第一生命の発表を受け、マスコミ各社の取材が、ある人物に殺到した。小説『実録 頭取交代』(講談社)の著者、浜崎裕治氏に山口銀行の“女帝”と呼ばれた女性の人物像を訊ねるためだ。『実録 頭取交代』は、2004年5月21日、山口銀行の臨時決算取締役会を舞台にした頭取解任のクーデターを描いている。当時、金融界を騒然とさせた事件だ。「山口銀行のドン」といわれた田中耕三相談役(小説では甲羅万蔵)の指示で田原鐵之助頭取(同・谷野銀次郎)の解任動議が提出された。動議は賛成8、反対6、棄権1で可決され、田原頭取の罷免が決まった。田中相談役は日立製作所の労務担当だったが、労務管理の責任者として山口銀行に招かれ、労務畑一筋で頭取まで昇り詰めた異色の経歴の持ち主である。労働組合出身者を取締役に引き立て一大勢力を築いた。著者の浜崎氏は田原頭取派の取締役だった。
10年後の2014年10月、クーデターによって排斥された浜崎氏が、そのいきさつを描いた小説『実録 頭取交代』を出版した。山口県下の書店ではあっという間に売り切れるほどのベストセラーになった。銀行が買い占めに走ったという噂が飛び交った。
地元の銀行員たちは「小説と謳っているが、実はノンフィクションではないのか」と囁きあった。当時、登場人物たちの本名を併記したメモまで出回り、「労組上がりの取締役はアイツだ」とか、小説の細かなディテールをめぐって盛り上がったという。