国際ジャーナリストの堤未香さんが昨年10月に上梓された『日本が売られる』(幻冬舎新書)を読んだ際、筆者の地元の「ごみ処理」を行う柳泉園組合(東京都)の長期包括運営委託契約は、同書「日本が根こそぎ奪われる。水が売られる(水道民営化)」の章で解説されている水道民営化の「コンセッション方式」と同様に見えた。
堤さんは本書で「土が売られる(汚染土再利用)」「タネが売られる(種子法廃止)」「ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)」「食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)」「森が売られる(森林経営管理法)」「海が売られる(漁業法改正)」と指摘している。日本の農民、漁民や国民の消費生活を守るさまざまな法的な防御策が壊され、国民がグローバル資本、強欲資本の参入に対して保護されない“裸の状態”になりつつある。
本来ならあらゆる法的対処策を取りながら国民を守らなければならない国や地方の行政府が、なぜ日本がこれまで築いてきた資源をグローバル資本に差し出すような事態になっているのか。同書によれば、TPP(環太平洋経済連携協定)の取り決めを守るために「規制改革推進会議」(※1)の主導の下に、これまで中小零細企業を守ってきた規制を緩和し、大企業の参入に道を開く各種法制度の改定が背景にあるという(同書P.121~122)。
TPPは11カ国での条約締結に向けて、昨年末12月30日に6カ国で国内手続きが終了し、2カ月後に発効すると発表された。オーストラリアやカナダ、メキシコ、東南アジアなどの国を含み、関税やそれに類する各国の保護策を撤廃し、世界の国民総生産の13%を占める巨大な自由貿易圏をつくるという協定である。
10月30日付日本経済新聞の一面では、「米中横目に巨大貿易圏」「TPP11 日欧EPA発効へ」という大見出しと、「EUを含めると世界経済の4割弱」「企業、商機見越し着々」という中見出しが躍っていた。関税の大幅な撤廃によって、自動車を中心とした日本の工業製品等の輸出産業にとって有利な市場ができたとしても、それが日本の第1次産業や中小零細企業を切り捨て、日本社会を崩壊させるリスクがあることを政府は国民に示していない(※2)。
なぜ、このようなねじれが起きているのか。今回は筆者の専門領域である日本の「ごみ処理問題」を通して考えたい。
●長期包括契約の履歴
本稿で今回取り上げる日本のごみ処理が「売られる」という問題は、市町村が持つごみ処理の権限が、民営化によって民間事業者に委ねられていくことが発端となっている。自治体が持つ自治権のなかでも、一般ごみの処理は極めて重要な位置を占める。
では、自治体がなぜ自治権を民間企業に切り売りしたり、譲り渡すようなことが行われるのか。
まず、長期包括運営委託契約(以下、長期包括契約)の出生の由来を振り返ってみる。民営化の動きは1999年、PFI推進法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が施行されたときから本格的に始まる。同法では、廃棄物の処理施設もPFIの対象事業として挙げられていた(※3)。
民営化はPFI法以前にも、公設公営の下での民間委託に始まり、PFIのような公設民営化、そして民設民営化(自治体は敷地を提供)が行われてきた。そしてPFIの事例として、期間を限定する長期包括契約が官主導で行われてきた。その背景には、「地方自治体の財政難による施設整備の先送りと、維持管理費の確保の困難性」(※4)があると指摘されている。つまり民営化は、自治体の財政難が引き金となって行われてきたといえる。
しかし、民間事業者は利益が出なければ公共施設の運営に参入しない。市町村が処理責任を負う一般ごみは、景気や資源リサイクルによって増減し、近年は減る傾向である。さらにごみ処理方式は、焼却処理方式で見ると過去数十年間変わっておらず、劇的な技術革新はない。
●民営化にあたり必要不可欠な技術革新
これまでは、ごみを燃やして焼却灰にすることによって約10分の1に減容化し、残った焼却灰を埋め立て処分するという方法が数十年の長きにわたって各地で行われてきたが、それ以外の方法はあるのだろうか。
