大戸屋にはまっている。きっかけは、定番メニューではなく、「期間限定メニュー」と銘打った2品の定食である。

「さっくり鰺フライ定食」(税込858円)と「一本釣り鰹丼と稲庭風うどん」(同898円)である。

 もともと、私はランチを食べないスタイルである。食欲がないのではない。ダイエットでもない。性質が根っからの「食いしん坊万歳!」なので、おいしいものはゆっくりじっくり食べたくなるし、おいしい料理を食べると、ビールやワインが欲しくなる。もちろん、平日の昼間からそんなことをしていたら気持ちも体も弛みきって、午後は使いものにならなくなる。いや、午前中から何を食べようかと、そわそわしてしまうだろう。そんな警戒心もあって、昼は食べてもおにぎり1個とかパンをかじる程度のことが多い。1時間できちんと昼食を済ませて、「さあ、午後からもがんばろう!」というランチ・ワークバランスが保てないのだ。

 なので、大戸屋ともそれほど“親しい関係”ではなかった。会社の近所に店舗もないし、どちらかといえば“疎遠”であった。それが1カ月ほど前に、たまたま出先で予想より早く仕事に区切りがついた。
時刻は午後1時半過ぎ、次のアポまで1時間ほど時間ができた。お腹も空いたので、ふと取引先の近くにあった大戸屋に入ることにした。

●7割が女性客

 店に入って最初に驚いたのは、女性客の多さである。噂には聞いていたが、ざっと6割、いや7割が女性客である。年代は幅広く、特に20~30代の女性のひとり客が目立つ。皆さん、バッグはもっていない。携帯とお財布のみ。つまり、近所にお勤めなのだ。遅めのお昼を一人で食べる彼女たちが、この店を贔屓にしている様子がよくわかる。

 さて、私が注文したのは、期間限定メニューの「さっくり鰺フライ定食」。10分強待っただろうか。運ばれてきた鰺フライ定食は、その名の通りさっくりでめちゃ美味い。
フライやてんぷらは、何が美味いって、あの揚げたて感がたまらない。音が聞きとれるほどの“さっくり”がうれしい。加えて、私は「魚のフライにタルタルソース」という黄金コンビが大好物だ。このコンビを嫌いな人はいないだろう。このタルタルソースの助演ぶりが、また秀逸だ。メニューをよく読むと、アンチョビを隠し味にしてピクルスの酸味を効かせているという。なるほど、主役を引きたてる渋い演技なはずである。
 
 鰺フライを食べながら、まわりの様子を少しうかがった。各席で客が注文してから料理が運ばれてくるまでに、それなりに調理時間がかかっている。15分まではかかっていないが、10分以上は確実に経過している気がする。ファストフードでは明らかにない。言い換えれば、注文後に調理をしていることがうかがえる。
鰺フライのつけあわせのキャベツさえもシャキシャキして、つくり置き感がまったくない。鰺の味に大いに満足しつつ、一方で久しぶりに訪れた大戸屋の戦略に、興味津々状態に陥ってしまった。

 見透かしたように、「どうぞ。ご自由にお持ち帰りください」と『Taste eyeテイスト・アイ』というリーフレットが卓上に用意されている。用意周到なのである。その小冊子を開いてみれば、『大人の食育セミナー』というコラムが展開されており、裏面では、「大戸屋で人気のお魚メニューはお店で丁寧にこしらえています」と、こだわりの調理方法の紹介がまとめられている。「調理をしています」「つくっています」と言わずに、「こしらえています」という言葉遣いがまた気になる。この日、帰宅後に大戸屋についていろいろ調べてみることにした。

●「TEISHOKU」へのこだわり

 もともと東京・池袋にあった大衆的な定食屋「大戸屋食堂」が、現在の大戸屋の原点である。故三森久実・大戸屋ホールディングス会長が、お父さんが他界したことから大戸屋食堂を引き継いだのが1979年。その三森氏は、引き継いだ大戸屋の商売を発展させるも、その後、さまざまな外食のフランチャイズチェーンにまで手を出し、ことごとく失敗。店舗が火災に遭うなどの苦難も経験した後に、定食という原点に立ち返り、「若い女性も気軽に入れる定食屋」という新コンセプトを打ち出して、経営を立て直しに乗り出すのが1992年である。


 以来、価格競争に陥ることなく、素材選びと徹底した店内調理、つくりたてのおいしさにこだわる。現在の店舗数は、国内 328店舗、海外 88店舗のあわせて416店舗(フランチャイズ店を含む、15年3月31日現在)。

 成熟市場で、かつ高齢化が進む国内の飲食店市場での戦いは、順風満帆ではないところもあるだろう。ここ数年は、海外展開にも積極的だが、安易なローカライズを行わず、あくまでも日本の「TEISHOKU」、お袋の味にこだわり続けている。

●ブランディング

 飲食店経営ではなく、ブランディングという視点から大戸屋について考えてみる。コンセプト(構え)は明瞭だ。あえて定食というDNAに縁遠い女性にターゲットを絞っている。女性の社会進出などの時流にも合致している。ちなみに、テーマに女性客とオーガニックを意識したコンビニエンスストアとしてナチュラルローソンが事業をスタートするのが2000年であるから、時代を先取りしていたといえるだろう。

 フランチャイズ1号店を出店(03年)するまでに11年、ここからは想像だが、コンセプトをぶらさずに、現実のカタチにする取り組みは試行錯誤の連続であっただろう。そのなかで、現在のスタイルが確立されていく。

 ブランディングは、消費者(聴衆)向けに映し出された映像の成果ではない。
店内調理にしても、食材へのこだわりにしても、何よりもブランディングに実行部隊としての従業員のサービスが機能するまでの取り組みそのものがブランディングなのである。群雄割拠、超デフレ時代をくぐり抜けてきた大戸屋は、常にコストや人件費と対峙しながら、ストーリーを紡ぎあげてきた。

 今では、珍しいことではないカロリー表示と塩分表示の徹底もそのひとつであろう。さらに、紹介した期間限定メニューには、魚や野菜など食材の産地や作り手の説明が加えられている。鰺フライでは、「長崎県松浦港で水揚げされた鰺を使用」。一本釣り鰹丼では、「鹿児島県枕崎産の鰹に、ピリ辛の青唐醤油を回しかけ、北海道・和田農園で栽培された長いも『ネバリスター』をとろろに添えて」とある。あのときメニューを読みながら、私は「ああ、この店は畑や海としっかりつながっているのだなあ」という印象を受けたことを思い出した。

 約1時間弱のランチのなかで、舌とお腹を「満足」させて、頭の中で「納得」させる。だから、おひとり様でも十分に楽しめる。大戸屋の定食は凄いのである。
(文=山田まさる/コムデックス代表取締役社長、インテグレートCOO)

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