●番組収録に立ち会う
2005年11月に発覚した、いわゆる「耐震偽装マンション事件」をご記憶だろうか。
警察や検察、そして報道機関が考えていた事件の首謀者は、マンション販売会社「ヒューザー」小嶋進(おじますすむ)社長(当時)だった。
だが、事件はこれにて一件落着とはならなかった。
「奴らは皆、儲けを最優先し、グルになって耐震偽装を働いた」と、私たち市民が報道を通じ、信じ込まされてきた事件の実態は、姉歯秀次・一級建築士(当時)の単独犯行だったからだ。事実、本件の「耐震偽装」に絡んで逮捕され、裁かれたのは姉歯氏のみだった。小嶋氏は、その犯罪による被害者のひとりにすぎない。
姉歯氏はカネを稼ぐため、建築士としての自身の能力以上の仕事をこなそうと耐震偽装行為を繰り返し、偽装がバレてからはウソをつき、仕事をもらっていた建設会社に罪を擦りつけようとした――。これが、大山鳴動した「耐震偽装マンション事件」の真相である。
しかし同事件では、姉歯氏との共謀を疑われ、過熱する報道による“社会的制裁”を苦に自殺した者もいた。姉歯氏を下請けとして使っていた一級建築士のM氏である。遅ればせながら、こうした真相に着目したのが2月13日付「日経ビジネス」記事『敗者の50年史 姉歯事件で倒産したヒューザー元社長の望む「死にざま」』だった。
同記事は大変な反響を呼び、この記事をきっかけとして「耐震偽装マンション事件」を取り上げたテレビ番組も2本ある。
ひとつは、『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系/3月17日放送)。もうひとつは、『池上彰の改元ライブ カウントダウンは生放送&平成令和バスツアー』(テレビ東京/4月30日放送)である。
筆者は、ヒューザー元社長の小嶋氏から依頼を受け、「日経ビジネス」の取材をはじめ、『ビートたけしのTVタックル』『池上彰の改元ライブ』の取材・収録にも立ち会った。
小嶋氏は、「耐震偽装マンション事件」で自殺したM氏と同様に、凄まじいばかりの報道被害を受け、いまだ名誉回復を果たせないでいる。再びいい加減な報道をされてはたまらないということで、小嶋氏の著書『偽装:「耐震偽装事件」ともうひとつの「国家権力による偽装」』(金曜日刊)の編集を担当した筆者が、これらの取材に立ち会うよう、小嶋氏から要請を受けたためである。
●大変良質な番組だった『TVタックル』
『TVタックル』の収録は3月6日、東京・六本木のテレビ朝日で行なわれた。スタジオ収録は、
「小嶋さんは(国会での参考人招致で)激怒していたけど、なんで怒ったんですか?」
というビートたけし氏の質問で幕を開ける。小嶋氏は、
「(国土交通省指定の検査機関が)ダメなものに合格証(検査済証)を出していた。A(姉歯)建築士は(建築前に実施する)確認(確認済証)までは偽装をしていますけれども、(建物の完成後に行なう最後の)検査済証は誰も偽装していません」
と答える。当時の建築確認が“ザル審査”であった実態を、小嶋氏がマスメディアの場で語るのは、これが初めてのことだった。このやり取りをスタジオで見ていた筆者は、いきなりコトの本質へと切り込み、冒頭から重要な証言を引き出してしまうビートたけし氏の“インタビュアー”としての才覚に感服した。
国会で小嶋氏が、
「国交省もいい加減にしてほしいですね、まったく!」
と激怒したシーンはテレビで繰り返し放送されたので、ご記憶の方も多いと思うが、小嶋氏が国交省に対して怒ったのは、国交省が「ヒューザーが手掛けた案件」として国会に提出した資料の中に、ヒューザーとはまったく関係のないホテルの名前まで含まれていたからなのである。この事実を、いったいどれだけの人が知っているだろうか。
スタジオで小嶋氏は、こうしたことまできちんと説明していたのだが、残念なことに実際の放送ではカットされていた。しかし、ビートたけし氏をはじめ、毒舌で知られるタレントの大竹まこと氏や東国原英夫氏も皆、小嶋氏に同情的な発言に終始。なにしろ出演者が皆、小嶋氏に優しいのである。
