お家騒動で揺れるロッテは、2019年2月20日付で創業者の次男で取締役副会長の重光昭夫氏が、グループ持株会社ロッテホールディングスの代表取締役に復帰したことを発表した。

 日本での中核事業会社であるロッテの牛膓(ごちょう)栄一社長は、「ロッテグループ経営体制がさらに安定することで、安心して事業に集中できる」とコメントしている。

創業家の長男と次男による主導権争いは2015年以来、混迷を極めてきたが、ようやく正常化に向けて最終局面を迎えたようだ。ただし、重光昭夫副会長の見据えるロッテの将来像は、意外なことに「所有と経営の分離」にあるようだ。

●日韓をまたにかけた財閥

「お口の恋人」というキャッチフレーズで知られるロッテ。創業は1948年で、韓国出身の重光武雄氏がお菓子メーカーとして立ち上げた。当初はガムが大ヒットして事業を拡大し、その後、日本だけでなく韓国でも事業を拡大。いまや韓国と日本を中心とした財閥に発展。日本のロッテの売上高は3033億円、韓国のロッテの売上高は約6兆円あり、韓国第5の財閥となっている。

 武雄氏は、高齢で経営の第一線からは身を引いている。「長男の宏之氏が日本」「次男の昭夫氏が韓国」事業を担当する役割分担となっていた。

 そのロッテで、創業家のお家騒動が勃発したのは2015年。宏之氏がロッテにおける要職を次々と解任されたのが発端だ。宏之氏は、取締役会で決議された以上の投資を自分の一存で行い、さらに取締役会に虚偽の説明を行うなど、「取締役としての適正性を著しく欠く行為を行った」(宏之氏が提起した取締役解任に伴う損害賠償請求事件控訴審での東京高裁判決文)として取締役を解任された。
代わりに昭夫氏がロッテの経営権を掌握した。

 それに対して宏之氏は反撃の狼煙を上げた。16年には臨時株主総会を開催させて、武雄氏を除く昭夫氏ら全経営陣の解任、宏之氏自身をはじめとする取締役選任を要求。票は集まらず否決されたが、その後も定時総会のたびに同様の株主提案を行っている。今までに計4回の総会すべてで否決されている。

 宏之氏の取締役復帰が毎回否決される理由は、その株主構成を見れば一目瞭然だ。宏之氏が実質的に支配する光潤社と、個人で保有する株式の議決権比率は約34%弱しかない。

●従業員持株会の説得を試みるも

 そこで鍵となったのが、従業員持株会の存在。同会は議決権比率が31%強あるため、宏之氏としては、社員に対して自分の支持に回るよう説得してきた。

 しかし、それまでのコンプライアンスを無視した言動が明らかになり、また社員説得のための活動が「あきれた内容」(ロッテ社員)だったため、完全に社員からの信頼を失うことになった。

 15年には、病気療養中といわれる父・武雄氏を担ぎ出し、韓国から日本に連れてきてロッテの社内に乗り込み、武雄氏を除く昭夫氏ら全経営陣の退任と自らの復帰を発表した。ただし、取締役会や株主総会の決議を経ていない無効な内容で、このクーデターはあえなく失敗。
無効だった人事発令については、「全社員がアクセス可能な社内ネットに掲載することにより、被告社内に相当程度の混乱をもたらすことは、容易に想定されうる」(武雄氏が提起したロッテホールディングス取締役会決議無効確認等請求事件の東京地裁判決文)と、裁判所からもあきれられた。

 また、宏之氏は、自身が提起した取締役解任に伴う損害賠償請求事件裁判のなかで、3年あまり(2011年10月~14年12月)にわたって従業員や役員のEメールを自身に不正転送させて“のぞき見”していたことが明らかになった。裁判所は、「ロッテグループ役職員等の電子メールを転送させ、情報を不正に取得していることからすると、コンプライアンス意識も欠如している」(宏之氏が提起した取締役解任に伴う損害賠償請求事件控訴審での東京高裁判決文)と厳しい言葉を投げかけている。

 極めつきは2016年、社員を味方につけようとして「上場を目指す」「社員向けのベネフィットプログラムを導入する」などとぶち上げ、本社をはじめ全国の会社・工場の前で社員にチラシを撒いたり、周辺に“街宣車”を周回させて社員の気を引こうとしたが、「むしろ社員は宏之氏を遠ざけるようになった」(ロッテ社員)という。

