日本最大級の不動産・住宅情報サイト「HOME'S」が、昨年12月に「JR山手線の雰囲気が好きな駅・ダサい駅」を調査し、結果を発表した。それによると、山手線の駅好きな駅1位は恵比寿駅、ダサい駅1位は鶯谷駅が選出された。



 恵比寿駅が1位に選ばれた理由は、「おシャレで大人っぽい雰囲気」だという。最下位に沈んだ鶯谷駅は、山手線全29駅のなかで一日の乗降数がもっとも少ない。また、駅前にはラブホテルが林立していることから、「いかがわしい街」といったイメージが定着している。
 
 そうしたイメージから、不名誉な称号を得た鶯谷駅。だが、その一方で観光関係者は今、鶯谷駅に熱い視線を送っている。その理由は、訪日外国人観光客が増加していることと関係がある。

●民泊普及に壁

 昨今、政府は観光立国を掲げ、訪日外国人観光客の誘致に力を入れていることは周知の通りだ。その成果は着実に実を結び、昨年に日本を訪れた外国人観光客は1973万人と過去最高を更新。今年に入ってからもその数は伸び続けており、今年1月期は約185万人。この数字は、前年同月比で52%増となっている。

 15年に流行語大賞になった爆買いは、中国の景気減速もあって鳴りをひそめた。中国人観光客の“爆買い”をカバーするように、今年はマレーシアやインドネシアからの観光客が増加傾向にある。


 外国人観光客が増えたことで、宿泊・レジャーといった観光産業のみならず小売業・飲食業にも経済効果は波及した。

 しかし、新たな問題も浮上している。

 訪日外国人観光客が増えたことで、宿泊施設が不足しているのだ。いくら多くの外国人が日本を旅行したいと思っていても、肝心の宿が確保できなければほかの国に足を向けてしまうだろう。

 そうした観光客の取りこぼしをしないように、ホテル事業者は急ピッチで宿泊施設の増設や新設を進めている。しかし、2020年の東京オリンピックを控えて各地で公共事業が進められているため、作業員はどこも人手不足。また、作業員全体の高齢化問題もあって建設業者は作業員の確保に頭を悩ませている。さらに、建設費の高騰が直撃して資材が確保できないことも、ホテルの整備が進まない要因になっている。

 行政は民泊に救いの手を求めたものの、マンションの管理組合やオーナーなどから「夜中に観光客が騒ぐ」「防犯上、不特定多数の人間が出入りするのは好ましくない」と反対も根強い。ある観光業界関係者はこう語る。

「東京・大田区など条例で民泊を認める自治体も出てきていますが、マンションの一室を貸し出す民泊を利用するのは、外国人団体旅行者です。見知らぬ外国人が出入りするというだけでも管理組合やマンションオーナーは嫌がります。
ましてや、団体の外国人となったら、いい顔をするはずがありません。いくら自治体が条例で認めても、実際に民泊が増えるとは思えません」

 民泊を供給する側の事情もさることながら、民泊が想定よりも利用されないと試算されている理由には、外国人の旅行スタイルの変化もある。これまで、訪日外国人観光客の多くは団体旅行だった。民泊は多人数で部屋をシェアする。だから人数が多ければ多いほど、1人当たりの宿泊料を安くできる。ところが、訪日外国人観光客は、団体旅行から個人旅行にシフトしつつある。そうなると、民泊のビジネスモデルは通用しなくなる。

「訪日する外国人観光客はまだ団体旅行が多いのですが、少しずつ個人旅行が増加しています。特にヨーロッパやアメリカ、オーストラリア方面からの旅行者は個人旅行者が多い。東京オリンピックの頃には、個人旅行の外国人観光客はさらに増えるでしょう。また、個人ではありませんがカップルや夫婦といった2人組の旅行需要も増えています」(同)

●ラブホテル人気のカラクリ

 こうした1人もしくは2人組の場合、民泊だと割高になるケースもある。そうしたことから、カプセルホテルやサウナに宿泊する外国人観光客が増えている。
特に、2人組の外国人観光客から人気になっているのがラブホテルだ。

「日本人が観光でラブホテルに泊まるなど考えられないでしょうが、外国人には日本人が抱くラブホテルの嫌なイメージはありません。むしろ“クールジャパン”のように映っているのかもしれません。それでいてビジネスホテルより宿泊料が安いため、外国人観光客の間で、ラブホテル人気は高いのです」(同)

 ラブホテルの専用予約サイトも登場するなど、外国人観光客でもラブホテルを手軽に利用できる環境が整ったことも利用者増の追い風になった。そのため、ラブホテル街の鶯谷がにわかに注目を集めるようになっているのだ。鶯谷ムーブメントに対して、台東区の職員も期待を寄せる。

「日韓ワールドカップが開催された02年、外国人観光客がたくさん日本に来ました。そのとき、外国人観光客の間で安価な山谷のドヤに泊まることが人気になりました。日本人だったら観光でドヤに泊まるなんて考えられませんが、外国人にとってはドヤの宿泊体験もいい旅の思い出になる。今でもドヤを利用する外国人は多く、山谷のイメージも変わりつつあります。鶯谷のラブホテル街は観光名所が点在する上野から徒歩圏にあり、浅草や東京スカイツリーなどにも近い。観光客にとっては交通至便なエリアです。
多くの外国人観光客が鶯谷を利用するようになれば、これまで定着していた鶯谷のいかがわしいイメージが一変するでしょう。行政としては『ラブホテルの利用を推奨する』と表立って言えませんが、鶯谷のイメージアップになることを期待しています」

 近年、ラブホテル業界では利用者の減少をどう食い止めるのかが大きな課題になっていた。その一環として、事業者側は若者が利用しやすいように設備を更新してラグジュアリーにしたり、建物そのものを建て替えるといった策を講じてきた。しかし、大規模改修には当然ながら費用もかさむ。建物を改修できる余裕のあるラブホテルは、ほんの一握りだろう。

 外国人観光客のラブホテル利用という新しいムーブメントは、ラブホテル業界にとって資金を投じなくても売り上げを伸ばせる絶好のチャンスだといえる。ダサイ駅ナンバーワンの鶯谷駅は、外国人観光客によって大きく変わろうとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

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