そんなわけで『TVタックル』は、小嶋氏に対する誤解を解き、不名誉を晴らすきっかけともなる、大変良質な番組に仕上がっていた。
●「不勉強」極まりない池上氏
一方、『改元ライブ』のほうは、スタジオ収録ではなく、小嶋氏の仕事場を池上氏が訪問するかたちで、4月21日に収録が行なわれた。小嶋氏は、著名なジャーナリストである池上氏自らがわざわざ訪ねて来てくれることに、大変期待を抱いていた。番組スタッフとの事前打ち合わせの際には、池上氏にも読んでもらえたらと、自著をスタッフに預けていた。しかし、その期待は収録当日、無惨にも打ち砕かれる。
現在の小嶋氏を紹介する映像にかぶせたナレーションは、
「小嶋さん、かつては年商100億円を超えていました」
「そこ(ヒューザーの販売用パンフレット)に書いてあったのは、デフレの時代に客をつかんだヒューザーの売り文句。
と語る。池上氏は、
「デフレをうまく見つけたビジネスですよね。ビジネスモデルとしては非常にうまいやり方だなと思うんですね」
と解説し、「耐震偽装マンション事件」とデフレを唐突に結びつけようとする。
しかし、当時のヒューザーの主力マンションの価格帯は5000万円台のものだった。にもかかわらず、一番安かった3000万円台の部屋だけを紹介するのは、視聴者に、「だから耐震偽装したのだろう」という疑念を抱かせる以上の意味はない。
収録には、「特命記者」タレントの小島瑠璃子氏も、事前の説明は何もないまま、池上氏に同行してきた。小島氏は開口一番、
「耐震偽装しなくてもよかったんですか?」
と小嶋氏に質問。その場に居合わせた筆者は、思わず彼女を叱り飛ばしそうになる。なぜ、不勉強なタレントをわざわざ連れてくるのか。非礼にも程があろう。当の小嶋氏も、
「ひどいね、それ。
と、苦笑しながら切り返していた。さらに驚かされたのは、その直後のことだ。池上氏が小嶋氏に対し、
「あとになってみれば、あれだけ安かったのは耐震偽装で設計に問題があったから、安くしてたんだなというふうに受け止めたんですけど」
と問いかけたのである。呆れたことに、不勉強なのは「ジャーナリスト」の池上氏も同じだった。
「それはまったく違いまして――」
と、小嶋氏は答える。耐震偽装によって「減らされた」とされた鉄筋のパーセンテージは、販売価格に対して1%あるかないかであり、5000万円のマンションであれば50万円程度なのだと小嶋氏が説明すると、池上氏は「ほう」と相槌を打つ。
池上「耐震偽装があったというのは、ご存じなかったということですか?」
小嶋「寝耳に水でしたよね」
池上氏は、事件のその後について、何も知らないのであった。なぜ池上氏は、「耐震偽装マンション事件」の当事者取材を思い立ったのだろう。せめて、事前に渡してあった小嶋氏の著書くらいは目を通しておくべきだった。
同業のジャーナリストとして思う。こんな場当たり的かつ非礼な取材をしていて、怖くないのだろうか。小嶋氏が必死で怒りをこらえ、笑みを浮かべながら応対しているのが、気の毒でならなかった。
番組は、こうした「現地取材」のVTRに続き、「事件が起きた際の謝罪の仕方は難しい」として、同事件後に「謝罪コンサルタント」なる商売が生まれたことへと話をつなぐ。池上氏は、「デフレのあだ花」と「謝罪に失敗したケースのひとつ」として「耐震偽装マンション事件」を片づけていた。もちろん、同事件はそんな話ではない。
※
『池上彰の改元ライブ』を観た小嶋氏はその翌日、「何を言っているんだか、全然わからない番組でしたね」と、感想を述べていた。そして、「テレビ東京の取材には金輪際応じられない」と言う。異存はなかった。応じるべきではない。番組の事前打ち合わせから立ち会っていた筆者の率直な感想は、「騙された」である。
池上氏とタレントの小島瑠璃子氏を“インタビュアー”として見た場合、その差をまったく感じられなかったことが、何より悲しかった。「我が国を代表するジャーナリスト」だとされる池上氏からの反論をお待ちしている。
(文=明石昇二郎/ルポライター)