最近しばしば耳にするジビエ料理、つまり狩猟鳥獣の肉料理は、日本において畜産肉が普及する明治時代以前より食されてきた、日本の伝統食ともいえるものです。
シカ、クマ、イノシシなどが国産ジビエの代表ですが、特にシカ肉は低カロリーで高タンパク質、鉄分やDHAも含むことから、ヘルシーな肉料理の食材として人気が出ています。
シカは九州から北海道まで、日本全国に生息しています。日本は島国なのでシカは海を越えて交配することはできず、本州、九州、対馬、屋久島など多くの島に固有種、つまりその島でしか見ることのできないシカが生息しています。
北海道の固有種である蝦夷鹿は、体重が100kg前後もある日本最大級のシカです。明治初期の北海道開拓の時代には、肉を輸出するために乱獲され、何度も絶滅の危機に瀕しました。
●鉄分&良質な脂肪で栄養満点のシカ肉
「萩の葉を加へて寝たる鹿子哉」(小林一茶)
鹿は春に生まれて、秋に次の子孫を産む準備に入るので、子どものシカは夏の季語、親のシカは秋の季語です。
江戸時代を代表する俳諧師・一茶は、スヤスヤと眠る子鹿を、まるでごはんを食べている途中に眠気に負けて眠ってしまった子どものように詠みましたが、俳句の穏やかな雰囲気とは異なり、野生のシカの繁殖力はすさまじいものがあります。
第二次大戦直後に最後の絶滅の危機を乗り越えた蝦夷鹿は、天敵の減少や冬期気候の温暖化などのさまざまな要因で、今では北海道全土で毎年20%近い個体数増加率で急速に個体数を増やしています。
現在でも狩猟鳥獣として食料になっている蝦夷鹿ですが、含まれる栄養成分を調べてみると、肉の中でもきわめて個性的であることがわかります。現代の日本人は、流行のポンドステーキやレアハンバーグなどを頻繁に摂取することによって、生命維持に必要な量をはるかに超えた肉類を摂取している人が多くいます。
そんな人にとってシカ肉がいいのは、脂質含量が非常に少ないため、1食あたりの脂肪摂取量を低く抑えることができ、繰り返し食べても脂質の過剰摂取になりにくいからです。さらに、シカ肉の脂質は牛肉などとは異なり、必須脂肪酸のリノール酸をはじめとする多価不飽和脂肪酸含量が多く、鉄分も多く含むとても良質な脂肪です。
鉄は酸素と結合しやすい性質を持つため、血液中のヘモグロビンとして酸素の運搬にかかわっている重要な元素です。
鉄分は、ブタやニワトリの肝臓にも豊富に含まれていますが、それらは鉄分と共に脂肪分も大量に含んでいます。シカは鶏ササミと同じくらい淡泊な赤身部分に鉄分を多く含む点が非常に特徴的です。
また、シカ肉にはカルノシンが多く含まれています。カルノシンは、2個のアミノ酸が結合しているためジペプチドと呼ばれる分子です。カルノシンには、酸化ストレスを抑える抗酸化作用や体液のイオンバランスを一定に保つ緩衝作用があるといわれています。
それによって、タンパク質分解による細胞の老化や病気を抑える効果があるとされています。さらには、運動中に筋肉で生成する乳酸を緩衝作用によって中和することで、筋肉が酸性化することを防ぎ、運動能力の向上につながる可能性も指摘されています。
また、十分に研究が進んでいないものの、交感神経系に作用することで血糖や血圧を低下させる効果も指摘されています。カルノシンはブタロースにもシカと同程度の量が含まれていますが、前述の通り、脂肪の良質さと少なさでシカのほうが栄養バランスの点では勝っています。
●ジビエ料理はE型肝炎に注意…死に至ることも
とはいえ、野生生物を食べるときには気をつけなければならないことがあります。
日本においては近年増加傾向にあるため、当局も警戒している疾患です。日本での増加の理由はウイルスに汚染されたブタ、イノシシ、シカの肉やレバーなどの内臓を加熱不十分な状態で食べたことによるものが多くを占めるということがわかっています。
原因動物別では、ブタ、イノシシに次いで多いのがシカです。シカの肉は脂肪が少ないために熱が通りやすく、ブタやイノシシよりも感染を防ぎやすいという利点があります。
シカ肉は、「肉を食べた」という満足感があるにもかかわらず、良質な脂肪を含み、健康増進作用もある素晴らしい食材です。過剰に規制されることなく食べられるように、適切な調理をしてジビエを楽しみたいですね。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)