西武鉄道は2020年に70周年を迎える西武園ゆうえんち(埼玉県所沢市)をリニューアルする。20年から順次改修を進め、21年に新装オープンの予定だ。
西武園ゆうえんちは1950年に開園。大観覧車やプールなどが売り物だった。87年に「光GENJI」をテレビCMに起用し、91年には「SMAP」のデビュー発表コンサートを開催するなど若者の集客に努めた。年間来場者数は88年度に194万人を記録したが、これを頂点に、徐々に減少。2018年度は49万人にまで落ち込んだ。
西武鉄道は西武線沿線の再開発に取り組んでいる。20年夏には所沢駅直結の大型商業施設「グランエミオ所沢」(所沢市)が完成する。21年には埼玉西武ライオンズの本拠地の「メットライフドーム」(所沢市)の改修が終わる。一連の再開発をテコに地域全体の魅力向上を図る。
森岡氏はUSJのV字回復の立役者である。1996年、神戸大学経営学部卒。米日用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でヘアケア商品を担当してシェアを飛躍的に高めた実績がある。マーケターと呼ばれるマーケティングのプロだ。
米テーマパーク、USJが米国以外で初めて進出したのが日本だった。2001年3月、ユニバーサル映画のテーマパークとして開業。初年度は1102万人の来場者があった。運営会社USJは大阪市が25%を出資する第三セクター。社長は4代続けて大阪市のOBが務める天下り先だった。すぐに失速した。
05年、米投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)が出資。親離れが再建の起点となった。07年3月に東証マザーズに上場したが、直後のリーマン・ショックによる世界的不況で、来場者は700万人に激減。09年、GSが主導してMBO(経営者が参加する買収)を実施、USJの上場を廃止した。
大株主のGSとグレン・ガンペルCEOはUSJの再生の“助っ人”として森岡氏に白羽の矢を立てた。10年6月、USJの企画担当の責任者に招かれ、手腕をいかんなく発揮した。「脱映画」の施設を推進。後ろ向きに走るジェットコースターなど集客策はことごとく当たった。14年、450億円を投じた映画『ハリー・ポッター』のエリアが大ヒット。来場者数は750万人から1400万人へと倍増した。
20年には500億円を投じるスーパーマリオエリアの「スーパー・ニンテンドー・ワールド」を開設。さらに、政府や地元の支援を受けるかたちで、沖縄県北部の国営海洋博公園に600億円を投じてテーマパークを新設する計画だった。
17年、森岡氏はマーケティング支援会社の株式会社刀を設立してCEOに就いた。刀という風変わりな社名には、2つの意味を込めた。1つは、日本企業の国際戦略上の「1つの武器」になりたいということ。侍にとって刀は武器。現代の日本企業の武器はマーケティング。マーケティングを武器として使ってくれというアピールだ。もう1つは、「ムダをそぎ落とし、本当に企業がやるべき企業戦略を形にする」ために必要な道具の象徴としての刀だ。本当に重要なこと以外はできるだけそぎ落とし、「選択と集中」を実行することで、再生という大事を成し遂げることができるというのだ。
18年8月、沖縄県でテーマパーク事業の展開に向けた準備会社「ジャパンエンターテイメント」(那覇市)を立ち上げた。
刀は、トリドールホールディングス(HD)傘下のうどんチェーン「丸亀製麺」を再生させた。刀とトリドールHDが提携したのが18年9月。お客の目の前で、小麦粉と水だけでつくった、できたてのうどんを提供するという「最大の強み」をテレビCMで訴求することで、既存店に新規客を呼び込むことに成功した。18年1月以来、既存店の前年同月比の客数は16カ月連続でマイナスだったが、19年5月に増加に転じた。19年5月から9月まで前年同月を上回っている。
消費者がブランド(商品やサービス)を選ぶかどうかは「確率で決まる」というのが森岡氏の持論。「選ばれる確率は、消費者が無意識に抱くブランドへのイメージと因果関係があり、広告を含めて顧客とのコミュニケーションを有効に行うことで選ばれる確率は高まる」というが森岡流のマーケティングの核心だ。
丸亀製麺の「強み」は全店に製麺所があり、小麦粉と塩と水だけでつくった、できたてのうどんを提供することにある。こうしたこだわりは丸亀製麺側にとっては自明なことだったが、調査もしてみると、消費者にはあまり知られていなかった。そこで、テレビCMでは、その「こだわり」だけを伝えることに集中。
西武園ゆうえんちの魅力を、どうやって高め、入場者の回復につなげるのか。沿線人口が減る見通しのなか、西武鉄道は所沢駅周辺や球場の再開発との相乗効果で集客力を高める戦略だ。すご腕のマーケター、森岡氏の腕の見せどころである。
(文=編集部)