1月から始まったNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』の平均視聴率が、第6話で9.9%と1桁に転落し、第7話が9.5%、第8話が9.3%と下がり続けている(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。第1話は15.5%だった。
脚本は宮藤官九郎、ダブルキャストの主演は中村勘九郎と阿部サダヲ、主要なキャストも役所広司、ビートたけし、竹野内豊、星野源、小泉今日子、綾瀬はるか、生田斗真、ピエール瀧、松尾スズキ、中村獅童、森山未來ときわめて豪華だ。
なぜ視聴率が振るわないのか。その根本原因はなんなのか。前回に引き続き、NHKで長年にわたり制作や編成に従事し、現在は次世代メディア研究所代表である鈴木祐司氏に聞いた。
映画の興行収入が話題になることもあるが、素晴らしいと思える作品が単館上映だったりすることもある。そういう映画のためのミニシアターも存在する。1桁の視聴率でも楽しんでいる人がいるなら、それでいいということにはならないのだろうか。
「NHK定例記者会見で木田幸紀放送総局長が危機感をにじませていたのは、それはそれで理由があるわけです。やっぱり大河ドラマって、ものすごくお金をかけていますから。
それぞれの選択で自分で料金を払って見る映画と違い、NHKは放送法で義務付けられた受信料を払っているわけだから、やはりそういうことになるのだろう。
では、『いだてん』視聴率回復の手立てはあるのだろうか。
「金栗四三は、ストックホルムオリンピックで走っていて失踪してしまうわけです。ストックホルムでロケもしたという、その山場が3月に来るので、そこに向けて番宣を打ったり解説番組を設けたりして数字を上げるということを、総局長は発言しています。だけど難しいでしょう。事前の番宣がこれまでの大河のなかで1番多かったわけです。しかも朝ドラの奇跡と言われた『あまちゃん』と同じチームです、と思いっきり期待を煽った。期待値100%みたいなところで始まって、そしたら視聴者の3分の1が逃げた。
視聴者がある番組に1回失望して、再び戻ってくるということは、ほぼない。志ん生をビートたけしにやらせていますが、志ん生に思い入れのあるたけしが、その役をやるというのは話題性は抜群で、最初に視聴者を引っ張ってくることはできます。
ドラマから逃げてしまった人たちが、解説番組を見るとは思えないですし、逃げてしまった5~6%の人たちを取り返せたとしても視聴率に換算するとせいぜい1~2%でしょう。まだ全然見てない85%くらいの人たちを開拓しなくてはいけないということですけど、そんなことができるかなあという感じです」
●制作陣が抱えていた不安
じわじわと視聴率が上がった『あまちゃん』の現象再来は期待できないのだろうか。
「“じぇじぇじぇ”が流行りだして、有村架純の1980年代の“聖子ちゃんカット”が話題になって『あまちゃん』の視聴率は5~6月くらいからじわじわと上がり始めました。8月に3日連続で『あまちゃん』のダイジェストをやって、それを見ておもしろいと思った人たちが見始めて、最終週は23%を超えたんです。
訓覇圭プロデューサーに『視聴率を上げるために、そこまで計算してたんですか。すごいですね』って言ったんですけど、『いやあ、そんなこと全然考えてなかった。とにかくクドカンの脚本があまりにも突拍子もないもんだから、それを映像化することで精一杯で、なんの計算もしてない』ということでした。今回、『あまちゃん』と同じゴールデンチームで、『新しい大河をつくれよ』みたいな声が上司や外野からあって、相当強く意識していたと思うんです。初回の試写の時に、訓覇プロデューサーも井上剛監督も、『難しかったでしょうか?』『ダメですか?』などと記者たちに聞いていたということなので、不安があったんだと思います」
金栗四三の出身地の熊本方言の「とつけむにゃあ」。
「春休みくらいにダイジェストをやる、ということは考えられます。だけど『いだてん』はドラマの構造自体が複雑なので、その解決が難しい。私が編成にいた時に、NHKを見てくれない若い人たち向けに、NHKの多くの番組を5分以下のミニ動画にしてネットに配信したことがあるんです。5分でわかる大河、5分でわかる朝ドラ、ってやったんです。NHKスペシャルも5分間の『Nスペ5ミニッツ』というのをつくりました。
それと同じ発想で、1つのロケでつくり上げた材料で2つの番組をつくるということを、現場にいた頃から主張していたんです。『いだてん』だったら本編とは別に、たとえば金栗四三物語で60分1本つくる、嘉納治五郎物語で60分1本つくる。たけしが喋ると逃げちゃう人も多いかもしれないけど、森山未來が好きだっていう人もいるでしょうから、若い頃の志ん生を中心に1本つくる。
さらに、明治の日本橋、昭和の日本橋、現在の日本橋というかたちで、日本橋の100年というのをつくればいいんですよ。
『国家を背負ってなんて、走りたくない』みたいな、オリンピックへの批判的な視線も垣間見えます。そういうところを活かして、自殺してしまったマラソンランナーの円谷幸吉の話と絡めてミニ動画をつくってもいい。そういう因数分解したさまざまな作品とかミニ動画をバーッと並べて、クドカンワールドの難しさに耐性をつくってあげるというのも、視聴率1桁で終わらないための努力としてはあると思います」
●視聴者を取り残された気持ちに
志ん生が主要登場人物であるから当然だが、落語ネタがちらほら出てくる。落語好きならば、吉原で遊んだ後に棺桶の話が出てくれば「ああ、あの話だ」とわかり、ドラマのこの展開は落語の「付け馬」の翻案なのだなとわかる。知らなければ取り残された気持ちになる。「芝浜」についても同様だ。
「世の中で寄席に行ったことのある人は、1割もいないと思うんです。そういう意味では、けっこう狭いところ狭いところを攻めてきているわけです。あんなに膨大な番宣をやったくらいなんだから、『芝浜』とか『付け馬』を年末年始にやっときゃよかったんですよ。
日本橋の100年というのも『いだてん』を見させようというスケベ根性を捨てて、時代の変遷で日本人の価値観が変わって、夢の高速道路のはずが今は邪魔になっているという社会問題としてやっておけばよかったんです。そういう布石を打っておけば、ドラマを見た人は『あれ? これってどこかで見たな。俺知ってるぜ』という感じで親しみが湧きますよね」
中村勘九郎は2月17日、北九州マラソン2019でスターターを務め、「金栗先生のお言葉“体力・気力・努力”でがんばってください!」とランナーたちに声援を送った。視聴率回復の試みだったのかもしれないが、この日の放送も低視聴率を更新した。アッと驚くような思いもつかない企てで、視聴者を取り戻してほしいと願うばかりだ。
(文=深笛義也/ライター)