【第3回】「大阪にカラスがいない説」は本当なのか?(前編)

 映画にスポーツ、VRアニメ――、数多のエンタテイメントが生まれては消えていく日本。ずいぶん唐突に聞こえるかもしれないが、この春から始まる新元号の時代のニュー・エンタメとして、わたしは「カラス」をお薦めしたい。

はい、あのカラスです。

 わたしはカラス愛好家のライター。この世にひとりでも多くのカラスファンを増やすべく、「カラス布教」の活動を行っている。彼らをじっくり観察すると、つぶらな瞳は愛くるしく、行動もどこか人間くさくておもしろい。嫁の尻に敷かれたり、こっそり犬のモノマネだってしたりする。まさに「街の無料エンタテイメント」なのである。

 しかも、カラスは古くから神話や祭りにも登場する「人と共に歩んできた鳥」。そこに秘められた物語を知れば、これまでと違った“クールジャパン”が浮き彫りとなるだろう。毎日の暮らしも、より一層味わい深いものになるはずだ。

 日本各地に点在する、カラスの名所やカラス業界のキーパーソンを尋ねて歩く本連載『日本カラス紀行』。「wezzy」からこの「Business Journal」に拠点を移した今回は、大阪から始めようと思う。

●たこ焼きや串カツは、カラスの大好物のはずなのに…

 大阪にはカラスがいない。
いや、正確には「いる」のだが、東京と比べるとはるかに少ないというのが、カラス愛好家の中でもっぱらのウワサだった。

 確かに以前、難波のアメリカ村に泊まったときは、深夜まで若者が飲み歩く繁華街にもかかわらず、朝はいたって静か。スズメやドバトに交じってカラスが数羽ひらりと空をかすめる程度だった。渋谷のセンター街のような、真っ黒な集団で歩道が埋めつくされるような活気がない。

 どうした、大阪。もっとガンガン来てくれよ。たこ焼きに串カツなど、粉モノ&油ものの食い倒れ天国は、「ジャンクフード大好き!」なカラスたちにとっても、まさに垂涎の楽園なはず。

 インターネットで調べてみると、「大阪の繁華街では、午前3時頃までにごみの回収を終えるからカラスがいないのだ」と説明する記事も出てくる。カラスは日の出前に目が覚め、エサ場に「出勤」して活動を始めるので、そこにエサがなければ彼らも来ないということなんだろう。

 しかし実際、大阪でミナミや難波の繁華街を受け持つ大阪市に問い合わせてみたところ、飲食店などの事業系のごみは民間の回収業者が行うため、夜だけではなく昼の回収もあるそうだ。となれば、東京と大阪のごみ出しルールに、大きな違いはないようにも思える。ごみが関係ないとしたら、大阪にはカラスの天敵となるタカなどの猛禽類がウヨウヨしているとか?

 いずれにしても、カラスのいない大都市なんてさみしすぎる。
それじゃまるでイチゴの乗っていないショートケーキじゃないか。大阪でカラスと戯れられる「カラスハーレム」は、本当に存在しないのだろうか。

●高校教師とカラス研究、二足のわらじをはいた先生

 衝動が抑えきれなくなった2018年の暮れ。大阪のカラスにくわしい専門家を探すべく、野鳥調査の総本山「日本野鳥の会」に問い合わせてみる。すると、光の速さでひとりの男性をご紹介いただいた。

 その方の名は、中村純夫さん。大阪の府立高校で31年間教師を務めながら、カラスの生態繁殖とねぐらでの行動を研究されてきたそうだ。ロシアの樺太まで“新種のカラス”を追い求めた『謎のカラスを追う ~頭骨とDNAが語るカラス10万年史~』(築地書館)という本まで出されている猛者だ。ドキドキしながら、教えられた番号に電話をかけてみると、厳格なイメージをがらりと覆す、のびのびとした明るい声で中村さんが出てくださった。先生、本当に大阪にはカラスがいないのでしょうか?

