通信教育大手、ベネッセホールディングス(HD)の業績悪化に歯止めがかからない。8月31日付でJPX日経400(JPX400)の銘柄から外される。
東京証券取引所が2014年から導入した新株価指数JPX400は、優良銘柄を400社ピックアップし、その銘柄の株価を指数化したものだ。採用基準は過去3年平均のROE(自己資本利益率)、時価総額、過去3年間の営業利益の3つだ。いわば企業の通信簿だから、採用されるかどうかに企業経営者は無関心ではいられない。
赤字企業はもちろん採用されない。ベネッセHDがJPX400から外されたのは赤字になったからである。
●進研ゼミ、こどもちゃれんじの会員数の減少が続く
ベネッセHDの16年4~6月期連結決算の売上高は、前年同期比2%減の1056億円、営業損益が7億1800万円の赤字(前年同期は6億2300万円の黒字)、最終損益は29億6500万円の赤字(同4億1900万円の赤字)だった。4~6月期で営業赤字に陥ったのは上場以来初めてだ。
主力の「進研ゼミ」「こどもちゃれんじ」など国内事業の売上高は、前年同期比4%減の514億円。営業赤字は前年同期の1億6400万円の赤字から17億4200万円の赤字に拡大した。稼ぎ頭だった小学生講座の売り上げは125億円で15%減った。
その進研ゼミとこどもちゃれんじは、会員数の減少が止まらない。4~6月期の延べ在籍者数は702万人で前年同期に比べて11%、86万人減った。
海外では、留学生支援の英会話教室、ベルリッツが苦戦している。ベルリッツを運営するベネッセUSAは、売上高が20%減の116億円と大きく落ち込み、2億9200万円の営業赤字(前年同期は7億7100万円の黒字)に転落した。
介護・保育事業は堅調だった。売上高は11%増の246億円、営業利益は2.4倍の15億円。稼ぎ手だった進研ゼミ、こどもちゃれんじ、ベルリッツの不振を、介護と保育がなんとか下支えしている状態だが、力不足は明らかだ。
●2年で解任されたプロ経営者、原田泳幸氏
ベネッセHDは16年6月25日、岡山市北区の本社で株主総会を開いた。この日をもって会長兼社長を退任する原田泳幸氏は出席しなかった。
2年前の14年6月、創業家出身で最高顧問の福武總一郎氏はビジネスモデルをデジタル教材に転換するため、プロ経営者の原田氏を社長に招聘した。しかし、同年7月に発覚した顧客情報漏洩事件の影響をモロに受け、15年3月期の最終損益は107億円の赤字。続く16年同期は82億円の赤字と2期連続で赤字を計上した。
原田氏は16年5月に引責辞任を発表し、6月の株主総会で会社を去った。だが、経営者にとって最も大事な株主総会を欠席したのはいただけない。
●デジタル教材の開発に失敗
進研ゼミの会員数は12年4月まで400万人程度で推移していたが、教材のデジタル化が進み、その翌年から年間20万人のペースで減り始める緊急事態となった。教材のデジタル化を早期に成功させるために原田氏は招かれた。ところが、その矢先に顧客情報漏洩事件が起こり、15年4月には271万人に急減した。
原田氏にとっての喫緊の課題は、進研ゼミの会員数を浮上させることだった。教育業界は4月の新学期が勝負どころである。新しく入学・進級する小中学生や高校生を獲得できるかどうかで決まる。1年間の業績は、4月の会員数でほぼ決まるといっても過言ではない。
原田氏が反転攻勢の武器としたのが「進研ゼミプラス」という新しい教材である。紙のテキストとiPadを組み合わせたハイブリッド教材である。ところが、開発を急ぐあまり、デモ機がまだ完成していない16年2月に体験会を強行した。新学期に新会員を獲得するために急いだわけだ。
その結果、16年4月の進研ゼミプラスの新規会員数は伸びなかった。進研ゼミ、こどもちゃれんじの会員数は16年4月時点で243万人と前年同月に比べ10%減少した。顧客情報漏洩が発覚する前の14年4月に比べると33%減っており、原田改革は結果が伴わなかったといえる。
●ダイレクトメールという旧来の手法に回帰
原田氏の後任社長には、副社長の福原賢一氏が昇格した。福原氏は、福武家との関係が深い。1976年、京都大学法学部を卒業し野村證券に入社。ノムラインターナショナルリミテッドロンドンに勤務。88年に帰国し投資銀行部門に所属した後、海外プロジェクト室長、機関投資家営業部長、金融研究所長兼投資調査部長等を務めた後、2000年に取締役に就任。野村リサーチ・アンド・アドバイザリー社長、野村ヒューマン・キャピタル・ソリューション社長などを歴任した。
04年、ベネッセコーポレーション(現ベネッセHD)に入社し、ベネッセスタイルケア社長、ベネッセコーポレーション副会長兼CEO補佐を経て、09年10月から副社長に就任。12年からは、公益財団法人福武財団の副理事長を兼務した。金融のプロとして福武氏に“節税対策”を指南した。
福原氏の社長としての第一声は「創業者は不易と流行の区別を付ける」だった。福武氏の言葉を繰り返し引用した。つまり、「原点回帰」である。
ベネッセHDは長らくダイレクトメール(DM)を使ったマーケティングを得意としてきた。それを支えた何千万人もの顧客リストはベネッセHDの財産であり、進研ゼミやこどもちゃれんじの顧客を毎年、大量に獲得する原動力となってきた。
原田氏はDM頼りの営業からの脱却を進めたが、うまく行かなかった。社長を更迭したベネッセHDは方針を大転換し、DM依存に逆戻りした。使い古され効果が薄れてきたといわれる、名簿を使った旧来のDM手法に逆戻りせざるを得ないほど、経営は深刻な状態にあるということだ。
●中国版「こどもちゃれんじ」
一方で、明るい材料もある。それは中国事業だ。こどもちゃれんじに相当する「楽智小天地」が好調なのだ。現地に強力なライバルがいないこともあるが、キャラクターの「巧虎(チャオフー)」が人気に火をつけた。
チャオフー効果で楽智小天地の会員数は16年夏には100万人を超え、こどもちゃれんじの会員数74万人を上回った。DMではなくショップを拠点に新規会員を獲得しており、15年末時点で6箇所の営業拠点を、17年末までに24箇所に拡大する。
中国の楽智小天地が大半を占める海外事業の16年4~6月期の売上高は前年同期比9%増の68億円、営業利益は36%増の8億4200万円。国内事業が停滞を続けるなか、楽智小天地がベネッセHDの救世主となれるのか注目される。
(文=編集部)