韓国が8月23日に破棄を通告してきた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効が、11月23日に迫っている。同協定は北朝鮮の弾道ミサイル発射など機密性の高い軍事情報を2国間で共有する枠組み。
この記者は、「スティルウェル氏は11月初めに韓国も訪れる予定で、米制服組トップのミリー統合参謀本部議長も11月中旬に日韓両国を訪れることになっている。GSOMIAの失効を前に、米国が前面に立って日韓の仲裁に乗り出そうとしているのだろう」と話す。
日韓関係悪化は、結果として“他国を利する”日韓の間には、お互いの同盟国である米国を介して軍事情報をやり取りする「情報共有に関する取り決め」(TISA)という枠組みもあり、「GSOMIAが失効しても大きな影響は出ない」という見方が日韓の強硬派の間で出ている。しかしこれに対し、米国政府の関係者は首を横に振る。
「即時の対応が求められる弾道ミサイルの発射などの場合、日米韓のイージス艦同士で瞬時の情報のやりとりが求められるが、一度米軍に情報を預け、見せる必要のない部分をマスキングして相手に渡すやり方では時間も労力もかかる。そうしたストレスから解放されたいという現場の思いからできたのが、GSOMIAだった」(同・米国政府関係者)
自衛隊幹部の間でも、「今般の日韓関係の悪化は、結果として北朝鮮や中国、ロシアなどを喜ばせるだけだ」というため息が漏れる。保守的な考え方の持ち主が多い自衛官のなかには「飲み会などで韓国のことを悪し様にけなす人も少なくない」(全国紙記者)というが、安全保障の実務についてはやはり話が別だ。「制服組は防衛のための実利を第一に考える傾向があるので、現場では日韓の制服組同士仲良くやっていることが多かった」(同)。このため、2018年秋から自衛艦旗の掲揚問題や韓国海軍駆逐艦によるレーダー照射問題が起きた頃も「日米韓の安全保障に直接的な影響を与えるGSOMIAの破棄まではしないだろう」という見方が防衛省内では支配的だったという。
ただ、2018年10月末の韓国最高裁による徴用工問題判決への対応に韓国政府が真剣に取り組まず、日本が韓国への輸出規制という事実上の「報復措置」に打って出るなか、日韓両国は「お互いに相手にボールがあるとして、何も手が打てなくなっている膠着状態」(日本政府関係者)に陥ってしまっているのだ。
こうしたなか、周辺国が日韓防衛当局の連携をあえて試すような挑発的活動も起きている。特に衝撃が走ったのが、ロシア軍機が中国軍と合同演習をしていた7月23日に、島根県の竹島(韓国名・独島)で行った領空侵犯だ。ロシア政府関係者は、操縦者の手違いで領空に入ってしまったと水面下で韓国政府に説明したというが、ロシア軍機は10月22日にも竹島と朝鮮半島の間を飛行し、韓国軍機が緊急発進している。
「ロシア機が日韓の係争地である竹島付近を飛行したこと自体が異例であり、結果として日韓両国の戦闘機がスクランブルで出動し、場合によっては偶発的な衝突が起きかねない事態だった。関係が悪化する日韓両国の対応能力がどうなっているのかを試そうとしたのだろう」(防衛省幹部)
一方、米国政府の関係者は、中国の動向に神経をとがらせる。
「最悪のシナリオは、文在寅政権が金正恩・朝鮮労働党委員長と手を結んで、核兵器を保持したまま統一し、中国の影響下に入ること。そうなれば朝鮮半島という緩衝地帯がなくなり、日本が米中対立の最前線となる。米国内でもこのシナリオは真剣に検討されており、それだけに韓国を引き留めるのに必死になっている」(同・米国政府関係者)
日本政府関係者も、「文在寅大統領が北朝鮮と水面下で通じていることを米国政府が疑っている節がある」と話し、こう付け加えた。「側近の曺国・前法相をめぐるスキャンダルで文在寅大統領の支持率が低迷しているが、この疑惑を流したのはCIA(米中央情報局)ではないかという説が、一時まことしやかにささやかれていた」
新型兵器開発に邁進する北朝鮮10月22日の即位礼正殿の儀に韓国の李洛淵首相が参列し、安倍晋三首相に親書を手渡すなど、日韓の間では関係改善に向けた兆しも出始めている。ただ、「日本政府内では、文政権が続く限り、日韓、さらには日米韓の不協和音が続くという見方がいまだに支配的だ」とは、ある日本政府関係者の談だ。
さらに日本政府内では、トランプ政権へのいらだちも聞こえてくるようになった。共同通信によると、小野寺五典・元防衛相は10月15日、米ワシントンでの講演で、「日本に届くミサイルは許され、米国に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)ではないから大丈夫というのであれば、日本としては深刻に受け止めなければいけない」として、北朝鮮による弾道ミサイル発射を黙認するトランプ政権に苦言を呈した。
「北朝鮮は今年に入ってから、ロシア製のイスカンデルという、複雑な軌道で迎撃が難しい短距離ミサイルの実験を繰り返し、さらに10月2日には潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射試験まで行った。特に後者は、北朝鮮本土のミサイル基地が攻撃されても、海面下から報復攻撃を行える能力を示すものであり、北朝鮮に対する先制攻撃を米軍などにためらわせる抑止効果がある。北朝鮮はトランプ大統領との対話姿勢を匂わせつつも、着々と新型兵器の開発を進めて抑止力を高めている印象だ」(防衛省関係者)
当の金正恩委員長は10月16日、白馬に乗って「革命の聖地」である白頭山に上る写真を公開した。マスコミの間では、外交面においてなんらかの重大な決断をするための儀式だったという見方が強い。ある大手マスコミの記者は、「施政方針演説に当たる新年の辞で、対米交渉の姿勢を大きく転換し、再び対決姿勢に戻る可能性がある」と話す。ただ、それに対処する日米韓の足並みの乱れが戻るまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
(文=編集部)