●降って湧いた昭夫氏の身柄拘束

 こうした状況下で降って湧いたのが、昭夫氏の韓国での身柄拘束だ。

 韓国ソウル地裁は18年2月、韓国ロッテによるパク・クネ前政権時のKスポーツ財団への70億ウォン(約7億円)の寄付が、免税店事業権の再取得のための“暗黙の請託”と認められる、つまり賄賂であったとして懲役2年6カ月の有罪判決となり、昭夫氏は身柄を拘束されたのだ。

 身柄拘束を受けて、昭夫氏はロッテの代表取締役を辞任。ロッテの経営体制が急に不透明になった。

 ただし、韓国ソウル高裁の控訴審がすぐに行われ、18年10月には、懲役2年6カ月に執行猶予4年が付与され、すぐに釈放された。とはいえ、韓国検察はすぐに控訴しているため、今は最高裁の判断を待つ状況となっている。韓国では、前大統領を繰り返し糾弾することで現政権の支持率アップを狙う政治的側面もあり、裁判の行方が不透明になっているだけでなく、判決が出るまでには数年かかる可能性もあるとみられている。

 こうした背景から19年2月、昭夫氏は早期に改革を進めるために代表取締役に復帰した。


 日本のロッテにおいては昭夫氏の経営手腕を高く評価する声が多く、経営の正常化をアピールする意味でも、昭夫氏の代表取締役復帰はロッテにとって必須だったということだろう。

 特に菓子メーカーにとって生命線である製品開発・設備投資については、宏之氏の時代は「工場への投資は必要最小限とする方針から設備投資は停滞気味」(ロッテ社員)だったが、昭夫氏がトップを務めるようになってからは一転し、将来の需要が見込めるアイスクリームとチョコレート事業への設備投資を積極的に実施する方針に転換され、新製品投入も増えて売上高も順調に回復した。

 特に大ヒット商品となった「乳酸菌ショコラ」は、わずか半年で商品企画から製造設備の開発、販売まで行い、新製品の垂直立ち上げに成功した。ロッテ社員たちのモチベーションを上げるという効果もあり、これを全面的にバックアップした昭夫氏の社内での求心力も高まったといわれる。

●息子は大手証券会社に勤務

 昭夫氏の代表取締役復帰で、兄弟による骨肉の争いは「昭夫氏の勝利」で終わるのではないかという見方もある。しかし内情を調べてみると、事情は違うようだ。

 というのも、昭夫氏は自らの息子をロッテには入社させていない。息子は大手証券会社に勤めており、現在のところ「ロッテの経営を担うという話は聞こえてこない」(ロッテ社員)という。

 また18年4月には、グループ傘下の製菓3社(ロッテ、ロッテ商事、ロッテアイス)を合併させて、「将来的には上場を目指す」と宣言。さらに、新ステージに入ったことをアピールするため、新会社の代表取締役社長にロッテ生え抜きでロッテ商事専務だった牛膓氏を据えるなどガバナンス改革を進める。15年8月には初の社外取締役を選任したほか、韓国においては株式の持ち合いによって複雑になっているグループ会社の再編にも手をつけ始めている。

 つまり、昭夫氏としては、経営を世襲するのではなく、日本、韓国でそれぞれ上場させ、「所有と経営の分離」を果たすというビジョンを持っているとみられる。
宏之氏が創業家支配に固執する一方、昭夫氏は長期的な企業価値の増大に向けたガバナンス経営を目指して動き始めているともいえよう。

●上場が最後の難関か

 正常化の道を探るロッテだが、残る関門は2つだ。

 ひとつは、前述した韓国での昭夫氏の裁判の行方。政治問題化しているだけに先は見通せず、結果を待つしかない。それだけに傘下企業の株式上場などを果たして、“脱創業家”の経営体制へシフトしていく必要がある。

 その「傘下企業の上場」が最後の難関だ。

 代表取締役に復帰した昭夫氏の有罪判決リスクがあるなかで、上場を認められるのかというリスクがある。とはいえ、有罪となっても経営が存続できるよう、ガバナンス改革を急いでいるのは確かだ。

 一筋縄では行かないが、ロッテの正常化に向けた最終局面が近づいているのは確かだろう。
(文=石井和成)

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