焼却されている可燃ごみは、生ごみ、プラスティックごみ、紙ごみの3種類に代表的に大別される。そのなかでも約半分を占めるのは、生ごみである。その生ごみは約90%が水分で、全国の清掃工場ではこれを焼却している。しかし、水は常温常圧では100度で蒸発し気化する。つまり膨大なエネルギーをかけて水を燃やすということが毎日、全国の清掃工場で行われている。
その生ごみを燃やすエネルギーを確保するために、紙ごみは資源化せずに焼却し、補助燃料にもお金を使い、場所によっては補助燃料代わりにプラスティックを燃やしている。もともと、ごみの清掃工場の焼却炉で高温に焼却するのはダイオキシン対策のためであった。プラスティックを燃やせばダイオキシン等の有害物が排出するため850度以上で高温焼却するということであった。ところが、生ごみ焼却のエネルギー確保のためにプラスティックを燃やすという支離滅裂なことが行われている。
生ごみリサイクル全国ネットワークの福渡和子氏は、『生ごみは可燃ごみか』(幻冬舎ルネッサンス新書)で、生ごみは可燃ごみとして焼却してよいのかという疑問を投げかけている。生ごみを燃やす日本の焼却方式の見直し、技術革新をこそ優先させる必要がある。その際、民間の技術が必要になるであろう。
●生ごみの資源化処理や消滅処理の技術革新
この生ごみの焼却処理では、新たな技術革新によって資源化したり消滅させることで、可燃ごみから除外する方式が実用化されつつある。ごみに付着している微生物を使う方式では、従来の堆肥化等で使う嫌気発酵ではなく、好気発酵によって炭酸ガスと水蒸気に変えて消滅させる方式の実証実験が久喜・宮代衛生組合(埼玉県)で行われ、確立されつつある。
また同方式の応用編としては、例えば生ごみをディスポーザーで粉砕して下水に流し、粉砕後に残る固形分を好気発酵処理する方式は、埼玉県秩父市や愛知県豊川市の給食センターで実施され、注目されている。こうした方法を用いれば、生ごみを焼却する必要はなくなり、これだけでも可燃ごみの量は半減する。
このほかにも、下水処理場から発生する下水汚泥や浄化槽汚泥に生ごみを混ぜてメタン発酵させ、収集したメタンによって発電を行うという愛知県豊橋市での処理も、一昨年10月から稼働を開始し、注目されている。
こうした技術革新を内包した新しい処理を行うということであれば、民間企業にとっても参入の動機となり、その活用は生きてくるといえる。実施する市町村における基本計画づくり(※5)が必要であるが、住民の了解と参加も得やすいだろう。いずれにせよ、民営化や長期包括契約より、こうした技術革新を進めることが重要である(現在進行中の技術革新については別途報告したい)。
ごみ処理における技術革新は、分別・資源化によってできるだけ処理量を削減してコストを下げるというのがベースにある。
●民営化の右往左往
PFI推進法が施行直後の2003年、一般廃棄物の清掃事業としては、千葉県でかずさクリーンシステム株式会社が4市(木更津市、君津市、富津市、袖ケ浦市)の可燃ごみ処理を担う第3セクターとして建設された。4市の可燃ごみの処理は事業会社に移り、委託費の支払いだけとなった。しかし、PFI事業は自治体による支払額に対してその効果を最大化するVFM(Value for money)(※6)の算定が求められるなどハードルが高く、公設民営というかたちで期間を限定する長期包括契約が民営化では主流となる。
このように技術革新が欠如したPFI方式は、自治体の資金を頼り、行政にもたれかかるかたちになるため、本来の民営化とはほど遠い内容である。堤さんが指摘しているように、海外で先行する民営化では失敗する事例や委託を受けた事業者の撤退も相次いでいる。
このように自治体における事業を民営化する際には、ごみの処理を含め、何もかも民営化すればうまくゆく、これまでの事業の質を維持したうえで安くなるというものではなく、場合によっては安くなるということが保障されない事例もあることがわかる。
では、民営化における長期包括契約とは、どのようなものなのか。具体的にどのような問題が表れてきたか。
たとえば、建設した焼却炉を焼却炉メーカーの関連子会社が運転・管理する形式を導入した柳泉園組合は、大規模改修工事の契約を長期包括契約のなかに紛れ込ませていた。これは異例であり、本来、建設業法では工事契約は請負契約にしなければならない。
では、この柳泉園組合の契約では具体的にどのような問題があったのか、長期包括契約の実態を見ながら整理したい。次回は、財政難を解決するどころか、官民癒着を生んでいた実態を紹介したい。
(文=青木泰/環境ジャーナリスト)