「うーん、そもそもカラスの数が増えたとか減ったという問題は、大規模で定期的に調べない限り本当のことはわからないんですよ」

 カラスに限ったことではないが、野鳥は“住民票”を持たない上に、長距離を飛んで移動するので、生息数をきちんと計るのは難しいことらしい。それなりに調査費用がもらえて、人員や手間をさかないとできないことなんだろう。繁華街には少ないと感じただけで、周囲の林にはたくさんいるかもしれないし。


「それより、カラスに会いたいなら大阪市内の長居公園に行かれてみてはいかがですか? 結構な数のカラスが昼間もうろついていますよ」

 やはり穴場はあったのだ。初めて耳にする公園だが、一気に高まる期待。それに――と中村さんは続ける。

「実はここ、夕暮れどきにはさらに数が増えるんです。『集団ねぐら』に行く前の集合場所のようです。今の時季だと『ねぐら入り』前の群飛を観察できるかもしれませんね。鳥肌が立つくらい壮大なページェントに出会えたら、病みつきになりますよ」

「ねぐら」とは、その名の通りカラスが夜に眠る場所のことだ。春先から夏は、出産→子育てシーズンのため巣の近くに家族単位で寝泊まりをするカラスたちだが、冬になると、成長した子ガラスや子育てを終えたつがい、そして独身のカラスたちが一同に会し集団で眠りにつくのだ。「ねぐら入り」とは、そのねぐらに向かう集団飛翔のことで、まさに冬の風物詩。夕暮れの空を無数のシルエットが飛んで行くようすは、太古の昔から続いてきた自然界のアートといっても過言ではない。

 中村さんが教えてくれた「ねぐら」は、長居公園から北に20kmほど離れた万博記念公園だった。大阪事情に疎い私でも、それが岡本太郎氏の「太陽の塔」がある地であることくらいは知っている。


 昼の間に愛でたカラスたちを、今度はねぐらでお出迎えできる。最高じゃないか。

 こりゃあもう、行くしかないでしょう。

●閑散としている、大丈夫か?

 新幹線が停まる新大阪駅から、地下鉄と徒歩で40分ほど。大阪の中心地から少し外れた場所にある「大阪市立長居公園」は、とにかく広い。東京ドーム約13個分の敷地の中に、セレッソ大阪のホームスタジアムである「ヤンマースタジアム長居」をはじめとした各種球技場、プールに相撲場、植物園、自然史博物館など、レクリエーション施設をギフトボックス詰め合わせにしたかのような総合公園だった。

 大阪に住む先輩ライターIさんに、長居公園の印象を聞いたところ、「わたしはほとんど行ったことがないけど、友人が近くに住んでいてしょっちゅうジョギングをしているよ」とのこと。

 人が集まるところに、カラスあり。イベント時ともなれば屋台なども出るだろうし、これは期待が持てるぞ~!と鼻息勇ましく、北側のヤンマースタジアムゾーンから乗り込んだのだったが……。一瞬で不安になる。

 閑散としているのだ。人間も鳥も。
この日は、年末の12月27日。人間さまは、仕事納めや大掃除で忙しく、公園なんかでのほほんとくつろいでいる場合じゃないのかもしれない。エサが少なきゃ、カラスもいないかも。寒いし風も強いし、日を改めるべきたっだかもと少し悔いたが、とにかく先に進む。このために片道3時間以上もかけてきたんだ。退路は断たれたも同然だ。

 スポーツ施設ゾーンを抜けたところで、「クワァー、クワァー」と2~3羽のカラスが、追い越していった。耳を澄ますと、その先で聞こえる聞こえる、カラスたちの呼び交わす声が。

声に導かれるままに、足を速めると……

 コンビニ発見。「カラスいる指数」1ポイントUP。その前を、胸元にゼッケンをつけた男の子たちが競って走り抜ける。応援していた女の子に聞くと、神戸にある大学の駅伝サークル主催の大会なのだとか。
そちらは駅伝、こちらはカラス観察。お互い「いい試合」ができるといいですね。

●カラス的「いま食べるべき公園グルメ」

フレッシュな若人のご利益か、噴水の手前の植え込みで、ついに私はたどりついたのだ。カラスという天使の戯れるオアシスに! 

 みなさんそろってハシブトガラス【編註】だ。さぁて、何羽いるでしょう?
(正解:3羽、ひょっとしたら4羽)

【編註】クチバシが太いのが「ハシブトガラス」、細いのが「ハシボソガラス」。愛好家は「ブト」「ボソ」と呼んでいます。詳しい違いは、wezzy版の第1話を見てね!

