経営再建中のパイオニアが12月7日に、アジア企業に投資するアジア系投資ファンド、ベアリング・プライベート・エクイティ・アジアの傘下に入ると発表した。ベアリングは総額1020億円で買収してパイオニアを完全子会社とする。
今回の買収に伴い、パイオニアは経営陣も一新し、森谷浩一(もりや こういち)社長と社外取締役2人を除く現取締役は辞任し、ベアリングから取締役が送り込まれる。森谷社長は無給になると発表されたが、オーナー経営者でもないのに無給で留任するとは、むしろ経営倫理的に問題があると私は考える。森谷氏も退任するのが適当だ。
●勝ちきれなかった先駆者、パイオニア
パイオニアの創業は古く、伝統がある電気メーカーだ。1938年に福音商会電機製作所という社名で創業されたときはスピーカーのメーカーだった。戦後、ステレオの製造販売も始め、「スピーカーのパイオニア」としてそのオーディオ技術が評価されていた。オーディオ専業だった時代の61年に社名をパイオニアと変更した。
パイオニア(先駆者)という社名にふさわしく、いくつかの分野で創出的なメーカーとしてマーケットをリードしてきた。80年代にはカラオケに使われるレーザー・ディスク(LD)で一世を風靡して、カラオケの普及に大いに貢献した。しかし、カラオケがオンラインで楽曲を呼び込むような時代がやってきて、スタンド・アロン機器としてのレーザー・ディスクはその使命を終えた。
次にパイオニアが名を馳せたのは、カー・ナビゲーションである。
家電の王様、テレビの世界でもパイオニアはユニークなビジネスを展開した。すなわち、2000年代にプラズマ・テレビの大手メーカーとして松下電器産業と並んでその普及に挑んだのである。しかし、やがてプラズマ・テレビそのものが液晶テレビとの価格競争に敗れ、パイオニアもこの分野から09年に完全撤退した。
歴史を振り返ってみると、パイオニアという企業はエレクトロニクスのいくつかの領域で尖がった技術を有していたが、それを最後まで世界でビジネス展開していく経営力は十分でなかった。そのため、他社による完全子会社化に至ってしまったのだ。
●投資ファンドはメーカーを経営できない
栄光と挫折を繰り返してきたパイオニアは、結局現時点ではキャッシュを生みだす基幹事業を喪失してしまった状況だ。
7日の発表で森谷社長は、「地図やデータの組み合わせによるソリューション・ビジネスでの成功を目指す」とした。というのは、高精度なデジタル地図向けのデータベースを持つインクリメント・ピーという子会社があるからだ。この技術資産は、これから始まろうとしている自動車の自動運転に活用できる、確かにビジネスの可能性があるものと考えられる。
しかし、インクリメント・ピーのビジネスが現在のパイオニアの財務に大きく貢献しているわけでもない。
今回のファンドによる子会社化に伴って、パイオニアでは連結で約2万人いる従業員(非正規も含む)のうち、約3000人程度を削減するとした。生産や販売体制の見直しに加え、冒頭に記したように経営陣も刷新する。
さて、せっかく買収した、それも100%子会社とした会社にベアリング側が新社長を送り込まないのはなぜだろう。同じ電気メーカーでも、シャープの場合は親会社となった台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)から戴正呉氏が最初から新社長として送り込まれ、同社長の指揮のもと、V字回復を遂げている。
一般的に投資ファンドがある事業会社に投資した場合、あるいは会社を入手した場合、ゴールとするのは「利益を出した上での売却」であり、再上場も含まれる。これを「投資の出口(エグジット)」という。
利益率のよいエグジットを行うために、投資ファンドは入手した企業の企業価値を高めようとする。経営指導や支援もするし、適切と見れば経営者の送り込みも行うのが通常だ。買収した事業会社がサービス産業やレストラン・チェーンなどのフード産業などの場合は、そのオペレーションの改善やコストカットにより業容を再生させることができる。送り込んだ新社長でも、その事業会社の事業構造を見て適切な手を打てることが多い。
しかし、シャープやパイオニアのように技術特化が見られる製造会社の場合、外から乗り込んで行ってビジネスを立て直すことは難しい。
