--「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。--
3月19日、東京・門前仲町に新しいホテル「京成リッチモンドホテル 東京門前仲町」が開業した。
「予約はビジネスユースのお客さまが中心ですが、3月はご家族での宿泊も目立ちました。4月以降はビジネス客がさらに増える見込みで、個人のインバウンド(訪日外国人客)の方のご予約も多く入っています」(広報担当者)
筆者は3月5日の「内覧会」(メディア向けの事前説明会)に行き、開業前の客室も見学させてもらった。その取材結果も含めて、ホテルの特徴と課題を分析してみたい。
●「門仲」を意識した訴求
京成リッチモンドホテルは、東京地下鉄(東京メトロ)門前仲町駅から徒歩数分の場所にある。最初はわかりにくいが、慣れてしまえば駅近くの立地は便利だ。地下鉄東西線に乗れば大手町や日本橋などのオフィス街もすぐで、ホテル周辺には富岡八幡宮や深川不動堂などの仏閣もある。下町の情緒性も残る場所として、街歩きにも人気の場所だ。
ホテルは全123室あり、シングル(今回の名称はモデレート)34室に対してスーペリア71室もあるのが特徴だ(ほかはツイン17室、ユニバーサルツイン1室)。「上質」という意味を表すスーペリアはホテル用語として知られるが、ビジネスホテルではあまり用いられない。それを過半数備えたところに、一定レベルの客層への訴求がうかがえる。
ホテルの名称は文字どおり、首都圏の電鉄会社である「京成電鉄」と、国内に40施設を展開する「リッチモンドホテル」が合体したもので、両社は2017年4月にケイ・アンド・アール・ホテルデベロップメント株式会社(KR)を設立。
今回の設計施工は京成建設が担い、入口には門前仲町に掛けた「門」のデザインを配置。施設内は、近くの深川に材木商が多かったことにちなんだ木目調、隅田川の流れを意識した客室階廊下のカーペットなど、随所にこだわりを盛り込んだという。
ただし、筆者が残念に感じたのは、リッチモンドホテルが最近進める「3点分離型」ではなく「3点一体型」なこと。「分離型」は、トイレ・バス・洗面台を別々に設置するもので、利用者の快適性への要求が高まるにつれて人気となった。当ホテルでは、居住スペース面積(モデレートタイプで17平方メートル)の関係で「一体型」を採用したという。
●「電鉄系」と「飲食系」がコラボする理由
一方、リッチモンドホテル(運営会社はアールエヌティーホテルズ)の親会社は、ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」などを展開するロイヤルホールディングスだ。
飲食系が運営するホテルとして、地元色豊かな朝食にこだわる。たとえば、山形にあるリッチモンドホテルであれば「山菜そば」、長崎では「皿うどん」を提供するなど、ご当地の食文化が人気だ。新ホテルの朝食も、和洋食のブッフェ方式だが、メニューには、すき焼き、あさりご飯、穴子めし、佃煮など、下町情緒を取り入れた。
そうした特徴や設備、接客姿勢が評価されて、「2018年度 JCSI(日本版顧客満足度指数)調査」(公益財団法人日本生産性本部)では、ビジネスホテル部門での総合評価「顧客満足」で4年連続1位となるなど、リッチモンドホテルの人気は高い。
門前仲町の新ホテルは、こうした特徴を持つ電鉄系企業と飲食系企業がコラボレーションしたものだ。
「アールエヌティーホテルズが運営している『リッチモンドホテル プレミア東京押上』は京成電鉄さんの所有地で、大家と店子の関係の物件もいくつかあります」(ロイヤルホールディングス経営企画部コーポレートコミュニケーション担当部長、吉田弘美氏)
お客を「運ぶ」電鉄系と、「もてなす」飲食系が、共同でホテル事業を運営することで、京成側はビジネスホテルの運営ノウハウを、リッチモンド側は新たな開発インフラを、それぞれ会得するのが狙いだ。
●「ホテル事業」を強化する私鉄各社
特に今回のホテル(新ブランド)事業でメリットが大きいのは、すでに国内に40施設あるリッチモンドホテル(ロイヤルHD)よりも、京成側だろう。
少し引いた視点で、京成電鉄の横顔を紹介したい。同社の売上高は約2500億円、営業利益は約300億円で、人気テーマパーク「東京ディズニーリゾート」の運営企業であるオリエンタルランドの筆頭株主として知られる。とはいえ、首都圏在住者には「東京の東部を走る、千葉県と関係の深い電鉄」といった認識で、渋谷を走る東急電鉄や、新宿を走る京王電鉄などに比べて地味な存在だ。
ホテル事業でもこの2社が展開する「東急ホテル」「エクセルホテル東急」や「京王プラザホテル」「京王プレッソイン」に比べると、京成は出遅れ感がある。自社グループで展開する「京成ホテルミラマーレ」など3施設の知名度も、失礼ながら低い。
現在のホテル事業は「総合型ホテル」(シティホテルとほぼ同じ意味)と「宿泊特化型ホテル」(同ビジネスホテル)に分かれる。かつては宴会場もレストランもバーも備え、宿泊できる「総合型」が人気を呼んだが、現在は総じて厳しい。昔は盛んだった、大企業の社長就任パーティーのような大規模な会合も減った。一方でインバウンド数も増大し、20年の東京五輪も見据えた「宿泊型」は、やり方次第で成長が見込まれる。
筆者は企業取材を長年続けてきたが、経営者の宿泊意識も変わった。「3代前までの社長は東京出張時に帝国ホテルが定宿だったが、昨年まで社長だった現会長は、ビジネスホテルを自分で予約することも気にしない」(上場企業の関係者)という話も聞いた。そうなると、華美な「総合型」より、機能性重視の「宿泊特化型」に将来性はある。先に「出遅れ」と記したが、逆に先例企業の取り組みをベンチマークすることもできる。
●自社物件が「宿泊型」で花開くか
合弁企業である、前述「KR」の社長は加藤雅哉氏だ。京成電鉄常務取締役を兼任する加藤氏は、もともと金融畑(日本興業銀行→みずほ証券執行役員)出身で、京成では関連事業を管轄する。いわば“外部目線”も持つ担当役員が、新ホテル事業の陣頭指揮を担う。
「京成電鉄の中長期計画の一環でホテル事業も推進しますが、これまで、ややもすれば関連事業やイベントも『点』になりがちでした。それをロイヤルさんの飲食・ホテル事業で培った“もてなし”のノウハウを学び、京成が持つ沿線や物件“開発力”の強みと合わせて『線』や『面』の事業にしていきたい」(加藤社長)
京成という会社は、鉄道輸送で培った「安全運転」の意識が強いのか、「冒険心=踏み出す力」が弱い一面も感じてきた。一方で豊富な自社所有物件もあり、開発ポテンシャルは高い。それが今回の事業でどう変わるか。
ホテル客室のベッドは宿泊客の評価が高い「シモンズ」製で、チェックインは14時、チェックアウトは11時と、こちらも近年人気の時間帯を採用している。
「2号店の出店も進めています。まだ詳細は明かせませんが、場所は墨田区内で、21年度内の開業を予定しています」(加藤社長)
江東区に続き墨田区と城東エリアから展開するようだ。門前仲町の立地場所は、もともと京成グループのタクシー会社「帝都自動車交通」の本社跡地だという(現在、同社は中央区日本橋に移転)。「お客を運ぶ」のが得意な企業体として、宿泊型ホテル事業は“急発進”せず、エンジンを温めてから進行する計画のようだ。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。