 このあたりは、売店や自動販売機、ベンチもあって、人々の憩いの場となっている。昼どきだったこともあって、コンビニのパンをかじる作業着姿のおじさん、子連れのママ、デート中と思しきカップルなどが思い思いの時間を過ごしている。

 さっきの駅伝大学生も広場でくつろぐ人もカラスにほとんど注目しないが、その裏ではカラスも同じ空間で冬の晴れの日を謳歌している。まるで両者の世界が、2つのレイヤーに分かれているみたいだ。

 木の上で待機していたハシブトの一団は、まるで順番が決まっているかのように交替で地面に降り立ち、落ち葉をかき分けて何かを捜索している。

 何やら、黒い小さな実のようだ。箸で豆をつまむように、そっとクチバシで挟んだ。うれしそうにファサっと翼を鳴らして、枝に飛び乗る。

 周辺には同じような黒い実が鈴なりだった。ひとつちぎって口に含んでみると、ミントのような清涼感と、ハーブのような香りとちょっとした苦味。日常生活で食べたことのない味だ。

 どうやらカラスのお気に入りのようだ。もしカラスの世界の雑誌に、「今食べるべき、公園グルメ」特集があったとしたら、ベスト3にはランキングされたであろう。

後から知ったことだが、この正体はクスノキの実。クスノキの樹皮は、タンスの防虫剤として知られる「樟脳」の原料となる。確かにそれっぽい。カラスは自然の防腐剤を食べることで、身体に虫をつかなくしているのだろうか。だとしたら、合理的なナチュラリストだ(まぁ、野生動物はすべて生粋の自然主義者ですけど)。

●切断されたクスノキの謎

 ところで、そのクスノキの下では、ちょっと不思議な現象が起きている。さまざまな場所で、まだ若くて元気な枝がボトボトと大量に地面に落ちているのだ。

 だいたい枝の先っぽの部分。葉も茎もピンピンしているので、病気や枯れたわけではなさそうだ。最初は公園の剪定作業で切られたものかと思ったが、刃物で切ったにしては断面が粗い。いつまでたっても回収に来ないし、クスノキだけ刈るのは不自然だ。

 もしかして、き、君たちの仕業……?

 私は思う。十中八九、カラスがクスノキの枝をクチバシでちぎって落としたのだと。

 こんな仮説を立ててみた。

 クスノキの実は、枝からちぎることもできるが、それだと不安定だし引きちぎった衝撃で他の実が地面に落ちてしまう。地面に落ちた実を探すのは面倒だ。だったら、まずは枝ごと地面に落とし、それからゆっくり一つひとつもぎ取ればよいではないか。

 これがもし正解だとしたら、なんてすばらしい「段取り力」なんだ! 興奮冷めやらぬまま、園中心部にある「郷土の森」ゾーンへ。

 郷土の森には売店や施設がないせいか、人通りもまばら。楽器の練習にはちょうどいいのか、自転車をかたわらにとめた女性が、フルートでクラシックらしき曲を奏でている。背中をこちらに向けているので、表情まではわからないが、後ろでひとつに束ねた髪はカラスの濡れ羽色のようなきれいな黒だ。鳥は耳がいいから、フルートの音色も気持ちよく感じるのかなぁ。

 おかしの袋を取り合って、じゃれ合う2羽。袋を持ったほうは死守したいみたいだけど、奪うほうはちょっかいを出しているようにしか見えない。数分後には、2羽で並んで肩を寄せ合っていた。なんだ、仲良しじゃん。

竹ぼうきの下をつつきまくって、「ここに虫が隠れているんじゃ?」と気になってしかたない子も。でも、足元が不安定なほうきの乗り心地を楽しんでいるようにも見える。

 わたしが地面に這いつくばって撮影していたのが気になったのか、「ん、何かあった?」と気のイイ上司のように、こちらに首をもたげた係長ふうブトさん。私が動かずにいたので、しばらくそばを離れなかった。カラスがそばにいてくれるなら、ここの木になってもいい。

 大阪には、ちゃんとカラスの集う楽園があった。

 だが、出会いはこれにとどまらなかった。帰りにふらりと立ち寄った園内の自然史博物館にも、また極上の穴場が展開していたのである。博物館といえばミュージアムショップ、そこにはカラス愛にあふれたグッズや製作者さんが待っていました。後編に続きます。
(文=吉野かぁこ)

●吉野かぁこ(よしの・かぁこ)
カラス恐怖症だったはずが、ひょんなことからカラス愛好家の道を突き進むことに。カラス愛好家のための「カラス友の会」主宰。カラス雑誌「CROW'S(クロース)」発行人。広がれ、カラ友の輪!<twitter:@osakequeen>

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