国際オリンピック委員会(IOC)のゴリ押しともいえるやり方で、2020年東京五輪のマラソン、競歩の開催地が札幌に変更になった。禍根を残す決着となったことに加え、コース設定や経費負担などさまざまな課題を抱えるだけに、地元自治体の受け止め方は複雑だ。

 札幌開催が決まった直後の報道陣の取材に、鈴木直道北海道知事は「東京大会の成功に向け、オール北海道で取り組んでいく」と決意を語ったが、札幌市の秋元克広市長は「東京で準備してきた関係者らの気持ちを考えると重い決定だと思う」と東京への配慮をにじませた。

 地元紙の報道では、IOCによる札幌開催案が明らかになった10月17日以降、市には約200件の意見が寄せられた。7割が反対意見で、「札幌は泥棒」という厳しい声もあったという。五輪開催まで9カ月という時期に突如起きたドタバタの変更劇は、お粗末としかいいようがない。

 市民らの受け止め方もいろいろだ。「選手の息遣いを感じたい」「にぎやかになればいい。ラグビーの時も盛り上がっていたので、そんなふうになればいい」と歓迎の声が上がる一方で、「札幌は泥棒」という市に寄せられた意見やテレビ番組での札幌への冷淡な対応には、インターネット上で反発の声が相次いでいる。

「さすがに、泥棒などと非難される筋合いはない。費用や準備に時間がないことを考えると、反対意見の市民も多いと思う」

「札幌が手を挙げたわけじゃなく、IOCに振り回されただけ」

「在京メディアが札幌をこき下ろしたのは絶対に忘れない」

 札幌開催そのものに反対する意見も見受けられる。

「札幌の真夏日は東京とあまり変わらないという点から、最善の選択だったとは思えない」

「ビアガーデンが中止になるかもしれないんでしょ。札幌の人には完全なとばっちり」

 歓迎一色とはなっていないのだ。

2030年冬季五輪招致に向け、絶好のアピールの機会

 賛否両論入り乱れる札幌でのマラソン開催決定だが、今後の影響という点で考えると、マラソンが実施され世界中に放映される効果はさまざまな面で現われそうだ。

 まず、札幌市が準備を進めている2030年冬季五輪招致。札幌は1972年にアジアで初の冬季五輪を開催した。スキージャンプの70メートル級で日本勢がメダルを独占。フィギュアの妖精と呼ばれたジャネット・リンが人気を博した大会だ。あれから半世紀。札幌市は2014年に2026年の第25回冬季五輪招致を表明したが、その後、北海道新幹線の札幌延伸や市内再開発に合わせた招致をという地元経済界などの要望を踏まえ、2030年招致に変更した経緯がある。実現すれば58年ぶりの開催となる。北海道活性化に向けて是が非でも実現したい大イベントである。

 2020年東京五輪では、札幌ドームでサッカーの男女1次リーグの試合が行われる。加えてマラソン、競歩の札幌開催が決まったことで、外国人観光客の訪問、全世界へのテレビ中継などで札幌の知名度は大きくアップする。サッカー、マラソン、競歩の運営が順調に行われれば、「札幌や招致に関心がある都市との対話をスタートできる」(2019年6月)と発言したバッハ会長らIOCの印象も良くなるだろう。地元住民の意思がもっとも重要だが、2030年冬季五輪招致に向け大きなステップとなることは間違いない。

アジア客大半のインバウンド観光から脱却の可能性

 マラソン開催は北海道内の観光にも大きな影響を及ぼしそうだ。2018年度の北海道の観光客数は北海道胆振東部地震(2018年9月)の影響で、第2四半期こそ前年度比4.8%の減少となったが、通期では5520万人(同1.6%減)と微減にとどまった。外国人客に限ってみれば32万人増の312万人(同11.6%増)と好調が持続されている。

 2018年度の札幌市の観光客数は1584万6000人で前年度比3.8%増。外国人宿泊客(観光以外も含む)は271万9000人で同5.7%増だった。こちらもインバウンド人気は好調だ。

 外国人客の内訳は道、札幌市ともにアジア客が大半。道は外国人客312万人のうち約269万人がアジア客で構成比は86%。韓国73.1万人、中国70.9万人、台湾59.4万人、タイ23.5万人、香港20.5万人の順。札幌市はアジア客が81.7%を占めた。中国67万人、韓国63.4万人、台湾50.2万人、香港21.1万人、タイ20.2万人。同じような構成でアジア依存が高い。

 北海道庁の資料で見ると、米国(10万3400人)、オーストラリア(6万8400人)、カナダ(2万700人)、ロシア(1万7900人)といった国が目立つ程度。米国やオーストラリアは1-3月のウインターシーズンが5、6割。ニセコや富良野が人気だ。五輪開催時期の夏場(7-9月)は、米国は17%、オーストラリアは11%でしかない。韓国の27%、中国の18%に比べ、欧米からの夏場の客は圧倒的に少ない。

 マラソン中継や関連番組で夏の札幌、北海道の快適さや大自然の素晴らしさが宣伝されれば、滞在日数が長く、観光消費額が多い欧米系観光客の増加に結びつき、アジア依存からの脱却を図るきっかけになる可能性がある。

 札幌への一極集中が進み、ほかの地域は観光以外はあまり元気がない北海道だが、2020年に白老町にアイヌ文化施設「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開館、2023年には北広島市に日本ハムの新球場「北海道ボールパーク」(仮称)が開業する予定。北海道新幹線も2030年には札幌まで延伸される見通しだ。

 札幌でのマラソン開催が、今後の北海道活性化の起爆剤になればいいのだが。

(文=山田稔/ジャーナリスト)

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