昨今、「検察庁」「百貨店」「銀行協会」など社会的信用度が高い存在の名称を騙る“アポ電”の被害に遭う方が多い。加害者たちが次に描くのは、どんなシナリオなのか。
また、被害者のなかにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症されて苦しみ続ける方もいらっしゃると聞く。その一方で、いつ加害者になるかもしれない“落とし穴”も見え隠れする。被害者も加害者も出さない世の中を願って、本稿を「STOP THE 特殊詐欺」のまとめとしたい。
●予測される次の手とは?
一昔前は「オレだけど」と、子供や孫を騙ったシナリオが主流だった“アポ電”も、今や社会的信用度の高い名称や人物が登場し、権威に弱い高齢被害者の心理を巧みに操る事例が続出している。登場人物が複雑に絡み合うシナリオを知るにつけ、犯人側はよほど心理戦に長け、頭の回転の速い“脚本家”が揃っているのではないかと思うぐらいだ。百貨店や銀行協会を騙る特殊詐欺被害も、一般の方々に広く浸透・認知されれば、新たなシナリオがつくられるように思えてならない。実際、新元号に乗じて、「キャシュカードが使えなくなる」などの新たな手口も生まれている。
では、次に狙われる社会的信用度の高いキーワードは何か。あくまでも私見にすぎないが、「法律」「生命保険」「消費者」に関連した団体名も候補の一つになり得るのではないかと思う。
電話ではなく郵便物を利用したアポ電のニューバージョンともいえる手口があるので、紹介しよう。「法務省」の名を不正に使用した被害だ。
差出人は「法務省管理局」「法務省事務局」などと騙り、「最終通告通知」「法務省許可書」などと書かれた架空請求の郵便物を送りつける。法務省のHPでは、こうした部署や書類は実在しない旨が明記されている。
ちなみに、「消費者庁」「消費者生活センター」「国民生活センター」「生命保険協会」「生命保険文化センター」などは実在する。しかし、こうした団体は、相談者がアクションを起こせば相談窓口となったり、相談先を案内することはあっても、相談者がアクションを起こさない限り、こうした団体から個人へ連絡することは通常考えられない。
こうした団体から、キャッシュカードやクレジットカードの不正使用の連絡があれば、多くの方は驚き、冷静な判断が咄嗟にできず、聞き入ってしまっても不思議ではないと考える。今一度、深呼吸して考えてみることが大切ではないか。
●生命保険を騙る詐欺
ここ最近、生命保険を悪用した事例も出始めている。筆者の取材では、まだ件数的には極めて少ないながらも、生命保険に関する被害も発生していることを把握している。実際に被害を未然に防止したA子さんの事例を紹介したい。
A子さんは、保険契約者のB子さんから「契約者貸付(けいやくしゃかしつけ)」の相談を受けた。契約者貸付とは、公益財団法人生命保険文化センターによると、契約している生命保険の解約返戻金の一定範囲内で、貸し付けを受けることができるというもの。一般的に契約者貸付を受けている間も、保障は変わりなく継続し、配当金を受け取る権利も継続する。
B子さんの話によれば、息子(Cさん)の部下が失敗をして200万円の損失を出し、Cさんから「このままだと会社に迷惑をかけるし、俺の出世にも響く。俺の貯金は、子供の教育費で物入りだから、ちょっと厳しい。本当に申し訳ないけど、母ちゃんが入っている保険でお金を貸してもらえない?“契約者貸付”というお金を貸してくれる制度があるらしいので、それがいくらになるか聞いてもらえない?」と言われたという。
生命保険協会について少々説明したい。日本国内で営業している生命保険会社が加盟する一般社団法人だ。生命保険事業の健全な発達および信頼牲の維持を図ることを目的として各種事業を行っている。本部を東京・丸の内に置き、全国50カ所に地方協会がある。
生命保険協会では特殊詐欺被害ゼロを目指し、継続的に鋭意取り組んでいる。HPで注意喚起を行ったり、警察庁や金融庁との連名による被害防止啓発ポスターを作成し、各生保会社の本社、支社、営業所に掲示してお客様に注意喚起するなど、積極的にさまざまな活動を展開している。
地方協会においても、特殊詐欺被害防止の啓発ポスターやチラシを会員各社に配布し、営業職員等はこうしたツールをお客様を訪問する際に配布して、お客様に不審な点、疑問点を気づいてもらう。
