柴咲コウが主演するNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の第36回が10日に放送され、平均視聴率が前回から0.8ポイント増の12.1%(関東地区平均、ビデオリサーチ調べ)だったことがわかった。

 今回のサブタイトルは「井伊家最後の日」。

井伊ゆかりの者たちが次々に命を落としていったことで、「家の存続」が本当の皆のためになるのか、むしろ不幸になる人を増やすだけなのではないかとの思いに至った直虎(柴咲)は、井伊家唯一の跡取りである虎松(寺田心)を徳川家臣の松下家に養子にやり、井伊家再興を断念する道を選ぶ。還俗して「おんな城主」となり、虎松に当主の座を引き継ぐ日が来るまで必死に井伊家の舵取りを担ってきた直虎にとって、つらい決断でもあり、肩の荷が下りた瞬間でもあっただろう。南渓和尚(小林薫)に「もう十分じゃ。そなたはようやった」と言葉を掛けられ、「ご期待に沿えず申しわけございませんでした」と泣き崩れる直虎の姿は、これまでの彼女の数々の苦労が一気に思い出されるようで涙を誘った。

 ところが、感動の裏にも策略がある。南渓は直虎をねぎらう一方で、養子に行く虎松には何ごとかを吹き込んだとみえる。
直虎に見せた父親のような慈愛の心も真実だろうが、直虎はもう使い物にならないと判断して虎松に切り替える冷徹な策略家の顔もまた、南渓の真実の顔なのだろう。人のさまざまな面を対照的に描くこうした描写はとてもおもしろい。

 こうして井伊家は静かに最後の時を迎えたわけだが、視聴者の間ではそんなシリアスなストーリーの中に様々なパロディーが盛り込まれていたことも話題となった。まずは、足をケガしていた近藤(橋本じゅん)が歩いたのを見て喜ぶ家臣の「殿が立った!」。言うまでもなくアニメ『アルプスの少女ハイジ』の「クララが立った!」のパロディーだろう。

 さらに龍雲丸(柳楽優弥)が直虎に告白するシーンには、映画『君の名は。
』と『101回目のプロポーズ』の有名な台詞のパロディーが盛り込まれた。さらに、北条氏康の死んだとの報を受けた武田信玄(松平健)が喜びのあまり立ち上がり、両手を挙げて「死におった!死におった!」と小躍りするシーンもあったが、このシーンを指して視聴者の間では松平本人のヒット曲にちなんだ「信玄サンバ」の呼び名が瞬く間に定着した。

 ところどころに笑いを盛り込み、終盤には一農婦として龍雲丸と幸せに暮らす直虎の姿を描いたことから、今回ばかりは「癒し回」かと思われたが、それで許してくれないのが『直虎』の森下脚本。ラストでは戦備えに身を固めた信玄がいよいよ西に進軍する様子が描かれた。直後にカットが切り替わり、井伊直親の隠し子を名乗っていた高瀬(高橋ひかる)が武田の軍勢と同じ赤い色の着物を身につけた、端正な横顔が映し出された。表情からは何も読み取れないが、空を見つめるそのまなざしはとても意味ありげ。


 高瀬はこれまでも微妙に怪しい点があり、今回は信玄の名言とされる「人は城」にそっくりな台詞も口にしていた。さらに、次回予告では炎に包まれる建物を見つめる高瀬の姿もあったことから、視聴者の間では「高瀬=武田の間者」説が再燃している。公式サイトの予告でも「高瀬の真実が明かされる」となっており、何か秘密を抱えていることは確実なようだ。

 思えば、政次が「高瀬は武田の間者ではないのか」と疑ったのは第20回のこと。その後は特に何もなく、結局思い過ごしだったのかと視聴者の誰もが思ったところで突然伏線回収に入る脚本の妙は、長丁場の大河ドラマだからこその技と言えそうだ。次週以降は、皆が平穏に暮らすためにお家再興をあきらめたのに、それでも平穏には暮らせない戦国の現実が描かれていくようだ。
とことん試練が続く井伊家に再び明るい光が射すのはいつの日になるのだろうか。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)