エレクトロニクスの特定領域でパイオニアの技術レベル、そしてポテンシャルは高いものと推定される。そしてその活用こそがパイオニアを再生するための肝となるはずだ。しかし多様で、まだシーズ(種)であろう技術要素を発掘し、評価する作業は、外部から乗り込む経営者には難しいことだろう。
私の場合も、経営者を引退するまでに6つの会社を任されたが、開発志向の製造会社の場合は、進むべき技術分野の選定にはいつも苦慮したものである。だからベアリングは、パイオニアで他のプロパー役員は退任させた一方で森谷社長だけを残して、新体制でも采配を振るうことを許した、あるいはむしろベアリング側がそれを望んだと推察できる。
●無給の社長など禁じ手ではないか
森谷社長は、実はパイオニアで新任の社長である。今年の6月に常務から昇格したばかりである。新卒でパイオニアに入社して各部署を歴任したプロパー社員であり、創業家出身でもない。サラリーマン社長といってよいだろう。
6月に新社長に昇格して最初の大仕事が、新卒から勤め上げてきたパイオニアを外国の投資ファンドに売り渡すこととなった。しかも、それを発表した7日の席では、社員3000人を削減することも発表した。
森谷社長はよほど寝覚めが悪い思いをしたのか、発表の席で「私の報酬はなくなる。貯金を取り崩しながら、会社の再成長をやり遂げたい」と吐露し、悲壮な覚悟を見せた。森谷氏の基本報酬は19年1月からゼロとなる。
この決定はベアリングから押し付けられたものではなく、森谷氏が自分で選択したものと思われるが、それは経営者としてセンチメンタルに過ぎると私は思う。賛同できない。
いやしくもパイオニアは年商3654億円、従業員数約2万人(いずれも18年3月期)を擁する名の通った大企業である。資本構成が変わるからといって、これだけの企業のトップが無給という例は少ない。
他の例としては、日本航空を再生させた稲盛和夫前会長のケースがあった。しかし、稲盛氏は京セラの創業者であり稲盛財団の理事長で、その資産力は想像にかたくない。しかも同氏は仏教臨済宗で在家得度までしている宗教家だ。通常の経営者では及びもつかない奉仕と救済の意思を有していた。
稲盛氏が日本航空会長に就任時も、私は「無報酬なんてとんでもない禁じ手だ」と評していた。企業の経営には大きな責任が伴い、集中的な没入が要求される。それをボランティアでやれてしまうのは、資産家で宗教家だった稲盛氏のみにできることで、その行動指針を他のあまねく経営者の模範としてはならないと思ったのだ。
また、日産のゴーン前会長が報酬の未記載で逮捕されているが、公表されていた年報酬約10億円とほぼ同額を、先払い扱いとしていたと報じられている。不動産の提供や個人の投資損の会社への付け替えを図ったなどとも報じられているが、それらはさておき、あれだけの事業再生を成し遂げた経営者に年俸20億円がふさわしかったのかどうか、しっかり公表して市場や従業員の批判を受ければよかったのだ。
森谷氏が無給でパイオニアの経営に当たるというのは、それを自分はボランティアでやると宣言したわけだ。聞こえがいいかもしれないが、経営の責任への認識がプロフェッショナリズムと対極にあることを晒してしまっている。プロの対極とはアマチュアなので、森谷氏は自分が経営者として自信がないから「無給でやらせてください」ということになってしまったのだ。
しかし、そんな経営者に率いられる従業員こそ、かわいそうだ。そもそも年俸がゼロとなる経営上の大きな瑕疵が森谷氏には見当たらない。6月に新社長として着任したのだから、ここに至るパイオニアの苦境に対して直接の経営責任を問われる立場にないのだ。
企業経営には大きな責任も伴えば、チャレンジも迫られる。
ベアリング傘下入りに際して、パイオニア側でそれを差配した森谷氏はどう身を処せばよかったのか。他の役員同様辞めればよかった、今からでも辞めればよい。ベアリング側は戸惑うだろうが、必ず次の世代のなかから頭角を現す幹部が出てくるはずだ。技術の蓄積があるパイオニアには、それをつくってきた優秀な社員の蓄積もあるはずだ。
リストラなどに対する社員からの突き上げや反感を忖度したのだろう、あろうことか失敗もないのに自らの給与を返上するような根性のない経営者は、その席を降りたほうがいい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)