まりだ。中国の通信大手ファーウェイは、自前のOSである「ハーモニー」を想定されていたよりも早く発表した。また、米アップルは中国の京東方科技集団(BOE)から有機ELパネルを調達する可能性が高まったと報じられている。BOEの有機ELパネルは、従来アップルが用いてきたサムスン製よりも安い。アップルは、米中の貿易摩擦の激化や日本の対韓輸出管理手続きの厳格化、さらにはスマートフォン市場における価格競争の激化に対応するために、サプライチェーンを再構築している。

 企業はサプライチェーンの再構築にかかる費用を負担しなければならない。費用の増加は収益を下押しする。費用削減のために、原材料などのサプライヤーに価格の引き下げを求める企業も増えるだろう。これは日本の企業にとってマイナスだ。

 一方、サプライチェーンの再編に伴い、日本の企業が、既存の取引先に加え、新しい企業との取引関係を構築する展開も考えられる。こうした変化に対応するために、さらに高度な素材など、他がうらやむ“モノ”を開発していくことが欠かせない。

出光興産が石油化学分野の研究開発力を高め、さらにスピーディーに新しいモノの創造を目指すことを期待したい。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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