3月30日の最終回が目前に迫り、クライマックスを迎えている連続テレビ小説『まんぷく』(NHK)。世界初のインスタントラーメンであるチキンラーメンを発明した、日清食品創業者の安藤百福(ももふく)氏とその妻・仁子(まさこ)さんをモデルにしている。
チキンラーメンは2018年8月で60周年を迎え、営業努力に加えて『まんぷく』放送という追い風があり、過去最高の売れ行きとなっている。そのインスタントラーメン発祥の地・大阪府池田市にある「カップヌードルミュージアム 大阪池田」にお邪魔した。
●創業者精神の「食足世平」とは
ミュージアムの入り口には四字熟語のような文字が。いずれも百福氏が掲げ、現在も日清食品の理念になっている言葉なのだそう。日清食品ホールディングス(HD)広報部の川手淑栄さんに解説いただいた。
「食足世平」(食足りて世は平らかなり)
チキンラーメンの開発は、戦後まもなく百福氏が大阪駅周辺で目にした、たくさんの人が寒さに震えながら屋台の前で1杯のラーメンを求めて長い列をつくる光景から着想された。食が足りてこそ世の中は平和になる、食がすべての原点である、という揺るぎのない百福氏の思いが詰まった言葉なのだそうだ。
「食創為世」(新しい食文化を創造することで世の為に尽くす)
「美健賢食」(空腹や味覚を満足させるだけでなく、人は美しく健康であるために、賢い食事をすることが大切)
「食為聖職」(食は人々の生命の根源を支える仕事であり、食に携わる仕事は社会に奉仕する清らかな心を持って人々の健康と世界の平和に貢献する聖職である)
飽食の時代といわれる現代でも、今なお貧困で1杯のラーメンすら口にできずに飢える人々がいる。食品偽装をはじめとした、食をめぐる事件は後を絶たない。そんな現代に生きる私たちこそ、百福氏の残した言葉を真摯に受け止めたい。
ミュージアムには、『まんぷく』にも登場する、チキンラーメン発明の舞台となった研究小屋が当時のままに再現されている。実際に研究小屋があったのは、ミュージアムの隣町に位置する池田市呉服町だ。
この小屋の展示は、「特別な設備がなくてもアイデアがあれば、世界的な発明が生み出せる」という百福氏からのメッセージなのだそう。
●大人気!チキンラーメンファクトリー
『まんぷく』で、揚げ物をする福子を見て萬平が「これだ! 天ぷらだ! 福子」と叫ぶ場面がある。実際に、百福氏は妻の仁子さんが揚げ物をしている姿を見て、油で麺を揚げて乾燥させる瞬間油熱乾燥法を思いついたのだという。
ミュージアム内にある「チキンラーメンファクトリー」では、これらの工程を実際に追体験できる。もっとも、こちらは事前予約制となっており、週末の予約は受付開始と同時に埋まってしまうほどの人気。
『まんぷく』を観て北九州から来たという親子に声をかけた。できあがったチキンラーメンを受け取り、「楽しかった」「これを発明したなんてすごいと思った」と興奮気味。『まんぷく』で家族総出のチキンラーメンづくりを観た後では、感動はひとしおのようだ。
●発明を体験!マイカップヌードルファクトリー
チキンラーメンファクトリーの予約が取れなかった方も、落胆せずに予約不要で体験できる「マイカップヌードルファクトリー」に足を運んでほしい。ここは、世界でひとつだけのオリジナル「カップヌードル」をつくることができるファクトリー。筆者も体験した。
その後、4種類の中からお好みのスープと、12種類の具材の中から4つのトッピングを選ぶ。筆者は、チリトマトスープに期間限定の特選具材のバジル謎肉、ガーリックチップ、チェダーチーズ、ひよこちゃんナルトをチョイス。
ここでぜひ注目してほしいのが、「逆転の発想」といわれる、麺を容器に入れる際の工夫だ。麺は容器に合わせた円すい台形。麺を容器に入れるのでは、上下が逆になってしまったりずれたりとうまくいかなかったそうだ。そこで、百福氏は考え抜いた末、麺の上から容器をかぶせ、ひっくり返すという方法を編み出した。容器に上から入れるのではなく、容器を麺にかぶせることで、ずれることなく正しい位置に収めることができるようになった。ファクトリーでは実際に麺の上に容器をかぶせ、ハンドルを回しながら麺が容器に収まる様子を体験できる。
予約不要とはいえ、『まんぷく』効果などで例年比150%の人出となっているため、マイカップヌードルファクトリーの体験には待ち時間1時間以上は想定しておきたい。また、混雑状況によってはカップの販売を早めに終了するとのこと。狙い目は開館直後の9時30分だ。
お湯を注ぐだけで食べられるインスタントラーメンだが、容器、麺、具、製造工程の一つひとつに試行錯誤の結果たどり着いた発明が詰まっている。1971年当初、満を持して発売されたカップヌードルはなかなか売れなかった。ここまでは『まんぷく』でも描かれているエピソードだが、ドラマとは異なり、実際に転機となったのは72年2月のあさま山荘事件だ。連合赤軍と機動隊の攻防がテレビで全国中継されたとき、雪の中で湯気が上がるカップヌードルを立ったまま食べる機動隊員の姿が放送され、それをきっかけに大ブームが到来したのだという。そんなインスタントラーメン発明のエピソードは、展示「安藤百福とインスタントラーメン物語」で知ることができる。
●見習えない?見習いたい?安藤仁子さんの生き方
『まんぷく』のヒロイン・福子のモデルとなった、安藤百福氏の妻・安藤仁子さん。「チキンラーメンの女房 安藤仁子展」は、亡くなった後に発見された直筆の手帳に残された回想録と共に、その生涯をたどる展示となっている。
仁子さんの手帳は「主人が命かけた日清が成功した」という文字で締めくくられている。半世紀以上にわたり百福氏を支え続けた仁子さん。訪れていた大阪在住の女性は「とても真似できない」「成功する前に私なら『やめて』と言ってしまう」と仁子さんの献身に驚く。
『まんぷく』は安藤百福・仁子夫婦をモデルにしているが、あくまでフィクションであり、当然実際とは異なる脚色もある。「展示でドラマとは違う夫婦の物語を知ってほしい」と日清HD広報部の川手さんは話す。
●『まんぷく』人気で盛り上がる大阪・池田市
ミュージアムのある池田市では、『まんぷく』の放送を記念し、池田市内のまんぷくメニュー(自慢の一品)やまんぷくサービス(お得なクーポン)を掲載したグルメ冊子「まんぷくパス」を配布するなど、『まんぷく』人気にあやかって地域を盛り上げようとPRしている。同市地域活性課の担当者は「今までは子連れの方が多かったが、ドラマの放送を受けて、ご高齢の方をはじめ幅広い世代の観光客が来てくださっている」と話す(※まんぷくパスは7月中旬まで配布)。放送終了後も、『まんぷく』人気はしばらく続きそうだ。
●クリエイティブシンキングを学べる場所
チキンラーメンを発売したとき、百福氏48歳、仁子氏41歳。カップヌードル発売は、百福氏61歳、仁子氏54歳。実際に見学するまで、カップヌードルミュージアムは子ども向けのアミューズメントパークのようなものを想像していたが、インスタントラーメンの発明秘話と夫婦の軌跡から、クリエイティブシンキングの大切さをはじめ、多くのことを学べる場所となっている。『まんぷく』ファンに限らず、オススメしたい。
(文=林夏子/ライター)