「当協会では特殊詐欺防止を目的として、地方協会と地元都道府県県警との間で特殊詐欺被害防止協定の締結を進めており、すでに一定程度の都道府県で締結が完了したところです。全国47都道府県に54の地方協会があり、すべての地域で同一レベルの活動を行うことができるのが当協会の強みなので、今後も順次協定締結を進め、地方協会と地元都道府県県警が相互に連携し、生命保険各社を利用するお客様の財産保護、安心・安全の確保に取り組んでいきたい」
●保険をつかった手口
こうした活動が奏功したのが、今回のA子さんの例となる。A子さんを担当する営業所では、普段から特殊詐欺防止のための啓発活動に注力していた。特殊詐欺だと直感したA子さんは、「本当にCさんでしたか? 念のために確認されたらいかがですか?」とB子さんに伝えた、しかしB子さんの自尊心を傷つけたのか、「親がわが子を間違えるはずはない!」と逆ギレをされてしまった。
不審に思いながらA子さんは上司に相談をしたところ、上司も“息子”の電話に違和感を覚えたようだ。保険会社としては、いくら契約者からの申し出といえども、詐欺の疑いがあれば契約者貸付の手続きはできない。困り果てている時に、A子さんは、あることを思いついた。
A子さんは、以前B子さんからCさんの弟であるDさんを紹介していただき、生命保険に加入していただいたことを思い出したのだ。上司と相談の上、A子さんはDさんと連絡を取った。驚いたDさんは、さっそくCさんに連絡。あわや特殊詐欺に引っかかる寸前で、回避されたのだ。
●自分の孫が加害者に
高齢者が想像したくないことではあるが、自分の孫が加害者になる可能性もゼロではない。
今から15年ほど前、筆者は、アポ電に加担した加害者少年Xの弁護士から話を聞いたことがある。小さい頃から元気いっぱいだが、勉強が嫌いなXは、いわゆる“やんちゃ”な少年だった。けれども人を笑わせることが好きなXは、同世代の男女から人気を集めていた。中学生になると、同じようなタイプが集まって、放課後は自転車でいろんなところに出かけるようにもなった。思春期の子供は、大人の世界に憧れがちだ。背伸びした無謀さは、時として悪への道や不幸を招く。
Xも友達同士でつるむうち、よく立ち寄るコンビニで顔見知りのお兄さん(Y)に出会った。
何度目になっただろうか。ある日突然、いつもとまったく違う態度のYにXは、戸惑った。「いつまで調子をこいてんだよ。いくらになると思ってんだよ。そろそろ金を揃えてもって来る頃じゃないのか!」と、凄みのある目でXに迫った。「え? 『いいから』ってYさんは言ってませんでしたか?」とおずおずとYに言うと、は「なんだと、この野郎」とXにパンチを浴びせた。「利息を付けて30万だ! 返す当てはあんのかよ」と言われて、Xはパニックになり、もはや何がなんだかわからない。
当然、そんなことで許すはずもないYは、「なら、手伝いな!」と有無を言わさずに、首都圏近郊の都市にあるマンションの一室にXを連れていった。そこには同年齢の少年が、ほかにもいた。Xは、その日から逮捕されるまで電話帳を見ながら、一日250件の家に電話を掛ける特殊詐欺の“息子役”を演じることとなった。Xの弁護士は語る。
「恐らく、最初からYは詐欺グループに引き込もうとXを狙っていたんだと思います。その後のXですが、罪を償って社会復帰しましたが、被害者の方に『申し訳ない』という気持ちは、ずっと持ち続けているようです。Xの両親は、祖父母に『アポ電には気を付けて』とかねてから言っていたそうで、祖父母がXを可愛がっていることもあり、さすがに自分の子どもが加害者になっているとは言えなかったようです。一時はひどく落ち込んでいたXですが『二度と悪事に手を染めない』と、誰一人知り合いのいない遠く離れた土地でまじめに人生をやり直しています」
加害者のなかには、Xのような例もあることだろう。Xにとって毎回ごちそうになった“美味しい食事”は、“転落のきっかけ”となった。遠くから自分を見守り続けている人の存在を忘れずにいてくれていたらと思う。
高齢の方は、いつ被害者になるかわからないと同時に、家族が加害者側になる可能性もゼロではない。どちらになっても経済的損失と心のダメージが付きまとう。被害者にも加害者にもならないためには、今一度、冷静になって判断していただきたい。「STOP THE 振り込め詐欺」を心の底から願っている。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表、保険・介護・相続ジャーナリスト)