今年の10月より消費税が8%から10%に引き上げられたことで、人々の関心は「おトク」に集まっている。キャッシュレス決済、ふるさと納税、貯蓄型保険など、さも「おトク」になりそうなモノや仕組みが巷にはあふれているが、果たしてそれは本当なのだろうか?

 経済ジャーナリストの荻原博子氏の著書『騙されてませんか 人生を壊すお金の「落とし穴」42』(新潮社)は、そんな誰もが「おトク」と信じるものの落とし穴を紹介した1冊だ。

少しでも得したいという消費者心理の裏に隠された真実を、荻原氏に聞いた。

iDeCo、つみたてNISAがゴリ押しされる理由

「あなたは、騙されているかもしれません」という強烈なメッセージで始まる本書。世の中にはびこる「おトク」が持つ落とし穴を「節約」「投資」「保険」「老後」の4つに大別して紹介している。

 第2章の投資編では、今話題のiDeCo(個人型確定拠出年金)とつみたてNISAについて触れている。どちらも、政府が「おトクだからやったほうがいい」と勧めている投資方法だ。

「戦後、日本政府は国民に対し、長らく『貯蓄教育』をしてきましたが、経済のグローバル化に伴い、2000年頃からは『貯蓄から投資』へと方向転換を図るようになりました。しかし、日本人は投資に対してネガティブなイメージが強いため、思うように投資教育が進まなかったのです。そこで、『貯金感覚でコツコツ、将来の資産形成ができます』という日本人の蓄財思考に合わせて生まれたのが、iDeCoとつみたてNISAです」(荻原氏)

 iDeCo、つみたてNISAともに、現時点で加入者数は100万人を突破しており、政府の熱心なプロモーションが実を結んだといえる。一方、国を挙げての投資促進キャンペーンの中で浮上したのが、「老後資金2000万円問題」だ。

 金融庁が6月3日に公表した金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」で、老後の資金が2000万円不足すると報告され、大きな話題となった。

「そもそも、あのレポートの主旨は『老後、年金だけでは2000万円足りなくなりそうだから、投資をしよう』ということだったのですが、蓋を開けてみたら、国民の関心は投資よりも『2000万円足りなくなる』ほうに向いてしまったんです」(同)

 iDeCoやNISA(少額投資非課税制度)を「節税できる、おトクだ」と手放しで喜ぶ前に、なぜ国が率先して国民を投資へ誘導しようとしているのかを考えるべきだ、と荻原氏は言う。

「老後の資金づくりのための長期投資は全員に必要というわけではありません。

たとえば、今の50代以上は年金もある程度もらえる世代なので、長期投資は不要です。ですが、年金の受給額は今後どんどん減っていくので、若い世代は長期投資を検討したほうがいいかもしれません。このように、長期投資がおトクかどうかは、世代によって大きく異なります」(同)

証券会社が行うキャッシュバックの裏事情

 また、投資編では、執拗に長期投資を勧める証券会社の裏側にも切り込んでいる。

「証券会社もボランティアではないので、顧客獲得に必死です。たとえば、野村證券は、国債を100万円以上購入した人を対象に現金でのキャッシュバックキャンペーンを行っています。100万円の国債を買った人には2000円、1000万円買った人には3~4万円、1億円買った人には30~40万円をプレゼントしているのです。しかし、『現金がもらえる』『おトクだ!』と飛びつくのはうかつです」(同)

 キャッシュバックで戻ってくるお金がどこから来ているのかを考えると、そのカラクリがわかる。

「そもそも、国債の販売というのは、財務省の代理として証券会社が請け負っている業務です。つまり、野村證券は国債を売るたびに財務省から手数料が入ることになり、それが利益になります。しかし、その手数料は1000万円につき3万円。キャッシュバックで同額をあげてしまうとプラスマイナスゼロになり、野村證券には利益が残らないどころか、経費分だけ持ち出しになります」(同)

 実は、このキャッシュバックキャンペーンの狙いは手数料を稼ぐことではない。野村證券は、こうした“餌”をバラまくことによって、「まだ投資をしていない富裕層」を探しているのだ。

「銀行は預金口座を見ることで誰がお金を持っているか、つまり見込み客を把握することができますが、証券会社は証券口座しか見ることができません。つまり、投資はしていないけどお金を持っている見込み客がどこにいるか、わからないのです。そこで、キャッシュバックキャンペーンを行うことで、投資に興味がありお金を持っている人を集めるわけです。いわば、『海老で鯛を釣る』作戦ですね」(同)

 消費者にとっての「おトク」の裏には、企業が儲かるようなカラクリもちゃんと用意されているということだ。

「郵便局なら安心」の落とし穴

「銀行や証券会社はいまいち信用できないが、郵便局なら大丈夫だろう」なんて思うのは大間違い。郵便局にこそ、もっとも大きな落とし穴が潜んでいる。

「郵便局の窓口で売られている投資商品の中で特に気をつけてほしいのが、変額年金保険です」(同)

 変額年金保険とは、契約者が払い込む保険料を特別勘定で運用し、その運用実績によって年金額などが変動する保険商品だ。ゆうちょ銀行のホームページを見ると、運用成果を利用者のライフプランに合わせて受け取ることができ、払い込みした資産は長期的にバランスよく運用できる、安定的な成果が期待できるなど、メリットばかり挙げられているが……。

「ゆうちょ銀行のホームページでは、メリットや商品のずっと下のほうに<募集停止の商品>というのが7つ記載されています。募集停止というのは、損が膨らみ運用が立ち行かなくなったため、加入者の募集を停止するということ。いわば損を確定させたまま満期を迎えるという商品で、加入者にとってはなんのメリットもありません。つまり、郵便局の窓口担当が薦める商品であっても損をするときは損をするわけで、少なくとも『郵便局なら安心』という幻想は捨て去るべきでしょう」(同)

 消費税が2ケタになり、老後は長生きすれば2000万円ほど足りなくなる時代。

本書を読んで、目先の「おトク」に騙されないための視野を磨いてみてはいかがだろうか。

(文=中村未来/清談社)

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