日本は国を挙げて会社員の副業を奨励し始めているようです。年金支給開始や定年退職の年齢引き上げ、「働き方改革」や「一億総活躍社会」などのキャッチフレーズには、いくつか狙いがあると思われますが、増え続ける社会保険の財源を国だけではなく企業や個人にも負担してほしいという政府の狙いが透けて見えます。
そこで今回は、世間で広まっているイメージとは少し異なった副業の形態について、考えてみたいと思います。
●会社員のときとは違った充実感
少し前にクックパッド前社長の穐田誉輝氏が、TOB(株式公開買付け)によって2つの上場会社の実質オーナーになりました。当時、その目的をめぐりさまざまな憶測が出ていました。筆者の推測では、クックパッドで社長として良い結果を出していたにもかかわらず、オーナーとの価値観の違いによって自分が社長を辞任せざるを得なかった事実を受け止めての、「自分が心躍る事業で、オーナーになる」という選択をしたのではないでしょうか。
規模は3つも4つも桁が違いますが、筆者もまだ会社員だった頃に実質個人で小規模事業を2社引き継ぎました。財務上の問題や後継者不在に悩んでいた会社ですが、買収後は無事に業績を回復させ、新しい事業を始めてみたりしながら、日々がんばっています。その甲斐もあってか、現在さらにもう1社引き継ぐ予定です。
2社を買収するまでには、1年半ほどの間に毎週末と平日夜を使って20~30社を具体的に検討していました。夢中で気づきませんでしたが、2社の売上だけ見れば合計1億円以上になっていました。改めて気づいたときは不安を覚えましたが、すぐに気にならなくなりました。
当時の会社員生活においては、仕事の結果を出していた自負があったにもかかわらず、社内ではいわゆる老害と呼ばれるような状況も含めた組織の体質に嫌な思いをすることが続き、この先の職業人生の過ごし方を悩んでいた時期だったことも影響して、買収を決めたのだと思います。
その状況と照らし合わせると、副業として関わっている事業が大きい売上を示していることや実質的に他人を雇っていることの責任の重さよりも、心から興味を持ててやりがいのある仕事にチャレンジできること、業績上否応なく断念せざるを得なくなる事態を避けていれば、自分の意志によってその仕事を続けるかどうかを選べるということの充足感が上回っていました。さまざまな試行錯誤を続けるなかで、思惑通りに課題がうまく解決できたときは、会社員のときとはまた違った充実感を得られ、失敗したときは心底焦ったりもしました。すでに独立されている方にとっては当たり前のことではありますが、会社員を長く続けていた筆者にとってはとても新鮮でした。
●責任と仕事と自由を得る
そうした自身の経験に照らし合わせて、副業が解禁された会社員に選択肢の1つとしてお勧めするのが、勤務先の事業とは関係のない業界の小規模事業者への投資です(取り組む際には、会社のルールに抵触しないかを弁護士や社内の該当部門に事前に確認してください)。
理由としてはまず、リスクはあるので金銭的なリターンは確約できないけれども、好きな事業に取り組むことで心理的なリターンが得られることがあります。好きな事業だけに取り組んで、そこまで興味が持てない事業には取り組まなければいいだけです。
矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、小規模のM&A(合併・買収)取引の市場自体が発展途上であるため、自分にとっての良い会社に出会える可能性が十分にあります。たとえば投資目的の不動産市場参加者は300万人を超えるともいわれ、さらに参加者の評価軸は投資リターンの考え方で共通しているために、良いものは相応に高く、そして良い物件でお買い得なものがあったとしても、少しでも躊躇するとあっという間に他の人に奪われてしまいます。情報をいかに早く取れるかのネットワーク勝負のようになっています。
小規模事業者については、そうはなりません。競合となる参加者はそれほど多くないので、自分が動けば動くほど情報が追加されていき、納得いくまで検討できます。志向・評価軸は人それぞれであるため、活動すればするほど良い出会いに巡り合う可能性は増え、すぐに他人に機会を奪われるようなことはあまりありません。
たとえばラーメン店が引き取り手を探していた場合、ラーメンが好きな人にとっては夢中になって検討しますが、そうではない人にとっては価値がありませんので、そういう人は検討に乗り出しません。よって、ラーメン好きの人はじっくりと分析できます。
●会社員と並行することに意味がある
ただし注意したいのは、投資した会社から十分な利益が得られ続けるという確信がない限りは、会社員を辞めることはお勧めしません。自分の生活を安定させているからこそ冷静に見えてくることも多々ありますし、もしも資金繰りが厳しくなったときに、資金の出し手は限られているために自分自身が追加投入できるようにしておかなければ、精神的なプレッシャーが過剰になり得るからです。
もちろん、「自分が貯金を崩してまでして得た事業に対して覚悟が足りなくなり、行動や判断が甘くなって良い結果も生まれないので、すっぱりと退路を断つ」という考え方もありますし、それを否定はしません。そもそも自分はなんのために投資を行うのかということと合わせて決めればいいのかと思います。
また、小さくても事業のオーナーになることで必然的に行動範囲や交流する人の幅も拡がり、雇われている状態とくらべて責任感が格段に強い状態で物事を見るために、視野が広く深くなっていきます。その知見や研ぎ澄まされた感覚が、会社員としての仕事に生きてくることも多々あります。これも、会社員を辞めるべきではないと考える理由です。
●マンション投資よりも
実態として、金融機関からこうした投資・買収のための資金融資はまず受けられないので、ある程度の貯金は必要です。たとえば筆者の場合、買収に必要だった資金は、仲介手数料を含めても1社あたり、筆者が実際に保有していた横浜市内の築30年のワンルームマンション1部屋(20平米)の売却価格で賄える金額です。決して安くはありませんが、用意できない金額ではないとは思います。
しかし、前オーナー体制で財務や後継者の問題を抱えて先が見えない状態からの事業の承継なので、当事者からはそうは思われてはいなかったでしょう。その会社に融資していた金融機関への債務も引き継いで返済を続けているので、個人保証が実行されたわけでもありません。
もちろん利益の出ている優良会社のなかにも、後継者不在のために引き継ぎ相手を探しているオーナーはいます。そうした会社はとても高額になるため、なかなか個人では手を出せないレベルになってしまいます。ただし、お金の問題をクリアして引き継いだあとは、もともと利益は出ているので、それほど苦労しないですむというメリットがあります。どちらが向いているかは個人の財政状況や志向とのバランスで判断することです。
後継者不足で悩むオーナーは増えていく一方なので、いろいろな機会が拡がっていくはずです。もちろん事業を営むことは規模や業種に関係なく、とても難しいことですので、誰にでもできることではありません。ただ、以前は大企業で活躍されていた方が合理的ではない事情で閑職に追いやられているような姿を見ると、目の前の業務や生活に支障が出ない範囲で取り組んでもいいような領域ではないかととらえています。
(文=中沢光昭/経営コンサルタント)