3月22日に1都3県の首都圏の緊急事態宣言が解除された。決して緊急事態が過ぎたわけではないが、ひとまず大方の飲食店は安堵したのではないだろうか。
飲食店の生き残りが苦しいことに変わりはない。当面は感染予防措置が継続されると想定される。コロナ禍にあってお客様に足を運んでいただくためにあらゆる予防努力を重ねてきた店舗は問題ないだろうが、臨時休業を選択した店舗・チェーンは新たに予防措置に取り組む必要がある。選ばれる店舗・チェーンとそうでない店舗・チェーンとにわかれてしまう可能性はこれからも残っている。
飲食店の営業が少しでも正常化に近づくことは、食材の生産地にとって大きな朗報であろう。出荷先の営業縮小などで余剰になっていた食材なども、飲食店等を通して消費者に提供されることになる。またコロナ禍で開拓した販路や新しいご縁を通じて、さらなる流通増につながることもあるだろう。
飲食店の営業回復は、観光資源の保護という視点からも必要である。昨年開催されるはずだった東京オリンピック・パラリンピックを見据えて多くの飲食店や宿泊施設が開設された。開催延期によって、見込んでいたお客様が消失したこと、加えてコロナ禍によって訪日旅行者だけでなく国内旅行も制限されたことから、需要が激減してしまった。
観光資源を守ることは重要であるが、旅行会社を守ることは重要ではないと考える。筆者は若いころ旅行会社に勤務していた。当時から「会社がなくなってもお客様は困らない。困るのは従業員だけだ」と感じていた。航空会社による直販の流れや、インターネットの普及による旅行会社を経由しない旅行商品の販売が増加し、相対的に旅行会社の存在価値は縮小すると懸念していた。
かつて観光産業を支えていたのは、旅行会社だったかもしれない。地域の観光振興課の担当者が旅行会社を訪問し、企画商品に組み込んでもらうことを依頼し、デスティネーションキャンペーンを仕掛けてもらうことなどが町おこしや地域振興につながると信じられていた。しかし今は違う。地方にある観光地も、ネットなどにより地域の持つ価値や情報を直接発信することが可能だ。消費者も旅行会社のカウンターに番号札をもって並ぶ必要もない。ネットで検索すれば、行きたい観光地の情報がわかる。不明な点があればリンクから直接電話して聞くことも可能だ。
観光地が訪れる価値があるかを評価するのは、お客様自身であり、旅行会社ではない。旅行会社はお客様から選ばれる価値を、必要とされる価値を創造できていないため、利用しなくても困らないという旅行者の数は当時に比べかなり増えている。まるで居酒屋業態と相似した立ち位置にあるのではないか。
テイクアウトの強化とコラボ店舗の増加飲食店に話を戻そう。多くの飲食店はコロナ禍にさまざまな取り組みを行った。昨年はじめには、店内飲食禁止が始まった。店舗はテイクアウトやデリバリーに生き残る道を探った。ファストフードが売り上げを大きく落とさずに踏みとどまったのは、従前から仕組みを構築していたからだ。テレワークもビジネス街の飲食店を直撃した。ビジネス街のランチ需要は、各社取り合いの状態に陥った。なぜなら、出社するビジネスパーソンの数は大幅に減少したからだ。
外食チェーンではテイクアウトの強化とコラボ店舗の増加が見られた。
松屋もテイクアウト専門店の強化を図った。吉野家と異なりテイクアウトも店内のカウンターで受け取る松屋は、コロナ禍で苦戦を強いられた。多言語対応や決済手段の多様化にいち早く取り組んだ松屋は、券売機の分野では先行した。最近では店舗外でプレミアム牛めしを300円で提供している。店内の密を軽減するため80円安い価格で販売している。もともと具材とご飯が分離している松屋の弁当容器だからこそ、テイクアウトでも牛めしとしての味わいの劣化が少ないといわれている。店頭販売ゆえにおつりの準備を少なくするための値付けでもあるのだろう。
東京・学芸大学駅前では松屋と「てんや」が軒を並べている。筆者が訪問した日は、「てんや」が上天丼弁当500円(通常650円)のキャンペーンを展開していた(画像参照)。
吉野家と松屋の月次報告を比較してみよう。
例えば東京・有楽町駅の店舗ではテイクアウトコーナーは活況を呈しているが、以前「吉呑み」の提灯が下がっていた奥側のコーナーは「テーブル席」と様相を一変していた。
松屋は牛めし事業店の数値で見ると2月の既存客売上高は前年同月比81.0%、客数76.1%、客単価は106.5%であった。松屋も9月以降の客単価は吉野家同様に各月とも100%を上回っている。松屋は鉄板で調理する焼き物を得意としている分、客単価に貢献したといえる。
緊急事態宣言の解除に伴う飲食店等の営業時間延長は、店舗やチェーンにとどまらず消費者、生産者にとって心理面の効果も大きいと考えられる。なぜなら感染予防に努めた飲食店で過ごすことは、感染拡大を抑止しかつ消費を回すことにつながるからだ。
コロナにより移動が制限されたおかげで、地域にあるお店が見直されたという事例も多く聞かれるようになっている。地域をまたぐ、また旅行という移動を伴う消費活動の拡大は、次のステップでよいのではないだろうか。
(写真・文=重盛高雄/フードアナリスト)
●重盛高雄/フードアナリスト
ファストフード、外食産業に詳しいフードアナリストとしてニュース番組、雑誌等に出演多数。2017年にはThe Economist誌(英国)に日本のファストフードに詳しいフードアナリストとしてインタビューを受ける。他にもBSスカパー「モノクラ~ベ」にて王将対決、牛丼チェーン対決にご意見番として出演。最近はファストフードを中心にwebニュース媒体において経営・ビジネスの観点からコラムの執筆を行っている。